結婚は幸せな人生の節目ですが、健康面では思わぬ影響があるかもしれません。
アメリカのフロリダ州立大学医学部(FSU)で行われた研究によって、結婚している人は結婚していない人に比べて認知症を発症するリスクが大幅に高いという衝撃的な結果が報告されました。
この発見は「結婚は健康に良い」という従来の常識に一石を投じていますが、その真相は一体どこにあるのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年3月1日に『Alzheimer’s & Dementia』にて発表されました。
目次
- 常識を覆す大規模調査の衝撃 夫婦でいるほど認知症?
- 生涯未婚に比べて認知症リスクが約40%増という衝撃の結果
- 結婚=健康に待った!
常識を覆す大規模調査の衝撃 夫婦でいるほど認知症?

結婚は昔から「心身の健康や長寿に寄与する」と考えられてきました。
実際、過去の多くの研究で、結婚した人は心臓病のリスクが低かったり、独身の人より長生きする傾向があると報告されています。
配偶者から得られる精神的・社会的な支援や経済的安定といった利点が健康増進につながるとする「婚姻資源モデル」という考え方もあります。
こうしたことから、結婚は認知症の予防にも役立つのではないかと期待されてきました。
しかし、結婚と認知症リスクの関係についてのこれまでの研究結果は必ずしも一致していません。
ある研究では「結婚していない人の方が認知症リスクが高い」という傾向が示唆されましたが、他の研究では差がないと報告されています。
離婚や死別に関しても、既婚者よりリスクが高いという報告がある一方で、離婚によって幸福度が増し認知機能低下の防止につながる可能性を指摘する声もあります。
実際、離婚経験者のほうが結婚を続けている人より認知機能の低下が遅いというデータも報告されています。
このように見解が分かれており、結婚歴と認知症リスクの関係はまだはっきりしていません。
また、近年は生涯未婚や離婚、死別などで「結婚していない」高齢者が増えているため、彼らが本当に認知症になりやすいのかどうかを改めて検証することが社会的にも重要です。
そこでアメリカ・フロリダ州立大学の研究チームは、「結婚歴の違いが高齢者の認知症発症リスクにどのように影響するか」を大規模データで詳しく調査しました。
生涯未婚に比べて認知症リスクが約40%増という衝撃の結果

この研究では、米国の全米アルツハイマー病調整センター(National Alzheimer’s Coordinating Center, NACC)のデータベースを用いました。
NACCは全米の医療機関から集まった高齢者5万人以上を毎年追跡し、認知症の有無を評価している大規模な研究データです。
研究チームはその中から平均年齢71.8歳の高齢者24,107人を抽出し、ベースライン時点での婚姻状況によって「現在結婚している(既婚)」「配偶者と死別している(死別)」「離婚している(離別)」「一度も結婚したことがない(生涯未婚)」の4つのグループに分類しました。
そして、認知症ではない状態からスタートしたこれらの人々が、その後最大18年間の追跡期間中にどの程度認知症と診断されたかを比較しました。
今回の解析で特に目を引いたのは、生涯未婚の参加者でした。
まず、年齢と性別だけを補正した「粗解析」によると、生涯未婚者の認知症発症リスクのハザード比は0.60と推定されました。
これは同じ年齢・性別条件のもとで比較すると、「既婚者のほうが未婚者より最大で約67%も高い認知症リスクを持つ」という関係が観察されたということです。
さらに、教育歴や遺伝的背景、生活習慣など、多くの要因を同時に考慮する「多変量モデル」に切り替えても、やはり生涯未婚者のリスクは既婚者よりも24%ほどリスクが低い状態が有意に認められました。
具体的には、調整後のハザード比は0.76となり、粗解析ほどの差ではないものの、それでも「既婚者よりも24%ほどリスクが低い」状態が有意に認められました。
(※やや計算がややこしいですがハザード比を基に計算すると既婚者の認知症リスクは+32%、未婚者-24%と表せるイメージです)
また離婚経験者は既婚者に比べて認知症リスクが約34%低く、配偶者と死別した人も既婚者に比べて約27%低い値でした。
ただし、配偶者と死別した人については他の要因を調整すると差が小さくなり、統計的に有意な違いは見られなくなりました。
なお、この傾向は認知症のタイプによってもほぼ共通しており、アルツハイマー病やレビー小体型認知症でも未婚・離別・死別の各グループのリスクは既婚グループより低く報告されました。
ただし、血管性認知症では婚姻状況による差が見られず、さらに結婚していないグループの方が軽度認知障害(MCI)から認知症へ進行しにくいという結果も得られています。
以上の結果から、少なくともこの大規模データでは「結婚している高齢者の方が、結婚していない高齢者よりも認知症になりやすい」という、従来の予想とは逆の関連性が示されたのです。
結婚=健康に待った!

なぜこのような一見逆説的な結果が得られたのでしょうか?
研究チームは論文の中でいくつかの仮説を述べています。
一つは、至極単純な理由で「診断のタイミングの違い」です。
結婚している人は日常的に配偶者と生活を共にするため、物忘れなど認知症の初期症状が現れた場合に周囲(配偶者)がいち早く気付き、医療機関で診断されやすい可能性があります。
もう一つは、「結婚していない人ならではの生活上の強み」です。
パートナーがいない分、独身の人は友人や地域社会との交流を積極的に維持したり、趣味や社会活動に参加したりする傾向があるかもしれません。
そうした幅広い社会的つながりや主体的な活動は、認知症の発症を防ぐ保護因子になり得ます。
また、結婚生活が必ずしも全員にとって幸福とは限らず、ストレスの多い不幸な結婚は心身の健康に悪影響を及ぼす可能性もあります。
実際、離婚後に幸福度が増したり、配偶者と死別した後に社会交流が活発化するといった報告もあります。
こうした点も踏まえると、独身者のライフスタイルは結果的に脳の健康を守る方向に働いている可能性があります。
今回の結果はまた、「結婚=健康に良い」という一般的なイメージに再考を促すものでもあります。
多くの先行研究が「結婚している方が認知症になりにくい」と報告してきた中、逆の傾向が示された背景にはいくつかの要因が考えられます。
著者らは、本研究に参加したNACCの対象者が平均年齢や学歴、主観的な物忘れの訴えなど一般の高齢者とは異なる特性を持つ点を指摘し、そうしたサンプルや統計上の調整要因の違いが結果の食い違いに影響し得ると説明しています。
いずれにせよ、結婚と認知症の関係は非常に複雑であり、今後さらなる研究が必要でしょう。
もちろん、この結果は「結婚すると必ず認知症になる」ことを証明したものではない点に注意が必要です。
(※今回の研究結果で得られたデータは相関関係であって、結婚そのものが認知症を“直接”引き起こすという因果関係を証明するわけではありません)
しかし少なくとも、従来の「結婚していれば認知症になりにくい」という通説に一石を投じる結果となりました。
今回の発見は、結婚や家族のあり方と高齢期の健康との関係について再評価を迫る興味深いものです。
配偶者がいる人もいない人も、それぞれの形で社会的に活発で健康的な生活を送ることが、認知症予防につながるのかもしれません。
今後の研究によって、この「結婚と認知症」にまつわる新たな知見がさらに明らかにされることが期待されます。
元論文
Marital status and risk of dementia over 18 years: Surprising findings from the National Alzheimer’s Coordinating Center
https://doi.org/10.1002/alz.70072
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部