かつて絶滅寸前だったヨーロッパのオオカミが、いま再びその姿を取り戻しつつあります。
スウェーデン農業大学(SLU)の研究チームが、34か国にわたるデータを収集・分析した結果、過去10年でオオカミの個体数が58%も増加していたのです。
農村や都市、産業インフラに囲まれたこの大陸で、なぜ大型肉食動物であるオオカミがここまでの回復を果たせたのでしょうか?
研究成果は2025年2月25日、『PLOS Sustainability and Transformation』にて発表されました。
目次
- ヨーロッパでの復活劇!絶滅寸前だったオオカミが10年間で58%増える
- なぜオオカミは復活できたのか? その影響と未来への課題
ヨーロッパでの復活劇!絶滅寸前だったオオカミが10年間で58%増える

21世紀の今日に至っても、世界中で大型肉食動物の数は減少の一途をたどっています。
生息地の消失、密猟、そして人間との対立がその背景にあります。
ヨーロッパにおいてもかつて、ハイイロオオカミ(Canis lupus)はそうした圧力のなかで姿を消しつつありました。
20世紀には多くの国でオオカミは害獣として扱われ、狩猟や駆除が合法的に行われました。
また都市化や農地開発によって、広範な生息域が失われ、オオカミは山岳部など限られた場所に押し込められていったのです。
では都市化が一層進んだ現在、オオカミたちの数はさらに減少しているのでしょうか。
スウェーデン農業大学の研究チームは、オオカミの現状を正確に把握するため、ヨーロッパ34か国でのモニタリングデータと専門家の知見をもとに個体数と分布状況を分析しました。

その結果、2022年時点でヨーロッパには少なくとも2万1500頭のオオカミが生息していることが判明しました。
これは2012年時点の推定値1万2000頭と比べて、約58%の増加に相当します。
分析対象となったほとんどの国でオオカミの個体数は増加しており、過去10年間で減少が確認されたのはたったの3カ国のみでした。
オオカミは現在、ドイツやフランス、スペイン、ポーランド、イタリアなど広い地域に定着しており、特にドイツでは2000年に1群れしかいなかったオオカミが、2022年には184群れと47のつがいにまで増えています。
このように、ヨーロッパの大地にかつて消えかけた捕食者が戻ってきたのです。
ではなぜ、これほどまでの復活が生じたのでしょうか。
なぜオオカミは復活できたのか? その影響と未来への課題
オオカミの復活の背景には、いくつかの重要な要素が存在します。
第一に、法的な保護措置の強化が挙げられます。
オオカミはEUの生息地指令やベルン条約の保護対象種として分類されており、多くの国で厳格な保護措置が講じられています。
さらに、LIFEプログラムをはじめとする国際的な資金援助や、保護団体による働きかけが、保護活動の推進力となりました。
第二に、オオカミ自身の高度な適応能力も大きな要因です。
人口密度が高く、農業や都市化が進む環境にもかかわらず、オオカミは人間の目を避けつつ生活範囲を広げていきました。
オオカミが元々持っていた適応能力は、保護措置の強化により、一層力を発揮するようになっています。
また、近年は科学的なモニタリング手法の向上も見逃せません。
DNA分析やGPS追跡装置、カメラトラップを用いた調査によって、個体数や分布の正確な把握が可能になり、保全策の改善にもつながっています。

そしてオオカミの復活は、私たち人間へ複雑な影響を及ぼしています。
現在、EU全体でオオカミによる家畜被害は年間5万6000頭にのぼり、補償費用は1700万ユーロ(約27億円)に達します。
そしてオオカミの復活を巡っては、自然保護を支持する都市住民と、日常的にリスクを負う農村住民の間で価値観の対立も深まっています。
それでも、オオカミの存在が再び日常の風景の一部となったいま、人間社会はあらためて「野生との共存とは何か」を考え直す必要があります。
たとえば、地域に応じた家畜の保護手段(電気柵や牧羊犬の導入)や、被害に対する迅速な補償制度の整備など、現実的かつ持続可能な管理策が求められています。
また、複数の国にまたがって生息するオオカミに対しては、国境を越えたモニタリングや管理体制の構築も不可欠です。
共存の鍵は、「オオカミを守るか排除するか」ではなく、「どのように関わり合うか」にあります。
「自然の回復力を活かしながらも、人間の暮らしとの調和を目指す」
そのバランスを探る作業が、これからのヨーロッパに求められているのです。
参考文献
Wolves make a rapid recovery in Europe
https://www.eurekalert.org/news-releases/1077165
元論文
Continuing recovery of wolves in Europe
https://doi.org/10.1371/journal.pstr.0000158
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部