ラーメンやフライドポテト、ポテトチップス、チョコレート、生クリームなど、現代の食生活では高脂肪な食品を摂る機会が増えています。
こうした食事が健康に良くないことは広く知られていますが、実は脳の記憶力にも深刻な影響を与えていることが千葉大学の研究グループによって明らかになりました。
彼らは、ショウジョウバエが高脂肪食を続けることで、脳の神経細胞における「お掃除システム」がうまく働かなくなり、中・長期記憶力が低下するという分子レベルの仕組みを解明したのです。
この成果は2025年8月18日付で『PLOS Genetics』誌に掲載されています。
目次
- 高脂肪食を食べたショウジョウバエは中・長期記憶が低下する
- 高脂肪食で記憶力が低下するメカニズムを解明
高脂肪食を食べたショウジョウバエは中・長期記憶が低下する
高脂肪食といえば、肥満や糖尿病などの生活習慣病の原因になるイメージが強いでしょう。
しかし近年では、認知機能・記憶力の低下との関連にも注目が集まっています。
特に、アルツハイマー病のような神経変性疾患では、食事がその発症や進行に関与することが知られています。
ただ、なぜ高脂肪食が脳の記憶力を低下させるのか、そのメカニズムについては長い間はっきりしていませんでした。
そこで千葉大学の研究チームが今回注目したのは、脳細胞の健康を守る「オートファジー」と「リソソーム」という2つのシステムです。
オートファジーは細胞内の不要なタンパク質や損傷した細胞小器官を分解・再利用する仕組みです。
このメカニズムでは、細胞の中で使い終わったタンパク質や壊れた部品がゴミ袋のような「オートファゴソーム」にまとめて回収されます。
そして細胞小器官「リソソーム」はそのゴミ袋を受け取り、分解酵素で中身を分解し再利用できる材料に戻します。
まさにリソソームは「ゴミ処理場」や「リサイクル施設」のような存在です。
つまり、これらのシステムが連携して働くことで、脳の神経細胞は清潔で健康な状態を維持しています。
逆にお掃除システムがうまく働かなくなると、細胞内に老廃物がたまり、神経細胞の働きが低下してしまいます。
今回の研究では、ヒトにも近い代謝や神経機能を持つショウジョウバエを使い、高脂肪食が脳に与える影響を詳しく調べました。
一方のグループには通常のエサを、もう一方のグループには高脂肪食を7日間与えました。
その上で、記憶力テストを行い、短期記憶(学習直後から数分)、中期記憶(数十分から数時間)、長期記憶(24時間)の3つのタイプの記憶を評価しました。
その結果、高脂肪食を与えたハエでは、中期記憶と長期記憶が明らかに低下することが分かりました。
高脂肪な食品を続けて摂取すると、しばらく時間が経った後に思い出す力が落ちてしまうのです。
では、なぜ高脂肪食は中・長期の記憶力を低下させるのでしょうか。
高脂肪食で記憶力が低下するメカニズムを解明
研究チームはショウジョウバエの脳神経細胞を詳しく調べました。
まず明らかになったのは、高脂肪食を与えたハエの脳細胞ではオートファジーの活性が低下し、本来分解されるべきタンパク質が細胞内に蓄積していた、という点です。
さらに、ゴミ袋(オートファゴソーム)とゴミ処理場(リソソーム)の数自体はむしろ増えていたのに、両者が合体して中身を分解する最終処理工程がうまく進まなくなっていました。
この現象をイメージするなら、町中にゴミ袋がどんどん増えているのに、ゴミ回収車が来ずゴミ処理場まで運ばれないまま、道端にゴミ袋が積み上がっていく状態に例えられます。
このように、高脂肪食はオードファジーにおけるオートファゴソームとリソソームの融合を抑制していることが示唆されました。
その結果、細胞内にゴミがたまってしまい、神経細胞の働きが低下。結果的に、中期記憶や長期記憶が低下するのです。
しかしここで希望も見えています。
研究チームは、遺伝子操作でオートファジーを活性化させる実験も行いました。
その結果、高脂肪食で記憶力が落ちていたハエでも、記憶力が正常レベルまで回復したことが確認されたのです。
今回の研究で、高脂肪食が脳細胞の「お掃除システム」を妨げて記憶力を低下させるというメカニズムが解明されました。
そして、オートファジー機能を高めることで記憶力の低下が防げる可能性も示されています。
今後は、オートファジーの制御を標的とした新たな介入方法の開発が期待されます。
高脂肪食は確かに美味しく、私たちの心を喜ばせます。
しかし私たちは、脂肪の摂りすぎが体だけでなく脳にも悪影響を及ぼすことを意識すべきです。
参考文献
食習慣は脳機能に影響する―長期間の高脂肪食の摂取による記憶能低下の仕組みを解明―
https://www.chiba-u.jp/news/research-collab/post_574.html
元論文
High-fat diet impairs intermediate-term memory by autophagic-lysosomal dysfunction in Drosophila
https://doi.org/10.1371/journal.pgen.1011818
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部