「年をとると脳が縮む」
これは過去の研究で十分に示されていることですが、スペインのラ・ラグーナ大学(ULL)による最新研究で、それだけではないことが明らかになりました。
実は脳は加齢により、単に小さくなるだけではなく、“かたち”そのものが大きく変化していることが分かったのです。
また、こうした変化は、認知症リスクや記憶力低下にも密接に関わっている可能性があるといいます。
研究の詳細は2025年9月29日付で科学雑誌『Nature Communications』に掲載されました。
目次
- 縮むだけじゃない!加齢による「脳」の幾何学的変化
- 「かたちの変化」と認知症リスクの意外なつながり
縮むだけじゃない!加齢による「脳」の幾何学的変化
従来、加齢による脳の変化といえば「縮小」にばかり注目が集まっていました。
特に、記憶をつかさどる海馬や前頭葉といった重要部位で、明確な容積減少が確認されてきたのです。
ですが、ラ・ラグーナ大学らの研究チームは今回、脳の「全体的なかたちの変化」という新たな視点を提示しました。
チームは、30歳から97歳の成人2600人以上の高解像度MRI画像を解析。
従来のような「個々のパーツの大きさ」だけでなく、「脳全体の表面形状の変化」に着目し、左脳と右脳の対応する領域間の距離や、脳の各点どうしの広がり方・縮まり方を詳細に測定しました。
その結果、驚くべき事実が明らかになっています。
加齢によって脳は単に“全体が縮む”のではなく、「下側前方は外側へ広がる」一方で「上側後方は内側へ寄る」という、いわば“脳全体がゆっくり沈み込むようなたるみ”が進行することが分かったのです。
この現象を例えるなら、柔らかいゼリーを皿に乗せておくと、時間とともに下へ沈み込んで広がる様子に近いかもしれません。
こうした幾何学的な変化は、脳の各領域どうしの位置関係を変え、情報伝達や連携の効率にも影響を与えます。
研究では、「拡張(脳領域どうしが離れる動き)」と、「圧縮(脳領域が近づく動き)」が、年齢とともに明確に現れることも確認されました。
特に側頭葉(記憶や聴覚を担う部分)や皮質下領域(運動・感情などを制御)では、加齢とともに左右の対応部位間の距離が大きくなる“広がり”が顕著でした。
一方、頭頂部など一部では逆に縮まり、全体として「脳が下へスライドし、上が中央に寄る」たるみが進行していくのです。
「かたちの変化」と認知症リスクの意外なつながり
さらに衝撃なのは、こうした「脳のかたちの変化」が、単なる老化現象として終わらない点です。
チームは、脳の幾何学的変化が、記憶力や実行機能(判断や計画力)のテスト結果とどう関係するかも解析しました。
その結果、テスト成績が低い人ほど、「拡張」と「圧縮」のパターンがより極端になる傾向が見つかりました。
具体的には、記憶力の低い人では側頭葉の領域どうしがより離れ、頭頂部では領域が強く圧縮する――こうしたズレが加齢そのものよりも「認知機能の衰え」と強く関連していたのです。
つまり、「脳のかたちの変化=認知症リスクの兆候」として活用できる可能性が浮かび上がってきました。
さらに注目すべきは、こうした空間的なズレは、単なる「脳の縮小(容積減少)」だけでは説明できない点です。
たとえば脳全体の大きさの差を調整した後でも、“広がり”や“圧縮”は依然として明確に残ることが確認されました。
こうした脳のかたちの変化がなぜ起こるのか、その生物学的な理由はまだはっきりしていません。
研究者は、脳の組織構造や水分バランスの変化、あるいは頭蓋骨や重力による物理的なストレスなど、複数の要因が関わっている可能性を指摘しています。
特にアルツハイマー型認知症の初期変性が起こる「内嗅皮質(ないきゅうひしつ)」は、頭蓋底という硬い骨に近接しているため、脳全体が沈み込むことで物理的な圧迫を受けやすく、「なぜこの部位が病変の震源地となるのか」という長年の疑問の新しい説明にもつながりそうです。
参考文献
Your brain isn’t just shrinking with age, it’s doing something much stranger
https://www.psypost.org/your-brain-isnt-just-shrinking-with-age-its-doing-something-much-stranger/
元論文
Age-related constraints on the spatial geometry of the brain
https://doi.org/10.1038/s41467-025-63628-3
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部