普通、結び目といえば靴ひもやロープなど、紐状のものに作るものを思い浮かべるでしょう。
では、光で「結び目」を作ることはできるのでしょうか?
光(とりわけレーザー光)は形のないエネルギーですから、一見そんなことは不可能に思えます。
しかし最近、アメリカのデューク大学(Duke University)で行われた研究によって、レーザー光を空中に絡み合わせてた「光の結び目」を安定生成することに成功しました。
一見魔法のようですが、れっきとした科学の成果です。
単なる奇抜な現象にとどまらず、この技術は将来的に光を使った新しい通信方法やセンサーへの応用につながる可能性があると注目されています。
研究の支援が海軍研究局と陸軍研究局から行われていることからも、注目度の高さが感じられます。
直進するしかできないと思っていた光がなぜ結び目を作ったのでしょうか?
研究内容の詳細は『Nature Communications』および『Photonics Research』にて発表されました。
目次
- 光は結べるのか?
- 『光の結び目』の安定化を達成
光は結べるのか?

そもそも光で結び目を作るとはどういうことでしょうか。
ヒントは「波の重なり」です。
例えば、水面に石を何個か投げ入れると、それぞれの波紋が重なり合って複雑な模様を描きます。
光にも同じように波としての性質があるため、複数のレーザービームを狙い通りに重ね合わせると、空間に3次元の干渉パターンを生み出すことができます。
そして、この干渉パターンがある条件の下で輪っか状になり、さらにいくつもの輪が絡み合うと、「結び目」のような複雑な立体構造が形成されるのです。
こうして生み出された光の結び目は、まるで煙の輪が幾重にも重なり合ったような立体的な姿をしています。
この光の結び目は、ここ20年ほどで研究が進められてきた比較的新しい現象です。
なぜ研究者たちはそんな「光の結び目」に注目するのでしょうか。
それは、このユニークな光の構造が将来さまざまな応用につながる可能性を秘めているからです。
具体的には、まず光の干渉パターン(結び目の形)そのものにデータを載せて送り出すことで空気中や乱れた環境でも情報を伝えられる新しい通信手段になり得ると考えています。
さらに、結び目状にしたレーザー光を空中に通し、その形がどの程度乱れるかを観測すれば、大気の乱流など環境の状態を測定するセンサーとしても活用できる可能性があると期待しています。
このように実用面でも魅力的な光の結び目ですが、その鍵となるのが「どれだけ安定して形を保てるか」です。
数学的に見れば、結び目は連続的に形を変えても決して解けない(ほどけない)という拓扑的な不変性を持ちます。
言い換えれば、一度結ばれた輪は線を切ったり交差させたりしない限り同じ結び目から脱することはなく、交点の数など結び目としての性質(不変量)は保たれます。
このため、光の結び目も理論上は外乱に対して非常に頑強で、情報の運び手として有望だろうと期待されてきました。
しかし研究チームによれば、現実の空気中で本当にその形を崩さずに保てるかどうかは、これまで十分に確かめられていなかったと指摘しています。
仮に光の結び目がわずかな乱れでほどけてしまうようでは、上記のような応用に使うことはできません。
そこでデューク大学の研究チームは、この光の結び目が乱流を含む現実の環境でも崩れずに維持できるのかを確かめることにしました。
『光の結び目』の安定化を達成
研究チームはまず、光の結び目を実際に作り出す実験を行いました。
従来、この種の結び目光ビームを作るには複数のレーザーを同期させて重ねる必要がありました。
しかし今回の研究では、新たに開発した特殊な「ホログラフィック・ストリップ」(回折光学素子の一種)を使い、1本のレーザー光から5本のビームを生み出して結び目を形成することに成功しました。
この方法により、一つの連続した光の紐が空間内で三つの輪を描いて絡み合うトレフォイル(三つ葉)結び目状の光構造が実現されました。
次に研究チームは、この光の結び目が空気の乱れの中でも形を保てるかを調べました。
屋外で長距離にわたる実験を行う代わりに、卓上サイズの装置で大気の乱流を再現しています。
オーブントースターほどの小さな箱の底にホットプレート(熱板)を置いて空気を温め、複数のファンで空気をかき混ぜることで、箱の中に小規模な乱流(不規則な空気の流れ)を発生させました。
また、限られた空間で光が長い距離を進む状況を作るため、光を何枚もの鏡で反射させ、狭い箱の中でも数百メートル先まで光が進んだのと同じ条件を再現しました。
こうして作り出した光の結び目を、この人工の乱流が渦巻く空気の中に通してみます。
すると、空気が静かなときには結び目はしっかりと形を保ち、三つの輪が綺麗に絡み合った状態がそのまま空中に留まることが確認できました。
しかし、空気の流れが激しく乱れると結び目の形は少しずつ崩れ始め、輪がほどけてしまいます。
乱流の中では、光の結び目はもはや元の複雑な構造を保てず、そこに載せていた情報を運ぶ力も失われてしまうことが分かったのです。
では、光の結び目が乱れた空気でもほどけにくくする工夫はできないのでしょうか。
研究チームは結び目の形状そのものをさらに複雑にすることで、安定性を高められるか試しました。
光の結び目のパターンに追加のねじれや輪を加え、いわば構造を補強するような設計にしたのです。
たとえるなら、ジェットコースターの支柱を増やして頑丈にするように、光の輪の交差点(結び目の節目)を増やし、互いに支え合う箇所を多く設けました。
こうして複雑さを増した結び目を同じように乱流下で試すと、単純な結び目に比べて形状を崩れにくく保てることが確認されました。
輪の数が多い結び目は揺さぶられても簡単には解けず、過酷な条件でも光の絡み目が残ったのです。
このようにして、より複雑なデザインの光の結び目が乱流に強いことが実験によって示されました。
さらに研究チームは、光の結び目を意図した形に自在に編み上げる新たな手法も提案しています。
レーザー光を特殊な光学デバイスで複数のビームに分割し、それらを干渉させて好きな結び目構造を作り出すというアイデアです。
言い換えれば、光を一本の糸のように扱って自由に結び目をデザインできる技術であり、この手法を用いることで必要に応じた様々な形状の光の結び目を生成できるようになるでしょう。
今回の実験で示された安定化の工夫と相まって、こうした形状制御の技術は光の結び目を実用に役立てるための大きな前進と言えます。
安定な光の結び目を自在に作り出せるようになれば、その応用範囲は広がっていくでしょう。
元論文
Stability of optical knots in atmospheric turbulence
https://doi.org/10.1038/s41467-025-57827-1
Sculpting isolated optical vortex knots on demand
https://doi.org/10.1364/PRJ.533264
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部