オーストラリアのメルボルン大学(UoM)で行われた研究によって、致死性の病気を引き起こす「カエルツボカビ」に感染した絶滅危惧種アルプスアマガエルが、むしろ未感染の仲間よりもよく跳ぶことがわかりました。
ふつうこのカビに感染すると、体力が落ちて動きも鈍くなり、最悪の場合は心臓まひで死んでしまうことさえあります。
ところが実験では、感染から6週間後のカエルは、感染していないカエルより平均で約23%も遠くまでジャンプしており、それでも暑さや寒さに耐える力はほとんど変わらず保たれていました。
この奇妙な“スーパージャンプ”は、ツボカビが自分を広げるためにカエルの行動を操っているのか、それとも死ぬ前に子どもを残そうとするカエル側の最後のあがきなのか、一体どちらなのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年11月3日に『Animal Conservation』にて発表されました。
目次
- 病気なら動かないほうがいいのに・・・
- 致死性の病原菌に犯されたカエルは「ガンギマリジャンプ」をする
- 死ぬ前のスーパージャンプにはどんな意味があるのか?
病気なら動かないほうがいいのに・・・

病気なら体力を温存するためにおとなしくしているのが普通です。
私たち自身も、風邪やインフルエンザにかかると、体が重くなり、走るどころか階段を上るのもつらくなります。
動物にとっても「動かないこと」は、体力温存のための基本戦略に見えます。
しかし、その病気が致死的(死亡率ほぼ100%)だった場合はどうなるでしょうか?
実は両生類の世界には「カエルツボカビ症」という恐ろしい病気があります。
カエルツボカビ症はカエルなど両生類の皮膚に感染する真菌(菌類)による病気で、1990年代末の発見以来、世界中で多くのカエルを死に至らしめてきました。
皮膚に取り付くカビが呼吸や水分調節といった生命機能を阻害し、カエルは衰弱死してしまうのです。
致死率が極めて高いため、野生下で感染が広がれば集団が全滅する例も報告されています。
当然、病気に侵されたカエルは体力を奪われ、動きも鈍くなるのが通常です。
実際、この病気は500種以上の両生類で個体数減少を招き、少なくとも90種以上を絶滅させたとも報告されています。
コラム:日本のカエルが無事な理由
カエルツボカビ菌は、南米やオーストラリア、北米などでは、感染が広がったあとにカエルが大量死し、種ごと姿を消してしまった例もあります。それに対して、日本や韓国、中国などの東アジアでは、菌そのものは見つかっているのに、同じような大規模な絶滅ラッシュは、これまでのところほとんど起きていません。
この差を理解するカギが、「病原菌の地元で長いあいだ一緒に暮らしてきた種」と「遠く離れた場所からやってきた種」との違いです。ツボカビは、系統の調査から、東アジアを起源とする古い病原菌だろうと考えられています。つまり、日本や東アジアのカエルたちは、この菌ととても長い時間スケールで同じ土地を共有してきた「地元の住民」です。地元の住民と病原菌のあいだには、長い時間をかけて「共進化」という駆け引きが続きます。病原菌のほうが強すぎて宿主を片っ端から殺してしまうと、自分も増え続けることができません。逆に宿主のほうも、完全に無敵にはなれないにしても、「重症になりにくい」「うまく共存できる」ような体の仕組みを少しずつ身につけていきます。
一方、南米やオーストラリアのカエルたちは、もともとツボカビがいなかった世界で進化してきた「遠隔地の住民」であり、人間の移動やペット取引などを通じて、近年になって突然この菌を“押しつけられた側”だと考えられます。そのためカエルツボカビに対して免疫がなく100%近い死亡率や種の絶滅などが起きてしまったと考えられます。
オーストラリアに生息するベローアマガエル(Litoria verreauxii alpina)も1980年代以降に生息域が80%以上失われ、個体数も大きく減少し、初めての繁殖シーズンのあいだにほとんどが命を落としてしまう絶滅寸前の状態にあります。
しかし不思議なことに、このカエルは病気に感染すると繁殖行動が活発化する現象が以前から報告されていました。
ある先行研究によれば、感染したオスは未感染のオスよりも交尾の回数が約31%も増加したのです。
生物学には「終末期の繁殖戦略(ターミナルインベストメント)」という仮説があります。
これは、命の危機に直面した動物は生存や免疫よりも最後の繁殖にエネルギーを注ぐという戦略で、昆虫から鳥類、哺乳類まで様々な動物で報告されています。
つまりほぼ確実な死が待っているなら、今のうちに子孫を残そうとする本能的な選択です。
そこで今回研究者たちは、ベローアマガエルたちが病気にかかると、温度への強さやジャンプ力などの体の性能がどう変わるのかを調べることにしました。
致死性の病原菌に犯されたカエルは「ガンギマリジャンプ」をする

