音楽を楽しむ力の54%はDNAが決めている

生物学

あなたはお気に入りの曲を聴いているとき、思わず心が弾んだり、体が動き出したりしませんか。

一方で、どの曲を聴いても「そこまでピンとこない」という人もいます。

ドイツのマックス・プランク研究所(MPI)で行われた研究によって、こうした“音楽をどれだけ楽しめるか”の違いのかなりの率で、遺伝子に秘密がある可能性が示されました。

同じ音楽に対して鳥肌が立つほど感動する人と、まったく心が動かない人、その分かれ道はどれほど遺伝子によって支配されているのでしょうか?

研究内容の詳細は『Nature Communications』にて発表されました。

目次

  • なぜ音の並びがここまで私たちを動かすのか?
  • 遺伝子によって「音楽を楽しむ力」が決められている
  • 遺伝子に刻まれた音を楽しむ力

なぜ音の並びがここまで私たちを動かすのか?

音楽を楽しむ力の54%はDNAが決めている
音楽を楽しむ力の54%はDNAが決めている / Credit:Canva

私たちが日々耳にする音楽は、なぜこれほどまでに人を惹きつけるのでしょうか。

単なる音の波が重なっただけのものなのに、ある人は聴いただけで鳥肌が立つほど感動し、涙を流すことさえあります。

一方で、同じメロディを聴いても「そこまで強く響かない」という人がいるのも事実です。

では、大きな喜びを感じる人と、そうでない人の差はどこから生まれるのでしょうか?

歴史的に見ても、音楽は太古の儀式や宗教儀礼、収穫祭や王の戴冠式のように、人が集まるあらゆる場面で欠かせない存在となってきました。

文化によって楽器や旋律は違えど「歌う」「演奏する」「聴いて盛り上がる」といった行為そのものは、世界中ほとんどどこにでも見られます。

これだけ普遍的な芸術形式にもかかわらず、一人ひとりが音楽に感じる“快感”は驚くほどバラバラです。

それはまるで一匹一匹の蝶が好む花の色が違うようなもので、同じ花(音楽)を前にしても「うっとりする人」と「ふーんで終わる人」がいます。

こうした違いを探求するにあたって、神経科学の研究者たちはまず脳の仕組みに注目しました。

脳内には、嬉しいことや快感を得たときに活性化する「報酬系」と呼ばれるネットワークがあります。

実験で、感動的な曲を聴いている人の脳をスキャンすると、この報酬系が光り輝くように活発になることが分かりました。

心が震えるような音楽体験をした瞬間、私たちの脳は“ご褒美のシャワー”を全身に浴びせているのです。

ただし、この“ご褒美のシャワー”の強さには個人差があり、中には「曲を聴いてもほとんど何も感じない」という人がいます。

ある意味、そこには“音楽的無快感症”という不思議な現象が存在し、“気持ちいい”と思うかどうかは音を知覚する力以上の何かに左右されているようなのです。

ここで浮かび上がる問いは、「音楽による快感の感じやすさは遺伝子が関係しているのだろうか」ということ。

たとえばリズム感や音感に関しては、双子を対象とした研究によって部分的に遺伝の影響が示唆されてきました。

しかし、演奏技術や音程の正確さは測りやすい一方で、「聴くことで得られる純粋な楽しさ」はどう数値化し、どう比較すればいいのかという難題がありました。

まるで空気の香りを誰かに“数値化して伝える”ようなもので、個人の感情の動きは非常に扱いづらいのです。

そんな中、比較的新しく開発された「Barcelona Music Reward Questionnaire (BMRQ)」という質問票が、音楽から得られる喜びを多面的に把握する道を開きました。

これは、音楽を聴いたときの感情の高ぶりや、気分をコントロールする働き、体を動かす楽しさ、さらに社会的なつながりの感覚などを細かく測定できるツールです。

たとえ楽器を持っていない人でも、このBMRQを使えば「どれだけ音楽に価値を感じているか」「どういう部分に魅力を覚えるか」といったポイントを定量的に示すことができます。

しかし、それでもなお疑問は残ります。

果たして「音楽から得られる幸福感」と「遺伝子的な素質」はどれほど深く結びついているのでしょう。

あるいは、もともと快感を感じやすい“快感体質”の人が音楽に限らず報酬系全般に敏感なだけなのでしょうか。

それとも音程やリズムがしっかり取れる“耳の良さ”が大切なのでしょうか。

音楽による“快感”だけが特別なのか、あるいは人間の脳はそもそも報酬を見つける天才なのか――こうした問題を解き明かすには、大規模なデータと緻密な分析が必要とされていました。

