野生で最後の青く美しいインコ「アオコンゴウインコ(Cyanopsitta spixii)」に、危険が迫っています。
ブラジル北東部で進められていた野生復帰プロジェクトの中核となる個体たちから、致死性のウイルスが次々と見つかったのです。
20年以上かけて進められてきた「野生に鳥を戻す」挑戦が、大きな壁にぶつかっています。
今回の出来事は、1種類の鳥の問題を超えて、絶滅危惧種をどう守るべきかという、世界レベルの問いを突きつけています。
目次
- 一度は“野生絶滅”とされた「アオコンゴウインコ」の復活プロジェクトに「ウイルス」が忍び寄る
- なぜ致死性ウイルスが蔓延したのか?
一度は“野生絶滅”とされた「アオコンゴウインコ」の復活プロジェクトに「ウイルス」が忍び寄る
アオコンゴウインコは、ブラジル北東部の乾燥地帯カアチンガに生息していたインコです。
全身は澄んだ青色で、頭は少し灰色がかった淡い青、長い尾と黒いくちばしを持つ、印象的な姿の鳥です。
体長は55〜57センチメートルほどで、アニメ映画『ブルー 初めての空へ(原題:Rio)』のモデルにもなったことで知られています。
しかし、その美しさと希少性が裏目に出ました。
ペット目的の密猟、生息地の伐採や農地開発、ダム建設などが重なり、野生下のアオコンゴウインコは急速に姿を消していきました。
2000年には最後に残っていた野生個体も観察されなくなり、2019年には国際自然保護連合(IUCN)によって「野生下絶滅(Extinct in the Wild)」と正式に評価されました。
それでも、希望は完全には途切れませんでした。
世界各地の動物園や民間の飼育施設には、アオコンゴウインコが数十羽、繁殖可能な状態で残されていたのです。
ブラジル政府の環境機関ICMBioと、各国の専門家はこれらの個体を守りながら、いつか再びアオコンゴウインコを自然に戻すことを目標に、長年にわたって準備を進めてきました。
そして2022年、ついに「野生復帰プロジェクト」が本格的に動き出します。
ヨーロッパなどの施設で繁殖されたアオコンゴウインコが次々とブラジルへと運ばれ、現地の飼育施設でカアチンガの気候や植物に慣れる訓練を受けた後、段階的に自然へ放鳥されていったのです。
これまでにおよそ20羽が放たれ、そのうち一部は現地の環境で生き残り、自力で餌を探し、乾いた林を青く染めるように飛び回る姿も確認されるようになりました。
「絶滅した鳥が再び故郷の空を飛ぶ」
そんな物語が、現実になりつつあるように見えたのです。
ところが、その流れを一気に変えてしまう出来事が2025年に起こります。
同年5月、プロジェクトに関わる研究者たちが、野生化した個体の一部からBFDV:Beak and Feather Disease Virus (嘴羽毛病ウイルス) を検出しました。
このウイルスは、オウムやインコの仲間に感染し、羽毛が抜け落ち、羽の発達異常、くちばしの変形などを引き起こします。
現在のところ有効な治療法は知られておらず、多くの場合、鳥は弱って命を落とします。
飛ぶ力や体温調節、免疫のはたらきが失われていくため、野生で生きるには致命的な病気です。
この危険なウイルスが、よりによって「復活させようとしていた絶滅危惧種」に見つかってしまったのです。
では、なぜこんなことが起きたのでしょうか。
なぜ致死性ウイルスが蔓延したのか?
後の調査で、状況がどれほど深刻かが明らかになっていきました。
2025年11月、野外で暮らしていたアオコンゴウインコの様子に異変が見られたため、ICMBioは野生化した個体群から11羽を捕獲し、検査を行いました。
その結果、11羽全員が陽性であることが判明しました。
放鳥されたおよそ20羽のうち、野外で生き残っていたのがこの11羽とされており、そのすべてが感染していたことになります。
これは、野生復帰プロジェクトの中核となる野外個体群が、事実上ウイルスに“丸ごとつかまれてしまった”状態だと言えます。
さらに、問題は野外だけにとどまりませんでした。
ブラジル・バイーア州にある繁殖センターで飼育されていたおよそ90羽のアオコンゴウインコを検査したところ、そのうち21羽が陽性であることが分かったのです。
野生に出ていない、施設の中の鳥たちにもウイルスが広がっていたことになり、プロジェクト全体への打撃はさらに大きくなりました。
では、なぜここまで感染が広がってしまったのでしょうか。
ICMBioとブラジル環境省は、アオコンゴウインコを管理する民間企業BlueSkyが運営する繁殖施設に、重大なバイオセキュリティ(感染対策)の不備があったと指摘しています。
調査によると、施設の内部は「非常に汚れて」おり、乾燥した鳥の糞が床や設備に積もったままになっていたといいます。
また、作業員がサンダルやTシャツ、短パンといった軽装で鳥を扱い、防護具を十分に着けていなかったことも問題視されました。
出入りや作業のたびに、衣服や靴などを介してウイルスが施設内で広がった可能性があります。
こうした状況を受けて、ブラジル環境省とICMBioは、BlueSkyに対して180万レアル(約5200万円)の罰金を科すと発表しました。
ICMBioの気候・疫学緊急対応の責任者であるクラーウジア・サクラメント氏は、「もしバイオセキュリティが厳格に守られていれば、陽性個体が1羽だけの段階から、11羽すべてにまで増えることはなかっただろう」と述べ、強い危機感を示しています。
アオコンゴウインコは、1種類だけで独自の属を構成する特別な鳥です。
その未来が、ひとつのウイルスと人間側の管理の甘さによって再び揺らいでいるという事実は、世界中の保全関係者にとって重い警告となっています。
アオコンゴウインコの青い羽は、これからもブラジルの空を舞い続けるでしょうか。
それは今回の失敗から何を学び、どこまで本気で守ろうとするのかという、私たち人間の選択にかかっているのかもしれません。
参考文献
11 Of The Last Spix’s Macaws In The Wild Struck Down With A Deadly, Highly Contagious Virus
https://www.iflscience.com/11-of-the-last-spixs-macaws-in-the-wild-struck-down-with-a-deadly-highly-contagious-virus-81733
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

