自動車の「運転支援システムの警告」が安全運転を妨げる可能性

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最近の車には様々な先進運転支援システム(ADAS)が搭載されています。

車線から逸れそうになると警告音が鳴ったり、前方の車に接近しすぎると警告が表示されたりするなど、一昔前では考えられなかったような安全装置が、現代の車には当たり前のように備わっています。

しかし、香港城市大学(CityU)の研究チームは、これらの“安全のための機能”が、実はドライバーの運転行動に悪影響を及ぼす可能性を指摘しました。

大手自動車メーカーから提供された実車の走行データを使い、ADASの警告が運転行動に与える影響を分析。

その結果、一部の補助装置では、警告音によって安全とは逆の効果が促されることが明らかになったのです。

この研究成果は、2025年4月15日付の『Production and Operations Management』誌に掲載されました。

目次

  • すべての「先進運転支援システム」は安全を促すのか?
  • 一部の警告に慣れたドライバーは、「急ブレーキ」や「速度超過」が増えると判明

すべての「先進運転支援システム」は安全を促すのか?

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安全運転を促す「先進運転支援システム(ADAS)」 / Credit:Canva

近年、交通事故の主因であるヒューマンエラーを減らす手段として、車載型の先進運転支援システム(ADAS)が急速に普及しています。

日本でも多くのメーカーが「安全装備」として積極的に展開しており、実際に事故率の低下にも寄与しているとされています。

ADASには、前方衝突警告、死角検知、車線逸脱防止、緊急ブレーキアシストなどの多様なセンサーと警告機能が含まれています。

しかし、ドライバーがADASに過度に依存したり、警告の受け取り方によって運転行動が変わってしまったりするとしたら、単純に「装備すれば安全」という考えでは済まなくなります。

そこで研究チームは2種類のADAS、すなわち即時の是正を要求するADASと、単に情報提供のみを行うADASがそれぞれドライバーにどんな影響を及ぼすのか調査することにしました。

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いくつかのADASがドライバーにもたらす効果を検証 / Credit:Canva

彼らは、研究チームはある大手自動車メーカーから提供された、実際の車両に搭載されたテレマティクス(車載通信)データを解析。

情報提供のみを行う「控えめな警告のADAS」としては、死角検知(Blind Spot Detection)が該当しました。

このシステムでは、車両の側方や後方にある見えにくい範囲に他車両が存在する場合、ドライバーに対してランプの点滅で視覚的に知らせます。

一方、「即時の是正」を要求する例としては、前方衝突警告(Forward Collision Warning)と車線逸脱警告(Lane Departure Warning)が該当しました。

これらは、前を走る車両に接近しすぎた場合や、ウィンカーを出さずに車線から外れそうになった場合に、大きな警告音でドライバーに即時の行動を促します。

研究チームは、これらの機能が装備されている車と、そうでない車との間で、日常的な運転行動(急ブレーキ、速度超過など)にどのような差が現れるかを数値で比較しました。

一部の警告に慣れたドライバーは、「急ブレーキ」や「速度超過」が増えると判明

分析の結果、非常に興味深い傾向が浮かび上がりました。

まず、死角検知を搭載している車両では、急ブレーキの発生率が6.76%減少し、速度超過の発生率が9.34%減少していました。

これは、ドライバーの運転行動が穏やかで安全になっていたことを示しています。

一方で、前方衝突警告と車線逸脱警告を搭載している車両では、急ブレーキの発生率が5.65%増加し、速度超過の発生率も5.34%増加していました。

緊急性の高い警告では、使い続けるうちに急ブレーキの頻度が増加し、ドライバーの運転がより危険になる傾向があったのです。

さらに研究チームは、時間の経過とともに、ドライバーがこれらのシステムに慣れるにつれ、両方の影響が拡大していくことも発見しました。

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前方衝突警告と車線逸脱警告を搭載した車両では、急ブレーキや速度超過の発生率が増加していた / Credit:Canva

なぜ一部のADASでは、ドライバーの安全意識が低下してしまったのでしょうか。

研究チームは、心理学の概念に基づき、「緊急の是正を求めるADAS」と「情報提供のみを行うADAS」が、それぞれ異なる思考モードを引き起こすと考えています。

前者の警告は、ドライバーに即座の無意識な反応を引き起こします。

このことが続くと、ドライバーは「警告してくれるから大丈夫だろう」と無意識に判断し、安全運転への注意を怠ったり、危険な状況でもシステムに頼ってしまったりするようになります。

結果として安全運転に対する学習が妨げられ、行動が悪化するのです。

一方、後者の死角検知のような情報提供のみを行うADASでは、瞬時の反応を必要とせず、ドライバーに対して、「見えないところに車があるということは……まずは確認して……」といった具合に、慎重かつ論理的な思考を生み出します。

そしてこの思考は、「自分の経験を振り返る」などの学習へと導き、それが安全運転へと繋がっていくのです。

同じADASでも、ドライバーに与える影響がここまで異なるという結果は興味深いものです。

しかしこれらの結果だけで、一部のADASが不要であると決めつけるべきではありません。

なぜなら、どちらのタイプのADASでも、衝突の低減には効果的だったからです。

今回の研究は、ADASの設計において「人間の心理的反応を無視できない」ということを明確に示しています。

警告の種類やタイミング、出力の仕方が、ドライバーの行動に大きな影響を与えるのであれば、単に音を鳴らせば良いという設計思想では、かえって危険を生むおそれがあります。

今後は、ドライバーの注意力を維持しながら学習を促す設計がより一層求められるでしょう。

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参考文献

Your car’s ‘safety’ bleeps may actually degrade safe driving
https://newatlas.com/automotive/adas-alert-safety-study/

Driving assistance systems could backfire
https://autotech.news/driving-assistance-systems-could-backfire/

元論文

General Behavioral Impact of Smart System Warnings: A Case of Advanced Driving Assistance Systems
https://doi.org/10.1177/10591478251336742

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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