暗黒物質の寿命は最低でも「3京年」以上あると判明

宇宙

国際研究チームは暗黒物質がわずかに光(フォトン)を放出して崩壊する場合、その寿命の下限が少なくとも10^24秒(約3.17京年)以上であると発表。

この結果は、最新の近赤外線分光技術と6.5mマゼラン望遠鏡を用いた精密観測により、矮小銀河Leo VやTucana IIから得られた貴重なデータに基づいています。

従来の理論では、暗黒物質はほぼ崩壊しないと考えられていましたが、今回の観測はその下限寿命を更新し、宇宙の進化や銀河の形成における暗黒物質の役割に新たな疑問を投げかけます。

しかし仮に3京年後に暗黒物質がなくなってしまったとしたら、私たちの宇宙はどうなってしまうのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年2月7日に『Physical Review Letters』に掲載されました。

目次

  • 暗黒物質崩壊の証拠を探る
  • 暗黒物質の寿命は3.17京年以上ある
  • 暗黒物質が崩壊したらどうなるのか?

暗黒物質崩壊の証拠を探る

暗黒物質の寿命は最低でも「3京年」以上あると判明
暗黒物質の寿命は最低でも「3京年」以上あると判明 / Credit:Canva

私たちが肉眼や通常の望遠鏡で見ることができる“ふつうの物質”は、実は宇宙全体のごく一部にすぎないと考えられています。

むしろ大部分を占めているらしいのが「暗黒物質」という、まるで舞台裏で暗躍するかのように直接は見えない存在です。

銀河が予想以上に速く回転していることや、重力レンズと呼ばれる光の曲がり方などから「暗黒物質は確かにあるらしい」と確信されて久しいのですが、その質量や相互作用、寿命など、肝心な部分はいまだ解明されていません。

そこで近年、有力な候補として注目を集めているのが「Axion-like Particle(略してALP)」です。

もしALPが暗黒物質なら、わずかに崩壊して光(フォトン)を放出する可能性があるのではないか、と理論的に示唆されています。

質量は0.01 eVから数eVくらいまで幅広く考えられ、このあたりのエネルギー帯で光が出ていれば、近赤外線の波長で“線スペクトル”として観測できるというのが一つのヒントです。

実は四十年ほど前にも、「暗黒物質がeVスケールの質量をもっていて、熱的に生成されたのではないか」という説が一部で唱えられてきました。

しかし、この程度に軽い粒子が本当に存在するかどうか確かめるには、高い感度と分解能をあわせ持つ分光観測が欠かせません。

そこでジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)やMUSEといった装置が活躍していますが、銀河中心部などは星やガス、背景放射が混ざりすぎていて“暗黒物質が出す光”だけを取り出すのは簡単ではないのです。

そこで新たに注目されているのが、暗黒物質の割合がとても高く、邪魔になる明るい天体がほとんどない「矮小銀河(dSph)」に目を向ける手法です。

なかでも超低光度のLeo VやTucana IIのような矮小銀河なら、もし暗黒物質が二次的な光を放っていればより見つけやすいと考えられます。

こうした背景から、「崩壊で生まれる微弱な光を高分散でピンポイントに探れば、暗黒物質の正体にグッと迫れるのではないか」というアイデアが生まれました。

そこで研究者たちは6.5mマゼラン望遠鏡に搭載された近赤外線高分散分光器WINEREDを使い、実際にLeo VやTucana IIの中心付近を狙って観測。

暗黒物質由来の線スペクトルが潜んでいないか、徹底的に調べることにしたのです。

暗黒物質の寿命は3.17京年以上ある

暗黒物質の寿命は最低でも「3京年」以上あると判明
暗黒物質の寿命は最低でも「3京年」以上あると判明 / Credit:Canva

今回の観測に使われたのは、チリのラスカンパナス天文台にある6.5mマゼラン望遠鏡と、その先端技術を集めた近赤外線高分散分光器「WINERED」です。

普通のカメラで夜空を撮ると、星の光以外にも大気がわずかに光る“夜間大気光(ナイトグロー)”などが写り込んでしまいます。

これは暗黒物質が出すかもしれない微弱な光(シグナル)を見逃す大きな原因になるため、研究チームは「オブジェクト・スカイ・オブジェクト」という手法で観測対象(Leo VやTucana II)と背景の夜空を交互に同じ時間で撮影し、その差を取ることで雑音を徹底的に減らしました。

さらに、スリットを0.29秒角(arcsec)というごく細い幅にすることで、空間的に余計な光を拾わないよう工夫しています。

こうした高分散観測では、たとえば空気中の分子が特定の波長だけ光っている“線スペクトル”も精密に切り分けられるため、不要なピークを丹念に取り除くことができるのです。

また、矮小銀河それぞれにわずかながら固有の“ドップラーシフト”があるのも重要なポイントです。

もし暗黒物質がそこから崩壊して光を放っているなら、その銀河固有の速度によって光の波長がずれているはずなので、“背景由来の光”と区別しやすくなります。

Leo VとTucana IIは別々の方向にあり、それぞれ異なる速度で動いているため、同じ装置で似た観測条件下でも、もし同じ波長に信号が見えた場合は単なるノイズにとどまらないかもしれない、と推測できるのです。

