2055匹の毒グモと一緒に”5年以上”生活した家族

家の中でクモを見かける状況は、クモ嫌いにとって想像したくもないことでしょう。

そんな悪夢のような環境で、しかも「毒グモ」として知られるドクイトグモと、家族4人が何年も平然と暮らしていた、という信じがたい実例が、カンザス州で実際に報告されています。

このケースを詳細に調査したのは、アメリカ・カリフォルニア大学リバーサイド校(UCR)を中心とした研究チームです。

彼らは実際に家の中に潜んでいたドクイトグモの数を徹底的に数え上げ、そこから得られる教訓を科学的にまとめました。

この驚くべき調査結果は、2002年11月1日付の『Journal of Medical Entomology』誌に掲載されています。

目次

  • カンザスで起きた“毒グモ屋敷”事件。ドクイトグモとは?
  • 家の中から2055匹のドクイトグモが発見される!被害ゼロだった理由とは?

カンザスで起きた“毒グモ屋敷”事件。ドクイトグモとは?

舞台となったのは、アメリカ中部カンザス州の郊外にある19世紀建造の石造り一軒家です。

1996年、この家に4人家族(両親と当時13歳・8歳の子ども)が引っ越してきました。

それ以前も長く人が住み続けていた歴史ある住宅です。

家族は入居直後から家の中でクモを見かけていましたが、それほど気にしていませんでした。

しかし、その正体が「ドクイトグモ」だと分かったのは、実に引っ越しから5年以上経った2001年夏のことでした。

ドクイトグモ(Loxosceles reclusa)は、アメリカ中南部を中心に分布する小型の毒グモです。

背中にはバイオリンのような模様があり、夜行性で非常に臆病な性格です。

昼間は家具や壁の隙間など、見つかりにくい場所にじっと潜み、夜になると昆虫などの餌を探して静かに活動します。

咬まれると、ごくまれに皮膚が壊死するなどの重症例も報告されていますが、実際にはドクイトグモが人を攻撃することはほとんどなく、押しつぶされるなど命の危険を感じた時にだけ咬む性質です。

この家で大量のドクイトグモが見つかったことを受けて、家族と研究者たちは「いったいどれだけの数が家の中にいるのか?」という前代未聞の調査を始めました。

捕獲は夜ごとに行われ、粘着トラップや手作業で家中をくまなく探し、1匹ずつ記録していきました。

家の中から2055匹のドクイトグモが発見される!被害ゼロだった理由とは?

半年間の徹底的な調査の結果、合計で2055匹ものドクイトグモが確認・捕獲されました。

粘着トラップで842匹、人の手で1213匹が確保されたのです。

捕まえたクモの大きさを分けてみると、体の大きなものが約3割、中くらいが2割、小さなものが5割ほどでした。

このうち、人を咬めるくらいの大きさ(5mm以上)のクモは、全部で400匹以上いたと推定されています。

では、なぜこれほど大量の毒グモが生息していたのでしょうか。

それはこの家の作りに関係しています。

この家は19世紀の石造りで、壁や床、屋根裏などに無数の隙間があり、クモが人目につかずに何世代にもわたって増えることができたのです。

また、家族が長年クモの正体(毒グモであること)に気付かず、駆除もしていなかったことで、クモにとっては脅威のない快適な環境となっていたのです。

そして驚くべきことに、これほど大量のドクイトグモが家中のあらゆる部屋(寝室やキッチン、バスルームにも)に出没していたにも関わらず、家族4人は5年以上の間、一度もクモに咬まれたことがありませんでした。

衣服や寝具の中、あるいは腕を這うなど、至近距離で接触したことが何度もありましたが、皮膚障害などの被害も全くなかったのです。

この理由として挙げられるのが、ドクイトグモのとても臆病な性格です。

前項で説明したように、彼らは人が近づくと、ほとんどの場合じっと隠れて動かなくなるのです。

またクモたちがにげ逃げたり隠れたりする場所が十分にあったことも被害を抑える要因となったはずです。

ちなみに、アメリカでは皮膚に異常があると「ドクイトグモに咬まれた」と訴える人が多いようです。

しかし、こうした訴えはドクイトグモが生息していない地域でも多く、ほとんどは細菌感染や薬剤、他の虫刺されなど全く別の原因によるものだと考えられています。

研究チームも、「分布域外でドクイトグモ咬傷と診断するには、現場でクモが実際に確認される証拠が不可欠」と指摘しています。

また、本当に咬まれた場合でも、多くは赤みや腫れだけで治り、壊死など重症になる例は10%未満。

重症化する場合も、二次的な細菌感染が大きく関わっていると考えられています。

このカンザスでの事例は、「大量発生したドクイトグモが家の中にいても、正しい知識と冷静な対処をすれば被害は極めてまれである」ことを示すものとなりました。

無用に恐れるより、身近な生き物の生態や本当のリスクを知ることが、安全で安心な暮らしにつながるのです。

とはいえ、多くの人(クモ嫌いでなくても)は、クモが2000匹以上もいる家に住み続けたいとは思わないでしょう。

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元論文

An Infestation of 2,055 Brown Recluse Spiders (Araneae: Sicariidae) and No Envenomations in a Kansas Home: Implications for Bite Diagnoses in Nonendemic Areas
https://doi.org/10.1603/0022-2585-39.6.948

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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