耐熱性の常識を覆す新種のアメーバが、米カリフォルニア州の地熱地帯で発見されました。
本種に新たに付けられた学名は「インセンディアモエバ・カスカデンシス(Incendiamoeba cascadensis)」。
このアメーバはなんと42℃以上でないと成長せず、63℃で細胞分裂するという、真核生物としては史上最高の耐熱性を示したのです。
海外ニュースでは、親しみを込めて”ファイア・アメーバ(Fire Amoeba)”などと呼ばれています。
研究の詳細は米シラキュース大学(Syracuse University)により、2025年11月24日付でプレプリントサーバ『bioRxiv』に公開されました。
目次
- 地熱水の中に潜んでいた「ファイア・アメーバ」
- 何℃まで耐えられるのか?
地熱水の中に潜んでいた「ファイア・アメーバ」
研究が行われたのは、カリフォルニア州にあるラッセン火山国立公園です。
この地域は、49〜65℃の地熱水が流れ、pH6〜7の比較的中性の環境が安定して続く場所で、過去にも多様な微生物群集が報告されてきました。
研究チームは2023〜2025年にかけて、20か所の地熱地点からサンプルを採取し、そこに含まれる微生物を培養しました。
その結果、20地点中14地点から新種アメーバ(インセンディアモエバ・カスカデンシス)の存在を確認。
培養を続けると、57℃・60℃では1〜2週間後に明確に増殖し、3週間目には63℃でも成長していることが分かりました。
【新種アメーバの画像がこちら】
また環境DNAデータベースを検索したところ、このアメーバとほぼ同じ遺伝子断片が
・ニュージーランドのタウポ火山帯
・アメリカ・イエローストーン国立公園
にも存在することが判明しました。
つまり、本種は世界の高温地熱地帯に散在する「隠れた真核生物」で、これまで見落とされてきただけの可能性があるのです。
何℃まで耐えられるのか?
実験では、30〜64℃まで17段階で培養温度を変え、耐熱限界を調べました。
その結果、
・42℃未満:成長ゼロ
・55〜57℃:最適成長温度
・63℃:細胞分裂(有糸分裂)を確認
・64℃:活発な運動が持続
という驚異の結果が得られました。
従来、真核生物の理論上限とされた60〜62℃を明確に突破しています。
さらなる高温では、
・66℃:保護用のシスト(休眠構造)を形成
・70℃:運動が停止するが、60℃に戻すと回復
・80℃:完全に死滅
という段階的な反応を示しました。
この「70℃からの復活」は特筆すべき点で、真核細胞の構造は熱に弱いとされる従来の理解を覆す結果です。
■ 高温でも壊れない細胞の秘密:耐熱タンパク質と遺伝子ネットワーク
ゲノム解析によって、このアメーバが高温を耐え抜く仕組みも一部明らかになりました。
とくに特徴的なのは以下の点です。
① 熱ショックタンパク質(HSP)の拡張
タンパク質の変性を防ぎ、折りたたみを補助します。
② タンパク質分解システムの強化
熱による損傷を素早く処理する能力が発達している。
③ タンパク質そのものが“熱に強い”
近縁種より、平均して約4℃も耐熱性が高かった。
また、60℃以上でも「安定」と推定されるタンパク質の数が5倍以上に増えていました。
以上のように、本種の発見は「真核生物は60℃を超えて成長できない」という従来の前提を覆すものです。
細胞分裂可能な上限温度を63℃に引き上げたことで、真核生物の限界線が大きく塗り替えられました。
さらに、この生物が示す強力な耐熱タンパク質や分子ネットワークは、生命の進化や極限環境への適応、さらには地球外生命探索における「生命の可能性」を考え直すヒントになると期待されています。
参考文献
Extreme ‘Fire Amoeba’ Smashes Record For Heat Tolerance
https://www.sciencealert.com/extreme-fire-amoeba-smashes-record-for-heat-tolerance
元論文
A geothermal amoeba sets a new upper temperature limit for eukaryotes
https://doi.org/10.1101/2025.11.24.690213
(PDF)
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

