角膜の病気や損傷により失明した人に新たな希望が差し伸べられようとしています。
アラブ首長国連邦のテクノロジー企業XpanceoとイタリアのスタートアップIntra-Kerが、角膜を通さずに網膜へ視覚情報を直接届ける新しい眼内インプラントを開発中です。
この技術は、従来の治療法では救えなかった世界中の盲目患者に、新しい視力回復の選択肢をもたらす可能性があります。
詳細は、2025年9月5日付の『Xpanceoのニュースルーム』にて発表されました。
目次
- 角膜を迂回して「光を網膜に届ける技術」を開発中
- 初の概念実証に成功!今後の臨床試験に期待
角膜を迂回して「光を網膜に届ける技術」を開発中
角膜は目の「窓」と呼ばれ、外からの光を網膜へ届ける重要な役割を担っています。
しかし、感染症やケガ、遺伝病などで角膜が濁ってしまうと、目の奥の網膜や視神経が正常でも光が届かず、重い視力障害や失明につながります。
こうした「角膜盲目」患者の数は世界で1,200万人以上とされており、これまでは「角膜移植」が唯一の根本的な治療法でした。
ところが、角膜移植はドナー(提供者)に大きく依存しており、年間に実施される移植件数は18万5,000件程度しかありません。
移植を待ちながら何年も過ごす患者や、そもそも適合するドナーが見つからないケースも少なくありません。
さらに、運良く移植が受けられても、全員が「元通りの視力」を得られるわけではなく、拒絶反応や再発などの課題も残ります。
そこでXpanceoとIntra-Kerの研究チームは、従来の「壊れた角膜を治す」という発想を転換することにしました。
「角膜をバイパスして外部から網膜へ“視覚情報”だけを届ける」ショートカット型の治療デバイスを開発することにしたのです。
この新技術の仕組みは次の通りです。
まず外部のスマートグラスに内蔵されたカメラが、目の前の景色をリアルタイムで撮影し、その映像をワイヤレスで眼内に送信します。
眼内には極小ディスプレイが埋め込まれ、このディスプレイが受け取った視覚情報を角膜を通さずに直接網膜に届けます。
網膜が正常なら、通常の視覚と同じように脳に情報が伝わり、「見る」体験が得られるという仕組みです。
まさに「未来の技術」といったプロジェクトですが、今のところ、概念実証の段階まで進んでいます。
初の概念実証に成功!今後の臨床試験に期待
Xpanceo社は、角膜内インプラントにおける初の概念実証に成功したと報告しています。
それには、450×450ピクセルの解像度を持つディスプレイが使用されました。
現代のスマートフォンやテレビに比べると画素数は少ないですが、大きな文字や人の輪郭、障害物の位置など、日常生活に必要な最低限の視覚は確保できると期待されています。
もちろん今後は、さらなる小型化や高解像度化も目指されています。
そして、このディスプレイとXpanceo社の光学投影システムが組み合わされ、5.6mmのパッケージを実現しました。
この技術が実現した背景には、いくつかの大きな技術的ブレークスルーがあります。
最近までマイクロディスプレイを角膜内に安全に埋め込むことは不可能だと考えられていました。
それでも研究チームの新しい技術(特許取得済み)により、この課題を突破。
さらに、Xpanceo社がスマートコンタクトレンズの開発で培った「無線通信・給電技術」を応用することで、外部スマートグラスからの映像データをリアルタイムかつ安定してディスプレイに伝送できるようになったのです。
現在、このインプラントは実際のヒトではなく、液体中やドナー角膜を用いた実験で「網膜への投影が可能」であることが示されています。
実験では比較的鮮明な映像を網膜に届けることに成功しました。
(実際の映像は『ニュースルーム』をご覧ください)
研究チームは今後2年以内の臨床試験開始を目指しており、デバイスの更なる小型化が進められています。
この技術が実現・普及すれば、世界中の角膜盲目患者に“新しい目”をもたらし、希望の光を届けることになるはずです。
参考文献
Futuristic eye implant bypasses cornea to beam images straight to retina
https://newatlas.com/medical-devices/proof-of-concept-implant-corneal-blindness/
XPANCEO and INTRA-KER Develop Intracorneal Implant to Restore Vision in Patients with Corneal Blindness
https://www.xpanceo.com/newsroom/intraker-corneal-implant
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部