そこで今回研究者たちは、双子を対象に音楽の楽しさを測定し、その結果をほかの知覚能力や一般的な報酬感受性と比べることで、音楽を楽しむ度合いにどれだけ遺伝的背景があるのか、そしてそれが音楽以外の感覚や体験とはどう結びついているのかを明らかにしようと考えたのです。

こうして始まったのが、世界的にも珍しいスケールの双子研究でした。

遺伝子によって「音楽を楽しむ力」が決められている

音楽を楽しむ力の54%はDNAが決めている
音楽を楽しむ力の54%はDNAが決めている / Credit:Canva

“音楽好きの秘密”を探るために今回の研究チームはまず、スウェーデンに暮らす約9,000人の双子を対象に、どのくらい音楽を楽しめるかを徹底的に調べました。

なぜ双子なのかと言うと、一卵性双生児は“ほぼ同じ遺伝情報”を、二卵性双生児は“平均で半分ほどの遺伝情報”を共有しているから。

同じ環境で育っていても遺伝子がどれだけ重なるかが違うため、音楽を楽しむ度合いの「どれだけが遺伝の影響なのか」を正確に割り出せるのです。

これはいわば、大勢のそっくりな“鏡”と少し似ている“鏡”を並べ、そこに写る音楽への反応の差を比べるような壮大な試みでした。

このとき研究者たちが使った“精密なはかり”が、Barcelona Music Reward Questionnaire (BMRQ) という質問票です。

BMRQは、音楽を聴いたときに感じる感情の盛り上がりや、頭ではなく体が自然と動き出すようなリズムへの乗り方、さらに曲をきっかけに生まれる人との一体感まで、まるでプリズムに光を当てるかのように“音楽の楽しみ方”をいくつもの色合いに分けて測定できるツールです。

おまけにメロディを正しく聴き取れるかを調べる音楽知覚能力や、食べ物でもギャンブルでも「快感全般に敏感」な人かどうかを見る一般的な報酬感受性のテストも合わせて実施。

いわば「音楽の喜び」をいろんな角度から一斉に照らし出す複合検査を一気に進めたのです。

その結果判明したのは、“音楽をどれだけ楽しめるか”という個人差のおよそ半分以上(54%前後)は、遺伝子が関与しているという事実でした。

(※この54%という数値は数々の双子実験のなかでも比較的高い数値となっています。音楽の才能の8~9割前後が遺伝子によって決まると考えられていることから、音楽を楽しむ力も遺伝子の影響が大きいのかもしれません)

つまり、頭からつま先まで震えるほど感動するか、それとも「まあ普通かな」で終わるか――私たちの音楽体験の大部分には、“生まれつきのコード”とも呼べるような遺伝的設計図が潜んでいるのです。

これは双子研究でもかなり高い部類の数値で、「私たちの音楽ライフは意外とDNAに左右されているかもしれない」という考えを一気に後押しする結果となりました。

さらに面白いのは、単に「耳がいい」「快感を感じやすい」タイプだから音楽に魅了されるわけではなさそうだ、という点です。

メロディやリズムを的確に捉える能力や、普段の生活で快楽を求めがちな“報酬感受性”との一部重なりは確かに見つかったものの、その重なりでは説明しきれない“音楽特有の楽しみ”に関わる遺伝的要因が存在したのです。

たとえば、演奏は得意でも「聴いてもそこまで感動しない」という人もいれば、逆に演奏は苦手なのに大好きな曲に出会うと全身に鳥肌が立つほど感情が昂ぶる人もいる。

こうした違いは「音楽を楽しむ回路」が私たちの中に別ルートで仕込まれている可能性を示唆しており、これはまさに“聴くだけで幸せになれる秘密のスイッチ”が存在するかもしれない、というワクワクする発見でもあります。

そしてBMRQが測る複数のファセット(たとえば“社交的な喜び”“音楽探求意欲”など)を比較してみると、各要素で微妙に異なる遺伝パターンが浮かび上がりました。

中でも「人と一緒に音楽を楽しむ社交的快感」が、「どれだけ音程やリズムを正確に捉えられるか」と強く結びついているらしい、という興味深い結果も得られています。

いわば、同じ“音楽好き”という言葉でも、人によってどのファセットが強いのかは千差万別。

その多面性が遺伝子レベルで違う可能性がある、というのですから、これはもう音楽を語る上での新境地といっていいでしょう。

では、なぜこの研究が革新的なのでしょうか?

