運動したほうが良いのは誰もがわかっているものの、実際に運動を習慣にすることはとても難しいものです。
特に現代人の多くは、「忙しくて運動の時間がない」「運動は苦手で続けられない」と感じているのではないでしょうか。
しかし、今回オーストラリアのシドニー大学(The University of Sydney)で行われた研究によって、特別な運動をしなくても、1分未満の激しい動きを毎日数回行うだけでも、長期的な死亡リスクが約40%も低くなる可能性が示されました。
たった1分程度の運動で、なぜこれほど大きな健康効果が得られたのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年8月7日に『medRxiv』にて発表されました。
目次
- なぜ「短い運動」に注目が集まるのか?
- 1日たった1分で寿命が変わる
- ゼロを1にする勇気――誰でもできる健康革命
なぜ「短い運動」に注目が集まるのか?

運動不足が健康に良くないことは、ほとんどの人が何となく知っているかもしれませんが、実はその影響は想像以上に大きいのです。
特に現代社会では、パソコンやスマホの普及で長時間座り続ける人が増えていますが、こうした「座りっぱなしの生活」は心臓病や糖尿病など、命に関わるような病気のリスクをじわじわと高めます。
その結果として、運動不足の人は、適度に体を動かしている人に比べて寿命が短くなる可能性も指摘されています。
このように、運動不足が体に悪いとわかっているにもかかわらず、実際に定期的に運動している人は非常に少ないのが現実です。
たとえばアメリカの調査では、定期的に運動している成人はわずか20〜25%、つまり4〜5人に1人しかいないと報告されています。
その理由としては、「仕事や勉強で忙しく、運動する時間がとれない」「運動はきつくて続かない」などの声がよく挙げられます。
つまり、多くの人が「運動したほうが良い」と理解しつつも、「実際にはなかなかできない」というジレンマに直面しているのです。
では、どれくらいの運動をすれば健康を守れるのでしょうか?
これまで専門家たちが推奨していた運動は、「1回につき少なくとも10分間続けること」が目安とされていました。
しかし、この「10分ルール」には弱点がありました。
忙しい人や体力がない人にとっては、「10分連続の運動」はハードルが高く、なかなか習慣にできなかったのです。
そこで近年、専門家の考え方は少しずつ変わり始めました。
世界保健機関(WHO)の最新ガイドラインやアメリカの新しい運動ガイドラインでは、「10分連続」という条件が削除され、「短い運動でも積み重ねれば意味がある」と明記されるようになりました。
これは、つまり、「1分でも、あるいは数十秒でも良いから、少しずつ積み重ねて体を動かそう」という新しい考え方が浸透してきているということです。
しかし、ここで新たな疑問が出てきます。
それは「本当にそんな短い運動でも効果があるの?」という疑問です。
実はこれまで、1分未満という非常に短い時間の運動が健康に良いのかどうかを直接的に証明した研究はほとんどありませんでした。
その理由は、従来の研究が主にアンケート調査に頼っていたため、細かくて短い運動を正確に記録できなかったからです。
こうした問題を克服するために、近年では「加速度計」という体に取り付ける小型の機械を使い、人々の日常生活における短い激しい運動を客観的に計測する研究が始まりました。
研究者たちは、こうした日常生活で自然に行われる短時間の激しい運動を「VILPA(ヴィルパ)」と名付けました。
VILPAとは「激しい断続的生活運動(Vigorous Intermittent Lifestyle Physical Activity)」の略称で、日常生活の中で数十秒ほど息が切れるくらい激しく体を動かすことを指します。
たとえば、「電車やバスに遅れそうになって猛ダッシュする」「階段を急いで駆け上がる」「重い荷物を持って速歩きする」「子どもと全力で追いかけっこをする」などの行動がこれに当たります。
VILPAの最大のメリットは、わざわざ運動のための時間を特別に作らなくても、日常生活の中に自然と組み込みやすいことです。
忙しい人や運動が苦手な人でも、日々のちょっとした工夫で簡単に取り入れることができるため、無理なく続けやすいというわけです。
そこで今回の研究では、このVILPAが本当に健康にメリットがあるのかどうかを、普段まったく運動をしていない米国成人を対象に調べることにしました。
具体的には、「1分未満という短い時間の激しい身体活動(VILPA)が、長期的に見た死亡リスクを下げることと関連があるかどうか」を明らかにしようと試みたのです。
1日たった1分で寿命が変わる

健康のために運動が良いことは多くの人が知っていますが、実際にどれくらいの運動をすれば、どの程度健康効果があるのかを調べるためには、正確なデータを取る必要があります。
しかし、運動の量を調べる方法には難しい問題があります。