実際の観測スケジュールは、まず7月にLeo Vを1時間、空の背景を30分。

そして11月にはTucana IIを1.2時間、背景を0.7時間という形で行われました。

さらにA0型星を標準星として観測し、大気や装置が波長によって吸収したり透過したりする度合いを補正して、各波長での光の強度をそろえています。

結果的に、1.8〜2.7 eV付近の暗黒物質が放つと予想される線スペクトルはほとんど検出されず、“限りなくゼロに近い”シグナルという結論になりました。

これは「もし暗黒物質がこの質量帯にあるなら、そう簡単には崩壊しない」、つまり非常に長い寿命をもつ可能性が高いという強い証拠にもなります。

具体的には、Axion-like Particle(ALP)の寿命について、少なくとも10^24秒(約3.17×10^16年、3.17京年)以上という下限値が示唆されました。

これは現在の宇宙年齢(約138億年)の数百万倍にも相当します。

観測データの中には、わずかにシグナルが強まっている箇所もありますが、天候や測定誤差などの影響を排除できないため、今後の追観測が待たれます。

とはいえ、夜空の背景と天体由来の微光を細かく分離し、さらに複数の銀河で固有の速度(ドップラーシフト)まで考慮した解析は他に類を見ないほど厳密で、暗黒物質の寿命に関する“新たな下限値”を打ち立てたのは大きな前進といえるでしょう。

では暗黒物質が崩壊したとき、何が起こるのでしょうか。

暗黒物質が崩壊したらどうなるのか?

暗黒物質が崩壊したらどうなるのか?
暗黒物質が崩壊したらどうなるのか? / Credit:Canva

そもそも暗黒物質は、銀河や銀河団を“重り”のように支える存在とされていて、特に銀河の回転速度を説明するには、星やガスなどの「見える物質」だけでは足りないと考えられています。

もし暗黒物質が宇宙の歴史の途中で崩壊し続けていたとしたら、銀河を取り囲む暗黒物質の質量が徐々に減っていき、銀河同士の重力バランスが変化するでしょう。

その影響は銀河単体よりも、数百〜数千の銀河が集まる超銀河団のような巨大なスケールでより顕著になる可能性があります。

暗黒物質が大きく減れば、団全体の重力ポテンシャルに“微調整”とは言えないほどの変化が生まれるでしょう。

また、宇宙の大規模構造の形成シナリオ自体も変わりうると考えられます。

暗黒物質が宇宙のはじめからずっと安定して存在している、という前提の下で銀河や銀河団の成り立ちが説明されてきたからです。

もし暗黒物質が一定の寿命(現在の宇宙の年齢以下など)で途中から崩壊し始めると、例えば「銀河がどれくらいのタイミングでどんな規模で形成されたか」というシナリオを大幅に組み直さなければいけないかもしれません。

加えて、崩壊により光子やニュートリノなどの軽い粒子が放出されれば、宇宙背景放射(CMB)のスペクトルや星間ガスの電離状態に変化が生じ、星形成のペースを変える要因にもなり得ます。

では、もし仮に「暗黒物質がいま突然消滅したら」どうなるのでしょうか。

実は、太陽系や地球といった局所的なスケールでは、ほぼ影響がないだろうと考えられています。

なぜなら、銀河ハロー全体に広がっている暗黒物質の密度は、地球や太陽の質量に比べると圧倒的に小さいからです。

太陽系内に存在する暗黒物質は、計算によっては地球ひとつ分の質量にも満たないと推定されており、もし一瞬で消えたところで重力バランスに大きな変化は起こりません。

私たちが感じる引力のほとんどは、あくまでも太陽や地球そのもの、あるいは他の惑星によるものなのです。

しかし、銀河規模やさらに大きなスケールでは話が別になります。

銀河全体を取り囲む暗黒物質がもし瞬時に消滅したなら、星々の運動を束ねていた重力的な枠組みが一気に崩れ、長期的には銀河が拡散したり、星団の構造が激変したりする可能性があります。

ただし、こうした変化はすぐに目に見えて起こるわけではなく、数千万年から数億年単位という長大な時間スケールで進むと考えられます。

実際、私たちが日常的に体感するような“即座の影響”はほぼないでしょう。

暗黒物質が崩壊するかどうか、そして崩壊するとしてその寿命がどれほどなのか——これは宇宙がどのように形成され、進化してきたかを理解するうえで重要なカギを握っています。

寿命が長ければ従来の「冷たい暗黒物質(CDM)」モデルをさらに強く支持する一方、もし観測である程度速い崩壊が見つかれば、現在の標準的な宇宙論シナリオを修正する必要が出てくるでしょう。

こうした研究は今もさまざまな観測プロジェクトで行われ、将来的には「暗黒物質の崩壊現場」を直接捉えるかもしれません。

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元論文

First Result for Dark Matter Search by WINERED
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ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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