クジラの「おしっこ」が何千キロにも渡って海を健康にしていた

クジラ

「クジラは海の健康に欠かせない存在である」といわれても、あまりピンとこないかもしれません。

しかし米バーモント大学(University of Vermont)の最新研究で、ザトウクジラやコククジラなどのヒゲクジラ類は大量の排泄物を介して、海の生態系に豊富な栄養素を与えていることが明らかになったのです。

研究では、クジラは夏にアラスカなどの高緯度地域で大量の栄養を蓄え、冬にハワイなどの熱帯の繁殖地へ移動する過程で、その栄養を尿として海に供給していることがわかりました。

何千キロにもわたってクジラの「おしっこ」が海の栄養源になっていたのです。

研究者はこれを「巨大クジラ・コンベアベルト(great whale conveyor belt)」と呼んでいます。

研究の詳細は2025年3月10日付で科学雑誌『Nature Communications』に掲載されました。

目次

  • クジラはなぜ長距離を移動するのか?
  • クジラの「おしっこ」で海が健康になっていた

クジラはなぜ長距離を移動するのか?

ヒゲクジラ類は、毎年何千キロもの距離を移動します。

例えば、ザトウクジラは夏場にアラスカなどの寒冷な海域に移動し、オキアミなどの小さな生物を大量に食べ、脂肪分として体内に蓄えます。

ある研究によると、北太平洋のザトウクジラは春から秋にかけて、1日あたり約13.6kgの体重を増やしているという。

これは彼らが驚異的な旅を続けるために必要なエネルギーです。

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夏場にアラスカで栄養補給し、冬場にハワイで出産・子育てをする。その移動の過程で大量の排泄物を海に落としている/ Credit: Joe Roman et al., PNAS(2025)

それから冬場になると、彼らは出産や子育てのため、何千キロも南方にあるハワイなどの温暖な海域へと移動します。

この長距離移動にはいくつかの理由がありますが、一つの大きな要因は、新たに生まれる子クジラにとって生存しやすい温暖な環境を提供することです。

冷たい海では生まれたばかりの子クジラが体温を維持しにくいため、母クジラは暖かい海へ移動することで、より安全に子育てができるのです。

そして研究チームは今回、成体のザトウクジラがアラスカ〜ハワイにかけて移動する中で、大量の栄養素を海の生態系に供給していることを突き止めました。

クジラの「おしっこ」で海が健康になっていた

研究者たちは、クジラがアラスカなどの豊かな海域で食べた栄養素をハワイに移動する中で、尿や排泄物として大量放出することで、海の生態系に栄養を供給していることを明らかにしました。

これにより、アラスカ〜ハワイにかけて栄養素が散布される巨大なルートが出来上がることから、研究者は「巨大クジラ・コンベアベルト(great whale conveyor belt)」と呼んでいます。

実際にチームが計算してみたところ、ザトウクジラやコククジラは年間で約3784トンの窒素約4万6512トンのバイオマス(生物由来の有機資源)を海の生態系に供給していると推定されたのです。

特に窒素はクジラが排泄する「おしっこ」の中に大量に含まれています。

アイスランドで行われた研究では、ナガスクジラは餌を食べている期間には、1日に約950リットルもの尿を排出していることが示されました。

これは人間の1日あたりの尿量の何百倍にも及びます。

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画面右下に見える黄色いモヤが「おしっこ」/ Credit: Joe Roman et al., PNAS(2025)

またクジラが海に供給するのはおしっこだけではありません。

彼らの体から剥がれ落ちた皮膚や巨大な亡骸がバイオマスとして海に与えられているのです。

それを微生物たちが分解することで、豊富な栄養素が海へと還元されます。

これは驚くべき量であり、特にハワイのような栄養素が少ない海域では、クジラの尿が植物プランクトンの成長を促し、それを餌とする魚や無脊椎動物、さらにはサメなどの捕食者へと栄養が循環していくことが示唆されました。

このプロセスがなければ、熱帯の海域では栄養が不足し、多くの生物が生存しにくくなる可能性があると研究者は指摘しています。

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Credit: canva

その一方で、研究者らは19世紀以降に捕鯨産業が盛んになったことで、海に供給される栄養素が大幅に減少した可能性があると話します。

「19世紀以前には、クジラを介した栄養供給は現在の約3倍あっただろう」とチームは見積もっています。

それゆえ、クジラの個体数が回復できれば、海洋の栄養循環が改善し、生態系の健全性が向上する可能性があります。

クジラは単なる巨大な動物ではなく、海洋生態系を支える重要な役割を果たしています。

彼らの尿や排泄物が熱帯海域の栄養供給に貢献し、多くの生物の生存を支えていることが今回の研究で明らかになりました。

これはまるでクジラが「海の農家」として栄養を運び、海を豊かにしているようなものなのです。

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参考文献

Discovery: The Great Whale Pee Funnel
https://www.uvm.edu/uvmnews/news/discovery-great-whale-pee-funnel

Whale pee moves vital nutrients thousands of miles
https://www.popsci.com/environment/whale-pee-nutrients/

元論文

Migrating baleen whales transport high-latitude nutrients to tropical and subtropical ecosystems
https://doi.org/10.1038/s41467-025-56123-2

ライター

千野 真吾: 生物学出身のWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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