たとえば、「アンケートで自己申告」する方法では、人は自分の行動を正確に覚えていないことが多く、特に短い時間の運動は見落とされやすいという欠点があります。
そこで今回の研究チームは、「加速度計」という小型の機械を使って、この問題を解決しようと考えました。
この「加速度計」は小さな腕時計のような装置で、手首に装着すると、1日のうちに体がどれくらい動いたかを細かく記録することができます。
歩いたり走ったりしたときの細かな動きを自動的に記録してくれるため、アンケートよりもはるかに正確に活動量を測れるのです。
研究では、この加速度計を使って、アメリカの成人3,293人の身体活動を1週間にわたって細かく記録しました。
対象となったのは、普段まったく運動習慣がない(スポーツやジム通いなどのレジャー運動を全然していない)20歳以上の男女です。
この参加者は、米国の全国調査(NHANES)という大規模な健康調査から選ばれていて、運動不足の人を正しく代表するように工夫されているため、結果には信頼性があります。
具体的には、参加者にはまず、この加速度計を手首に装着して7日間過ごしてもらいました。
その間、普段通りの生活を送ってもらい、その期間の身体活動を詳しく測定しました。
測定したデータから、研究チームは「VILPA(ヴィルパ)」という日常生活で行われる1分未満の激しい身体活動が「1日に何回くらい起きているのか」、またその「合計時間がどのくらいか」を調べました。
例えば、通勤で急いで階段を駆け上がったり、バス停までダッシュしたり、重い荷物を運んで急いで歩いたりした回数と、その合計時間を記録したのです。
測定期間が終わった後、研究チームはさらに参加者を約6.7年間にわたって追跡し、どの人が亡くなったのかを調べました。
そして、身体活動の記録と死亡した人のデータを比較して、「VILPAを行っていた人」と「全く行っていなかった人」の間で、死亡のリスクにどのような差があったのかを分析したのです。
その結果、研究チームは興味深い事実を発見しました。
VILPAを日常的に行っていた人たちは、全くVILPAを行わなかった人たちよりも、死亡リスクが低い傾向が明らかになったのです。
特に1日あたり平均5〜6回、合計時間で約1.1分間のVILPAを行っていた人たちは、死亡する危険性が約40%ほど低かったことがわかりました。
統計学では、このような「死亡する危険性」を示す指標を「ハザード比(Hazard Ratio:HR)」と呼びます。
VILPAを全くしない人の死亡リスクを「1.0」とすると、1日平均で約5.3回行った人では「0.56」(約44%低下)、1日平均で約1.1分間行った人では「0.61」(約39%低下)という数値が示されました。
これは簡単に言えば、「たった約1分間という短い激しい運動を毎日続けている人は、まったくしない人に比べて長期間で見ると死亡するリスクが4割近くも低かった」ということを意味しています。
さらに研究チームは、VILPAの「回数」と「合計時間」を増やした場合に、死亡リスクがどのように変化するかを詳しく調べました。
このように、運動量を増やすほど健康効果が高まるのかどうかを調べることを、「用量反応(Dose-Response)」の分析と言います。
薬でも「量を増やすと効果が高まるが、多すぎると効果が頭打ちになる」ことがよくありますが、運動でも同じように「どのくらい運動すれば効果が最大になるのか」を確かめるのは重要です。
分析の結果、VILPAの場合も、このような「量を増やすほど効果が高まるが、ある程度を超えると効果の増え方がゆるやかになる」という傾向がはっきり示されました。
これを専門的には「L字型(エルじがた)」の関係と呼びます。
グラフでイメージすると、最初は効果が急激に上がり、その後はカーブがゆるやかに平らになっていくような形をしているのです。
具体的に見ると、VILPAの「回数」では、1日に平均約4.3回行う人たちが、何もしない人と比べて死亡リスクが約38%も低下しました。
この4.3回という数字が、健康効果が急激に高まる「境界線」のような役割を果たしているわけです。
また、1日に行うVILPAの回数をさらに増やすと、死亡リスクはもっと低くなりましたが、その効果は8回前後からゆるやかになり始めました。
一方で、VILPAの「合計時間」についても分析を行いましたが、こちらは少し違った結果が示されました。
時間で見ると、1日約1.1分のVILPAで、死亡リスクは約39%低下しました。
そして、合計時間をもっと増やすと、約2分前後から効果の伸びがゆるやかになりました。
つまり、「回数」の場合は8回前後、「合計時間」の場合は約2分前後が、「効果が最大限に近づき、それ以上はあまり大きく変わらなくなる」ポイントだったのです。
これは言い換えると、「短い激しい運動」はほんの少し取り入れるだけで大きな効果が得られる一方で、それを何倍にも増やしても、必ずしもそのぶん効果が同じように何倍にもなるわけではない、ということになります。
つまり、「とりあえず1日数回、合計数分程度やれば、十分に大きなメリットが得られる」ということを意味しています。