第一に、これほど大人数の双子を対象に「音楽の快感」にフォーカスした大規模調査は非常に珍しいことです。

まるで巨大なコンサートホールに双子をずらりと並べ、ひとつの楽曲を流して全員の反応を詳しく記録したようなもの。

そこで得られたデータを元に、環境の影響だけでなく、遺伝子がどれほど深く音楽体験に関わっているのかを高い精度で推定しました。

第二に、BMRQのように多彩な側面を同時に測るやり方によって、単なる「音感の良し悪し」で語りきれない音楽の楽しみ方の“地層”を何層にもわたって掘り下げられた点も画期的といえます。

つまり、“音楽を楽しむ”という一見ふんわりした感覚に、実はしっかりとした遺伝的背景があり、それがさらに複数の要素に分かれている。

これは「同じ曲でも人によって感動度合いが違う」謎に対して、新しい解明の道筋を明確に示した成果なのです。

遺伝子に刻まれた音を楽しむ力

音楽を楽しむ力の54%はDNAが決めている
音楽を楽しむ力の54%はDNAが決めている / Credit:Canva

この研究は、単に「音楽が好きか嫌いか」という二分法ではとらえきれない、“音楽の楽しさ”の真髄に迫ったと言えそうです。

何よりも大きな発見は、音程やリズムを感じ取る力や、報酬系全般への敏感さだけでは説明できない“音楽特有の報酬感受性”が、私たちのDNAと密接につながっているらしい、という点です。

これは「音感がないから音楽を楽しめない」「もともと喜びを感じやすい人だけが音楽に酔いしれる」という固定観念とは異なる見方を提案しています。

実際、音楽的能力はそこまで高くなくても、ある曲に心底ハマってしまう人もいれば、演奏が上手でも“鳥肌が立つような感動”はあまり味わったことがないという人がいるのは、この別の“遺伝的ルート”が作用しているからかもしれません。

さらに面白いのは、音楽を“楽しむ”といっても、感情が揺さぶられるタイプもいれば、リズムに合わせて体を動かしたり、人と一緒に聴くことで一体感を得たりするタイプもいます。

これら複数の要素が、それぞれ微妙に異なる遺伝的影響を受けているという示唆は、音楽の多面性を改めて浮き彫りにしました。

ある人にとっては「仲間とのカラオケが最高の幸せ」でも、別の人にとっては「お気に入りの曲を静かな場所で聴くひととき」こそ至福――この違いが、単なる趣味嗜好だけでなく、遺伝子レベルで異なっている可能性があるのです。

もちろん、“音楽の楽しさ”がすべて生まれつきで決まるわけではありません。

双子研究では約半分以上が遺伝の影響を受けていると推定されましたが、残りの部分は個人が育ってきた環境やその後の経験によって生み出されます。

たとえば、幼い頃に音楽に触れる機会が多ければ、大人になってから音楽に対する関心や楽しみがより強まるかもしれません。

あるいは、友人とライブに通う習慣が始まったことで、一気に音楽の魅力に開眼するケースもあるでしょう。

要するに、私たちが音楽をどれだけ楽しめるかは、遺伝と環境が絶妙に混ざり合って形成されるのです。

今回の成果が画期的なのは、人間の感情や行動における遺伝と環境の関係を、“音楽”という身近で多彩な刺激を通して具体的に示した点にあります。

これまで「楽しむ力」は測りにくいとされてきましたが、BMRQのようなツールを活用して「音楽を楽しむ度合い」を数値化し、それを双子研究で裏付けることで、単なる好みや素質を超えた仕組みが見えてきたのです。

これは音楽教育や音楽療法への応用などにも大きな可能性を開きます。

たとえば、どのような環境要因が音楽をより楽しめるようになるかを探ったり、逆に音楽を使って脳の報酬系をうまく刺激し、精神的ストレスを緩和したりするアプローチにもつながるかもしれません。

まだ解明されていない部分も多く残ります。

たとえば、文化的背景や言語が異なる地域で同様の研究をしたらどうなるのか。

子どもの頃の音楽経験がどのくらい長期的な影響を及ぼすのか。

あるいは、遺伝子レベルで見たときに“音楽を楽しむ力”に関わる具体的な遺伝子配列が存在するのか――興味は尽きません。

とはいえ、すでに明らかになったのは「同じ曲を聴いても、人によって心の揺れ方が違うのはあたりまえ。

そしてその一部は、生まれもったDNAによるところが大きい」という事実です。

考えてみれば、私たちが音楽に求めるのは、ただ耳に心地よいだけでなく、“他人と共感する瞬間”や“自分の心を動かしてくれる刺激”といった多様な要素です。

今回の研究は、それらをひとまとめにせず、丁寧に切り分けて一斉に検証し、さらに遺伝と環境の区別を可能にする双子研究で挑んだところに価値があります。

いわば、人間の“心のオーケストラ”の中で音楽がどんな役割を果たしているかを、遺伝学というスポットライトで照らし出したのです。

この発見をきっかけに、音楽が持つ奥深いパワーがいっそう明るみに出てくるだろうと期待が高まっています。

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元論文

Twin modelling reveals partly distinct genetic pathways to music enjoyment
https://doi.org/10.1038/s41467-025-58123-8

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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