今日の私たちが想像する恐竜像は、その多くが骨の化石から再構成された「推測」に過ぎません。
しかし最近、米シカゴ大学(UChicago)の古生物学チームが発見したのは、「肉付き」や「皮膚のシワ」、さらには史上初の「ひづめ」まで保存された「恐竜ミイラ」でした。
発見の舞台は、アメリカ・ワイオミング州にある“ミイラ・ゾーン”と呼ばれる幅約10キロの特殊な地層。
ここから発掘されたのは、およそ6600万年前に絶滅した草食のカモノハシ竜「エドモントサウルス・アネクテンス」のミイラ標本です。
研究の詳細は2025年10月23日付で科学雑誌『journal Science』に掲載されています。
目次
- 「恐竜ミイラ」を発見、驚異の保存状態
- 「ミイラ化」した驚きのプロセス
「恐竜ミイラ」を発見、驚異の保存状態
今回の調査で発掘されたのは、2体のハドロサウルス科のエドモントサウルス・アネクテンス(Edmontosaurus annectens)。
1体目は推定2歳の若い個体、2体目は5〜8歳ほどの若い成体です。
この2体の恐竜ミイラには、従来の化石では考えられなかった「肉付きの全体像」が見事に保存されていました。
特に首から背中を通り尾の先端まで続く“とさか”や、腰から尾にかけて一列に並ぶ小さなトゲ、そして最大の驚きは、後ろ足の指先を覆う「ひづめ」です。
【実際のミイラの画像がこちら。これは通称「エド・ジュニア」と呼ばれる、約6600万年前に洪水に埋もれて化石化したカモノハシ恐竜です】
これまで「恐竜にひづめがあった」という確たる証拠は存在しませんでした。
しかし今回の標本では、馬のような平らな底をもつクサビ型のひづめが、3本の後ろ足の指先をぴったりと覆っていたことがCTスキャンなどで明らかになりました。
この発見は、恐竜のみならず、爬虫類としても世界初。年代的にも、地球上で最古級の「ひづめ」化石となります。
また皮膚の保存状態も驚くべきものでした。
体の下部や尾には大きな多角形の鱗が並び、胴体の大部分は1〜4ミリ程度の小石のような細かい鱗で覆われていました。
肋骨部分にはしわ模様も残っており、これによって「エドモントサウルスの皮膚は意外に薄かった」という新事実も判明しました。
このように、骨だけではわからなかった恐竜の「本当の姿」が、まるでタイムカプセルのように6600万年前から現代に届けられたのです。
「ミイラ化」した驚きのプロセス
では、なぜこれほど精密な「恐竜の肉付き」が6600万年も残されたのでしょうか?
チームの調査で明らかになったのは、「クレイ・テンプレーティング(粘土の鋳型形成)」という偶然の現象です。
当時、干ばつによって群れごと命を落としたカモノハシ竜たちの遺骸は、死後、乾いた太陽の下で数時間から数日間そのまま放置されていました。
骨にぴったり張りついた皮膚には、死後にしわができていたことも、化石から読み取れます。
やがて激しい洪水が発生し、死骸を一気に泥や倒木とともに厚い堆積物の中へと埋め尽くします。
この時、死骸表面に発生していたバイオフィルム(微生物の膜)が、静電気の力で泥中の細かい粘土粒子を引き寄せ、皮膚の表面にごく薄い(1ミリ未満!)粘土層が形成されました。
この「粘土の鋳型」は、まるで薄紙のような状態で、肉眼で辛うじて認識できるほど。
しかしこの超薄層が、皮膚やトゲ、ひづめなどの表面形状を三次元的に克明にコピーしていたのです。
【死の直前のカモノハシ竜を再現したイメージ画像がこちら】
その後、恐竜の肉体を形作っていた内部の有機物は分解されて失われ、骨だけが化石となり、最終的に私たちの時代に発掘された「恐竜ミイラの鋳型」として姿を現しました。
この過程で生じた保存状態は、世界でもごく稀な“奇跡”と呼ぶほかありません。
実際に発掘現場を精密に調査した結果、4体の恐竜ミイラは、死後1週間から数週間という短期間のうちに、洪水による急速な埋没を経験したと推定されています。
今回の発見は、恐竜の「肉付きの姿」や「ひづめの存在」など、これまで想像に頼っていた部分に科学的な根拠を与える大発見となりました。
皮膚のしわや鱗、ひづめ、トゲ、そして全身のプロファイルまでが6600万年前のまま、現代に“タイムカプセル”のように伝わったのです。
参考文献
Dinosaur ‘mummies’ unlock secrets of their real-life appearance
https://phys.org/news/2025-10-dinosaur-mummies-secrets-real-life.html#goog_rewarded
Exceptionally Preserved ‘Dinosaur Mummies’ Reveal First-Known Reptile Hooves
https://www.sciencealert.com/exceptionally-preserved-dinosaur-mummies-reveal-first-known-reptile-hooves
元論文
Duck-billed dinosaur fleshy midline and hooves reveal terrestrial clay-template “mummification”
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adw3536
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