また、この研究は、同じく加速度計を使って行われた過去のイギリスの研究(UKバイオバンク)とも比較されています。
UKバイオバンクでは、1日約4.4分のVILPAで死亡リスクが約38%低下したという結果でしたが、今回のアメリカの調査では、もっと短い「1日約1.1分」でほぼ同じか、やや大きな(約39%)リスク低下が見られました。
この結果の違いについて研究者たちは、「参加者のもともとの運動習慣や健康状態の違い」による可能性を指摘しています。
イギリスの調査に参加した人々はもともと健康意識が高く、普段からある程度身体活動をしている人が多かったのに対し、今回のアメリカの調査では、「ほとんど運動をしない、非常に活動レベルが低い人」を対象としていたため、ほんの少しの運動でも非常に大きな健康効果が出やすかった可能性があります。
言い換えれば、「普段まったく運動していない人」ほど、わずかな運動でも劇的な効果が得られやすいということです。
一方、ある程度身体活動を日常的に行っている人が同じような効果を得るには、もう少し長く運動を続ける必要があるかもしれない、というわけです。
今回の研究は、「普段運動をしない人が日常の中でできる簡単な運動」に焦点を当てており、健康な人にとっては少ない運動量でも、運動不足の人には大きな健康効果があることを示しています。
また、これまでの「1回につき10分以上続けるべき」という従来の運動常識をくつがえし、「日常生活で短くても激しい運動を積み重ねれば、健康のメリットを得られる可能性が高い」という新しい視点を提供しています。
ゼロを1にする勇気――誰でもできる健康革命

なぜたった1分間程度の「全力運動」でこれほど大きな効果が得られたのでしょうか。
考えられる理由の一つは、短くても強い運動は心肺機能や代謝に刺激を与え、体に良い変化をもたらすためと考えられます。
全力で息が切れる運動をすると心臓が一時的にドキドキと激しく動き血流が増えます。
この“小さな負荷”を日々繰り返すことで心臓や血管が鍛えられ、結果的に長期的な健康状態が改善する可能性があります。
「1日1分の全力」というとわずかなようですが、たとえば階段を一気に駆け上がったり、全速力で短距離を走ったりすれば1分でも相当ハードです。
そのハードな運動を毎日少しだけでも続けることが、塵も積もれば山となって寿命に良い影響を与えている可能性があります。
この研究の意義は、運動が苦手な人でも取り組める現実的な方法を示した点にもあります。
研究チームは、VILPAが時間効率がよく、続けやすい選択肢になり得ると指摘しています。
例えば「歩く速度を普段よりグッと速めてみる」とか「掃除や家事を少し力を込めて素早くやってみる」といった工夫で、誰でも日常の中にVILPAを取り入れられます。
運動嫌いでも「これならできそうだ」と思えるハードルの低さが、大きなメリットと言えるでしょう。
実際、調査では参加者全体の約9割が1日に1回以上のVILPAを行っていました。
つまり、多くの人は意識していなくても日常生活で少しは体を激しく動かす瞬間があるのです。
それを「ゼロを1にする」ように意識的に増やしていくことで、健康効果を享受できる可能性があります。
もちろん、今回の結果は観察研究による関連性の指摘であり、因果関係(本当に運動のおかげで寿命が延びるかどうか)はまだ証明されていません。
また、本研究では死亡リスク全体として有意な差が示されましたが、心臓病やがんなど特定の原因による死亡については、統計的に明確な傾向が出ない項目もありました。
これは追跡期間中の該当する死亡者数が少なく、はっきりした結論を出すにはデータが不足していたためと考えられています。
そのため、「1日1分で絶対に病気が治る」といった極端な解釈は禁物で、今後の研究による裏付けが望まれます。
しかし全体として、「たとえごく短い時間でも激しい身体活動はしないよりした方が良い」というメッセージは多くの人に当てはまりそうです。
最後に、この研究から得られる教訓はシンプルです。
まずは「ゼロより少し」体を動かしてみよう、ということです。もし普段まったく運動していないなら、今日からほんの数十秒でもいいので息が切れるような動きを生活の中に取り入れてみてください。
例えば通学や通勤でいつもより早歩きしてみる、エレベーターではなく階段を小走りで上ってみる、といった工夫です。
小さな一歩でも、積み重ねれば大きなリターンが期待できる──それが今回の科学的発見が示唆する希望と言えるでしょう。
元論文
Vigorous intermittent lifestyle physical activity (VILPA) and mortality risk among US adults: a wearables-based national cohort study
https://doi.org/10.1101/2025.08.05.25333017
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部