イギリス南部の海岸「ジュラシック・コースト」で、約1億9000万年前の海を泳いでいた新種の魚竜「ソードドラゴン(Sword Dragon)」のほぼ完全な化石が発見されました。
英マンチェスター大学(The University of Manchester)による今回の発見は、魚竜の進化と絶滅の謎を解く重要な“失われたピース”となりそうです。
巨大な眼と剣のように細長い吻(ふん)を持ち、「最後の晩餐」の痕跡まで残された新種の魚竜。
その正体とはどのような生き物だったのでしょうか?
研究の詳細は2025年10月9日付で科学雑誌『Papers in Palaeontology』に掲載されています。
目次
- ジュラシック・コーストで見つかった新種魚竜
- 進化の「空白」を埋める失われたピースか
ジュラシック・コーストで見つかった新種魚竜
イングランド南部のドーセット州、全長約150キロメートルに及ぶ「ジュラシック・コースト」は、ユネスコ世界遺産にも登録されている化石の宝庫です。
19世紀の有名な女性化石ハンター、メアリー・アニングの時代から現在まで、この地では無数の魚竜や恐竜の化石が掘り出されてきました。
その中でも今回発見された「ソードドラゴン(Xiphodracon goldencapensis)」は、特別な存在です。
命名にあたっては、「剣(xiphos)」と「ドラゴン(dracon)」というギリシャ語・ラテン語を組み合わせ、「ソードドラゴン」という名前が与えられました。
魚竜は英語圏で“シードラゴン(海の竜)”と呼ばれてきた伝統も反映されています。
【発見された魚竜の化石がこちら】
この化石は2001年、地元の化石コレクターであるクリス・ムーア氏がドーセット州ゴールデン・キャップ付近で発見したものです。
全長およそ3メートル(イルカほどの大きさ)で、骨格は三次元的にほぼ完全な形で保存されていました。
頭蓋骨にはサッカーボールほどの巨大な眼窩、そして剣のように鋭く伸びた口吻(=くちばし)が特徴的です。
特に、鼻の近くにある「涙骨」がフォーク状に変形しているという、これまでどの魚竜にも見られなかったユニークな構造も確認されました。
さらに驚くべきことに、化石の腹部には“最後の食事”の痕跡まで残されていました。
胃のあたりには魚やイカと思われる骨片が保存されており、ソードドラゴンが当時どんな獲物を追っていたのかを現代に伝えています。
研究者は2016年に初めてこの化石を目にしたときの驚きを「見た瞬間にただならぬ存在だと分かりましたが、これほど進化史の空白を埋める存在だとは思いませんでした」と語っています。
進化の「空白」を埋める失われたピースか
「ソードドラゴン」が生きていたのは約1億9300万~1億8400万年前、ジュラ紀前期の「プリンスバッキアン期」と呼ばれる時代です。
この時期の魚竜化石は極めて希少で、科学者たちは長らくこの“空白”を埋める化石を探し続けてきました。
それはなぜでしょうか?
実は、プリンスバッキアン期には魚竜の多様性が大きく変化する“動物群の交代”が起こっていたことがわかっています。
それまで主流だった魚竜の科が絶滅し、新たなグループが台頭したものの、その詳しい時期や進化の道筋は化石記録が乏しいため、はっきりしませんでした。
今回のソードドラゴンは、これまで知られているどの魚竜とも異なる特徴を持ち、後の時代に現れる種により近いことから、“動物群の交代”がこれまで考えられていたよりも早く始まっていたことを示しています。
【新種魚竜の口吻の画像がこちら】
また、頭骨の損傷や四肢骨・歯の異常変形など、生前にケガや病気を抱えていた証拠も残っていました。
さらに頭骨には巨大な咬み跡があり、同じ魚竜の仲間でより大型の捕食者に襲われて命を落とした可能性も示唆されています。
こうした細部の情報からは、当時の海が決して穏やかな楽園ではなく、強者と弱者が生存をかけてせめぎ合う“厳しい世界”だったことがうかがえます。
参考文献
Rare Jurassic ‘Sword Dragon’ prehistoric reptile discovered in the UK
https://www.manchester.ac.uk/about/news/rare-jurassic-sword-dragon-prehistoric-reptile-discovered-in-the-uk/
Jurassic ‘sword dragon’ uncovered in England
https://www.popsci.com/science/jurassic-sword-dragon-england/
元論文
A new long and narrow-snouted ichthyosaur illuminates a complex faunal turnover during an undersampled Early Jurassic (Pliensbachian) interval
https://doi.org/10.1002/spp2.70038
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