逃れられない死に対してカエルたちは繁殖力強化で抗っているのか?
答えを得るため研究チームは、飼育下で繁殖させたベローアマガエルの成体60匹(オス30・メス30)を用意し、そのうち半分にはツボカビを含む水を八時間ほど浴びせ、残り半分には菌の入っていない水だけを浴びせることで、「感染グループ」と「対照グループ」をつくりました。
その後、カエルたちは毎週、「ジャンプ距離」「温度への耐性」を測定し、体重は0週・3週・6週にチェックされました。
結果、驚きの事実が判明します。
その結果、明らかな違いが浮かび上がりました。
まず感染したカエルはジャンプの距離が大きく伸びたのです。
感染直後は対照群とほぼ同じ跳躍距離でしたが、感染から6週間後には感染個体のジャンプ距離が非感染個体を平均23.8%上回りました。
一方でカエルの耐えられる温度範囲(耐寒・耐熱性)は感染によって低下せず、感染個体も非感染個体と同じく氷点下約-3.5℃の寒さから36℃近い暑さまで耐えられることが確認されました。
つまり病気にかかっても体温調節などの基本能力は健常者並みに維持されていたのです。
また体重についても感染個体と非感染個体に差はありませんでした。
これにより体重の差がジャンプ距離に影響を与えた可能性も減りました。
さらに、感染したカエルたちの中身を詳しく見ると、性別による差も浮かび上がりました。
感染個体だけを取り出してジャンプ距離を比べると、メスは平均22.5センチ、オスは約19.6センチと、メスのほうがオスよりもおよそ1.5割ほど遠くまで跳んでいました。
統計的にもこの差は有意であり、感染下ではとくにメスが「より攻めたジャンプ」をしていることが示唆されます。
もしかしたらメスは卵を抱えていることから、繁殖前に死ぬのをオスよりも回避しようとする動きが強くなっているのかもしれません。
では、このスーパージャンプはいったい何を意味しているのでしょうか。
死ぬ前のスーパージャンプにはどんな意味があるのか?

なぜカエルたちは死ぬ前に大ジャンプをするのか?
研究チームは、主に2つの解釈を挙げています。
ひとつは先にも挙げた「終末期の繁殖戦略」、もう1つは「病原体による行動操作」です。
「終末期の繁殖戦略」の立場から見れば、カエルツボカビに感染して先行きが暗くなると、ベローアマガエルは「身体を長持ちさせること」をあきらめ、そのかわりに「繁殖相手を探すための移動能力」に最後のエネルギーを振り向けていることになります。
実際、同じ種を使った先行研究では、カエルツボカビ感染がオスの交尾イベントを増やし、精子の量や質を上げることが報告されています。
一方で、このジャンプ強化は、病原体側にも都合がよい可能性があります。
よく動くカエルは、より多くの個体や場所に接触し、カエルツボカビを広い範囲にばらまく「動く運び屋」になってしまうからです。
著者らは、「感染中のジャンプ力の向上はターミナル・インベストメントと整合的だが、その結果としてカエルツボカビの拡散にもつながりうる」と慎重に述べています。
ただ現在、どちらの説が正しいかは不明となっています。
それでも、この研究には大きな価値があります。
病気が生き物の行動や体の状態にどのような変化を起こすかを、温度耐性・体の状態・ジャンプ距離という具体的な数値でセットで測った例はまだ多くありません(少なくともベローアマガエルではめずらしい組み合わせです)。
ベローアマガエルという「しぶとく生き延びている絶滅危惧種」は、カエルツボカビと共に生きる動物の進化的な“落としどころ”を探るうえで、非常に興味深いモデルになっています。
今後、より長期の追跡や、野外での行動・繁殖データが集まれば、「どこまでがカエルの逆襲で、どこからが真菌の策略なのか」という問いにも、少しずつ数字で答えが出てくるはずです。
元論文
Sick Hops: How Infection Boosts Jumping Ability in a Threatened Frog Species
https://doi.org/10.1111/acv.70042
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

