恐竜の声は今や、映画『ジュラシック・パーク』などを筆頭に、多くの映像メディアで再現されています。
ただ、恐竜が実際にどんな声で鳴いていたか、科学的な確証はまだありません。
そんな太古の謎に「楽器」という新しいアプローチで挑んでいる研究者がいます。
米サザンメソジスト大学(SMU)の准教授であるコートニー・ブラウン(Courtney Brown)氏です。
彼女は約7000万年前の「ハドロサウルス」の頭蓋骨をもとに、恐竜の声を現代によみがえらせる楽器を開発し、世界中で注目を集めています。
果たして、恐竜はどんな「歌声」を響かせていたのでしょうか?
目次
- 化石と3Dプリンターでよみがえる「恐竜の楽器」
- 実際の楽器で「恐竜の声」を聴いてみよう!
化石と3Dプリンターでよみがえる「恐竜の楽器」
恐竜の声は、現代まで“謎”として残っています。
鳴き声の証拠は化石として残らないため、どんな音を出していたのか、専門家でもはっきりとは分かりません。
しかし近年、「ハドロサウルス」と呼ばれるカモノハシのような口を持つ草食恐竜の一部は、頭部に大きなトサカ(頭飾り)を持っていたことが知られています。
このトサカの内部は空洞になっていて、まるで楽器の共鳴室のような構造をしていました。
この「楽器のような頭蓋骨」こそ、ブラウン氏が目を付けたポイントです。

彼女は音響アーティストであり、コンピューター工学にも詳しい異色の研究者です。
2011年、アメリカを横断中に立ち寄った博物館で、ハドロサウルス科の仲間であるパラサウロロフスの“復元された鳴き声”を聴いたとき、「恐竜も歌っていたかもしれない」と衝撃を受けました。
そこから「自分で恐竜の声を作り出したい」と思い立ち、恐竜の頭蓋骨をモデルにした本物そっくりの楽器を作り始めたのです。
ブラウン氏はまず、コリトサウルスという別のハドロサウルスの化石頭蓋骨のCTスキャン画像を入手。
そのデータをもとに、トサカや気道(空気の通り道)を3Dプリンターで再現しました。
さらに機械式の「喉頭(声帯)」部分を組み込んで、まるでトランペットのように息を吹き込むことで、恐竜の鳴き声を模した音が響くように設計しました。
実際にこの楽器を鳴らしてみると、幽玄な低い音から、息の強さによっては力強い咆哮のようなサウンドまで、驚くほど多彩な音色が生まれます。
古生物学者たちは、ハドロサウルスのトサカが「仲間への合図」「天敵への警告」「求愛のアピール」などに使われていたと考えており、こうした再現音がその仮説に新たなリアリティを与えています。
この楽器プロジェクトは「ダイナソー・クワイア(Dinosaur Choir)」と名付けられ、世界各地の科学イベントや音楽フェスで話題に。
2015年にはオーストリアのサウンドアート・コンペで表彰され、恐竜ファンだけでなく音楽・科学の両分野から注目を集める存在となりました。
実際の楽器で「恐竜の声」を聴いてみよう!
恐竜楽器の進化はここで止まりませんでした。
2021年、ブラウン氏はカナダ・アルバータ大学のデザイン学者と協力し、より精巧な「大人のコリトサウルス頭部」の楽器レプリカを作り上げます。
最新のCTスキャンと3Dモデリング技術をフル活用し、より実物に近い形状や気道の複雑な構造を再現しました。
コロナ禍をきっかけに、「直接息を吹き込まずに音を出す」新しい発想も生まれました。
楽器には振動センサーやカメラを内蔵し、口の動きや息の振動を電気信号に変換し、それをスピーカーから恐竜頭部の内部に送ることで音が鳴る仕組みが実現。
ギターのピックアップのようなシステムで、手を触れずに恐竜の声を“演奏”できる体験型楽器へと進化したのです。
さらに「声帯ボックス」というデジタル音源装置も搭載し、恐竜の発声器官を模したさまざまなサウンドモデルを切り替え可能に。
最新の研究によれば、一部の恐竜は鳥に近い「シリンックス(鳴管)」という発声器官を持っていた可能性もあり、現代の鳥のさえずりのような声も再現できます。
実際の映像がこちらです。
※ 音量に注意してご視聴ください。
この「ダイナソー・クワイア」は2024年の世界楽器コンテストで3位を獲得。
オーストラリアの音楽カンファレンスでも来場者の注目を集め、演奏体験を楽しむ人が続出しました。
今後は「ノドサウルス」というさらに古い恐竜にも挑戦予定で、これまで以上にバラエティ豊かな“恐竜オーケストラ”が生まれるかもしれません。
ブラウン氏自身も、チューバやサクソフォン奏者とコラボして、現代楽器との“共演”を楽しんでいるそうです。
参考文献
Want to hear dinosaurs ‘sing’? These instruments bring prehistory back to life
https://phys.org/news/2025-09-dinosaurs-instruments-prehistory-life.html
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部