人間の暮らしや社会が、動物たちの姿や生き方にどんな影響を与えてきたのか、普段はあまり意識しない人が多いかもしれません。
でも、そんな「人と動物の歴史」を、誰にでも分かる形で明らかにした最新の研究があります。
フランスのモンペリエ大学(Montpellier University)の研究チームは、地中海沿岸フランスで発掘された動物の骨を徹底的に調べ、野生動物と家畜の「体の大きさ」が過去8000年でどう変化したのかを詳しく分析しました。
その結果、この1000年ほどで家畜はどんどん大きくなり、野生動物は逆に小さくなる、はっきりとした分かれ道が生じていたことがわかったのです。
この研究は、2025年9月2日付の『PNAS(Proceedings of the National Academy of Sciences)』誌に掲載されました。
目次
- 8000年分の骨から探る「動物の大きさ」の変化
- 過去1000年間で家畜は大きくなり、野生動物は小さくなった
8000年分の骨から探る「動物の大きさ」の変化
動物の体の大きさ(体サイズ)は、その動物がどんな環境で生きてきたのか、人間とどんな関わりを持ってきたのかを知るうえで、とても重要な手がかりです。
しかし、これまで「家畜」と「野生動物」の体サイズの変化を、同じ場所・同じ時間軸で同時に比較した研究はほとんどありませんでした。
今回の研究チームは、フランス南部の311か所の遺跡から見つかった22万5000点以上の骨や歯を集めました。
ウシやブタ、ヒツジ、ヤギ、ニワトリといった家畜はもちろん、シカやキツネ、ノウサギなどの野生動物も含め、骨や歯の長さや太さを測って体の大きさを推定しています。
さらに、当時の気候や植物、人口、土地の使われ方といった「環境の変化」もあわせて調べ、「何が動物の体の大きさを変えてきたのか?」を探りました。
その結果、8000年前の新石器時代から約1000年前の中世まで、野生動物も家畜も「体の大きさがほぼ同じパターンで変わってきた」ことが分かりました。
寒さや乾燥といった「環境の変化」によって、動物全体が同じように影響を受けていたのです。
この時期、人間はすでに家畜を育てていましたが、まだ「自然の環境」の力のほうが強く、家畜も野生動物も同じような変化をたどっていました。
しかし、8000年間のうち、最後の1000年間で状況は大きく変化しました。
過去1000年間で家畜は大きくなり、野生動物は小さくなった
研究結果によると、約1000年前を境に、家畜と野生動物の体の大きさはまったく違う方向に進み始めたようです。
家畜は大型化し、野生動物は小型化する傾向が見られたのです。
まず家畜は、「人間がより大きな個体を選んで育てる」という工夫(選択繁殖)が強くなっていきました。
たとえば、たくさんミルクを出すウシや、大きな肉になるブタ、成長が早いニワトリなど、人間にとって「便利な特徴」を持つ動物が選ばれて、どんどん大きくなっていきました。
一方、野生動物には逆風が吹きます。
人間の人口が増えて、農地や町が広がり、森や草原はどんどん減っていきました。
暮らしのために狩猟されることも増え、とくに大きな動物ほど狙われやすくなります。
そのため、野生動物は小型化が進み、体が小さいほうが生き残りやすくなっていきました。
こうした変化は今や、地球全体に広がっており、その影響は決して無視できません。
2018年の別の研究によれば、地球上の哺乳類全体のバイオマス(生物量)のうち、家畜が62%、人間が34%、野生の哺乳類はわずか4%しかいないという驚きの数字もあります。
さらに最近は、温暖化など気候変動の影響で、海の魚や海鳥でも「どんどん小さくなる」現象が見られています。
たとえば、北極圏のニシツノメドリ(学名:Fratercula arctica)という海鳥では、えさとなる小魚が減り、ヒナが以前より小さく育つ現象が起きています。
体の大きさが小さくなると、子どもの数が減ったり、弱くなったりして、生き残りが難しくなることもあります。
生き物の種類が減る(生物多様性の低下)ことで、生態系全体のバランスが崩れてしまう可能性もあるでしょう。
家畜が大きくなること自体も、たくさんの土地や水、エサが必要になるため、将来の持続可能な社会づくりには課題が残ります。
今回の研究は、動物の骨という「地球の歴史の証拠」から、過去1000年で家畜と野生動物が大きく分岐してきたこと、そしてその大きな原因が「人間の活動」にあることを明らかにしました。
これからは、動物たちと共に暮らしていくうえで、家畜の生産性と野生動物の保護、生態系のバランスをどう保つか、私たち一人ひとりが考えていくことがますます大切になりそうです。
参考文献
We’ve driven animals in two shocking directions over just 1,000 years
https://newatlas.com/biology/domestic-wild-animal-size/
Human impact on the evolution of domestic and wild animal body size has intensified in the last millennium
https://www.cnrs.fr/en/press/human-impact-evolution-domestic-and-wild-animal-body-size-has-intensified-last-millennium
元論文
8,000 years of wild and domestic animal body size data reveal long-term synchrony and recent divergence due to intensified human impact
https://doi.org/10.1073/pnas.2503428122
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部