最先端のCTスキャン技術によって、16世紀の短剣に隠されていた刻印が浮かび上がったのです。
研究をおこなった独フリードリヒ・シラー大学イェーナ(FSUJ)によると、短剣に刻印されていたのは、剣を作った名匠のサインだという。
一体どのように刻まれていたのでしょうか?
目次
- 歴史に埋もれた「短剣」
- 発見された「刻印文字」
歴史に埋もれた「短剣」
今回の発見の舞台となったのは、ドイツ東部チューリンゲン州に位置するフリードリヒ・シラー大学イェーナです。
この大学は1558年に創立され、ヨーロッパでも有数の長い伝統を誇ります。
発掘されたのは、大学の歴史的中核である「コレギウム・イェネンセ」の地下納骨堂。
ここには16世紀から19世紀初頭にかけて、教授や学生、その家族たちが埋葬されてきました。
そして彼らの棺には象徴的な副葬品や、個人の大切な品々も一緒に納められていました。
今回の短剣も、そのような副葬品の一つでした。
【錆びた短剣の画像がこちら】
この剣は1558年頃、イェーナ大学創立直後のルネサンス時代に製作されたもので、持つことを許されたのは貴族や上流階級の限られた人々だけでした。
イェーナ大学は当時、そうした上流階級の子弟が集い、学び、交流するヨーロッパ有数の学術都市でした。
しかし、第二次世界大戦末期の爆撃でコレギウム・イェネンセは破壊され、何世紀にもわたる遺物や墓所は瓦礫の下に埋もれてしまいます。
やがて発掘調査が始まり、錆びついた剣も地下から掘り出されましたが、表面は厚い腐食層に覆われ、まるでその歴史を隠すかのように沈黙を保っていました。
数十年間、剣はアーカイブで保管されてきましたが、2018年、大学創立期の歴史をひもとく研究プロジェクトが始動します。
当初、研究者たちは「この剣の下に何かあるかもしれない」と直感しつつも、表面を削って確かめるわけにはいきませんでした。
なぜなら歴史的遺物を傷つけることはできなかったからです。
発見された「刻印文字」
そこで登場したのが、医療現場でも活用されるCT(コンピューター断層撮影)技術です。
大学と連携した産業研究機関INNOVENTが導入した最先端のX線マイクロ・ナノCTスキャナーにより、剣を壊すことなく内部構造を三次元で可視化することが可能になりました。
剣をスキャンし、コンピューター解析アルゴリズムで素材ごとの層を“疑似カラー”で表現すると、鞘の残骸や腐食層、鋼材の溶接部分、そして時代の痕跡が鮮やかに浮かび上がりました。
そして密度のごくわずかな違いを検出できるCT画像の中で、ついに“異質な線”が見つかります。
解析を進めるうち、それはなんと「Clemes Stam(クレメス・スタム)」という文字であることが判明しました。
肉眼では錆に完全に埋もれて見えなかった刻印が、デジタル画像の中で甦った瞬間です。
【実際の画像がこちら】
クレメス・スタムは16世紀末にゾーリンゲンに実在した刀鍛冶の名です。
ゾーリンゲンは現在でも刀剣製造の名門として知られ、当時はヨーロッパ貴族やスペイン王室にまで武器を納めていました。
製造者の名前が刻まれていること自体が、持ち主の地位の高さや剣そのものの価値を証明しています。
研究者らは、この剣が学長や教授、あるいは貴族出身の学生の所有物だった可能性が高いと見ています。
さらにCT技術は、鋼材の複数の種類が高度に鍛接されていることや、使用痕・微細な変形まで明らかにしました。
従来の手法では決して得られなかった知見が、非破壊で一気に明らかになったのです。
研究者は「CTは表面の模様だけでなく、物体が内に秘めた“物語”を掘り起こす。今回の発見はまさにイェーナとヨーロッパ刀剣伝統とをつなぐ“証し”だ」とコメントしています。
参考文献
Modern CT Technology Unveils Hidden Inscription on a Renaissance Sword
https://arkeonews.net/modern-ct-technology-unveils-hidden-inscription-on-a-renaissance-sword/
Renaissance sword reveals a hidden engraving
https://www.popsci.com/science/renaissance-sword-engraving/
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

