肝臓が悪いと「呼気から鉄の匂い」が漏れ出ると判明

ほとんどの人は意識していませんが、私たちの吐息には実に1000種類以上の分子が含まれています。

これらの分子「揮発性有機化合物(VOCs)」は、体内の代謝や健康状態を密かに反映している“体からのサイン”です。

京都大学大学院医学研究科の研究グループは、 肝臓がダメージを受けると“鉄の匂い”のもとになる分子が呼気に増えることを、マウス・ヒト患者で明らかにしました。

この画期的な成果は、2025年9月2日付の『Redox Biology』に掲載されています。

目次

  • 肝臓の異変を調べる新手法。秘密は「呼気」にあり!?
  • 呼気に現れる「鉄の匂い」から肝臓の異変を知ることに成功

肝臓の異変を調べる新手法。秘密は「呼気」にあり!?

私たちの体では、細胞が壊れる「脂質の酸化」が起きることがあります。

特に鉄(Fe)の作用で細胞膜の脂質が激しく酸化されると、「フェロトーシス(ferroptosis)」と呼ばれる特殊な細胞死が生じます。

このフェロトーシスは、肝臓病やがん、心臓・腎臓の病気など、多くの病気に関わる重要な現象です。

肝臓は鉄が多く蓄積する臓器のため、フェロトーシスが起きやすいのです。

しかし、こうした細胞の変化を生きた人間の体の中で直接調べるには、肝臓の組織を採取しなければならず、より負担の少ない検査方法が求められてきました。

そこで注目されたのが呼気(息)です。

呼気には体内代謝のヒントとなる揮発性有機化合物(VOCs)がたくさん含まれており、 特に脂質が酸化されると「揮発性酸化脂質(VOLs)」という分子が生じて、最終的に息として体外に出てくることが知られていました。

もしこのVOLsを息から正確に検出できれば、肝臓の異変を非侵襲的にリアルタイムでモニターできるかもしれない

このシンプルな発想が、今回の研究の出発点でした。

そのために研究チームは、「oxidative volatolomics」という最新の質量分析技術を独自で開発。

これを用いて、まず培養細胞でフェロトーシスを進行させ、どんな分子が放出されるかをくわしく調べました。

また、マウスを使った急性肝不全や慢性肝臓病のモデルでも、 肝臓や呼気中の分子を同じように解析しました。

最終的には、健康な人、MASLD(代謝異常関連脂肪性肝疾患)患者、肝硬変患者の呼気を比較し、人でも同じ現象が起きているかを調べました。

呼気に現れる「鉄の匂い」から肝臓の異変を知ることに成功

実験の結果、研究グループは、培養細胞を通じて、「1-octen-3-ol」「2-pentylfuran」という2つの分子がフェロトーシスの進行とともに有意に増えることを明らかにしました。

この「1-octen-3-ol」と「2-pentylfuran」は、血が出たときや鉄に触れたときに感じる“鉄の匂い”の一因とされ、「鉄の匂いの分子」と呼ばれています。

そして、マウスを使ったモデルの肝臓や呼気でもこれらの分子が増え、 人間の呼気サンプルでも、肝臓病患者ほど「鉄の匂いの分子」が多いことがはっきり示されました。

特に「2-pentylfuran」は、肝臓の線維化や肝機能の血液マーカーとの強く関連があり、従来の「肝臓の一部を採取する検査」で得られた酸化脂質の量とも一致していました。

つまりこの研究により、「息を集めて調べるだけで、肝臓の酸化ストレスや細胞死の進行を評価できる」可能性が現実味を帯びてきました。

今後この技術を発展・応用すれば、肝臓病の早期発見や進行度のモニタリング、負担のない大規模健康診断が可能になるかもしれません。

研究グループの松岡悠太氏は次のように語っています。

「揮発性代謝物は、生命科学分野ではあまり研究が進んでいない、いわば未開拓のケミカルスペースです。

本研究にて開発した分析技術をさらに発展させ、この生命科学研究に残された新たなフロンティアを着実に開拓していきたいと思います」

肝臓が悪いと“息”から鉄の匂いが漏れ出す。

このことを利用した新しい診断法が、これからの医療と健康管理を大きく変えるかもしれません。

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参考文献

息から病気を検知する―鉄の匂いが教える肝臓の異変―
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2025-09-22

元論文

Monitoring ferroptosis in vivo: Iron-driven volatile oxidized lipids as breath biomarkers
https://doi.org/10.1016/j.redox.2025.103858

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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