年齢を重ねると、階段を上るのがつらくなったり、ちょっとした段差につまずきやすくなったりします。
筋肉は自然に衰えていくものだから仕方がない──そんなふうに思っていませんか?
実は近年の研究で、「運動をすると体の中に“若返り効果”のある物質が分泌される」という驚きの事実が明らかになってきました。
しかも、その物質は筋肉だけでなく、骨や代謝の改善にも一役買っている可能性があるというのです。
この不思議な物質の名前は「CLCF1(心筋栄養因子様サイトカイン1)」。
2025年5月、韓国の韓国生命工学研究院(Korea Research Institute of Bioscience and Biotechnology, KRIBB)を中心とする研究グループは、このCLCF1の働きに注目し、加齢による筋力低下や骨の劣化をどこまで改善できるかを詳細に調べました。
この研究の成果は、2025年5月付けで科学雑誌『Nature Communications』に掲載されています。
目次
- 運動がもたらすのは“筋力”だけじゃない?
- CLCF1がもたらす“若返り効果”とは?
運動がもたらすのは“筋力”だけじゃない?
私たちの体には、筋肉から分泌される「マイオカイン(myokine)」というたんぱく質があります。
これは、筋肉の収縮にともなって血液中に放出され、体のさまざまな場所に信号を送る働きを持っています。
その中でも、研究者たちが今回注目したのが「CLCF1」というマイオカインです。
CLCF1はもともと免疫や神経の発達に関係していることが知られていましたが、筋肉や骨における役割については詳しく検証されていませんでした。
研究チームはまず、若年層(20代)と高齢者(70〜80代)の筋肉の遺伝子発現データを比較し、運動によってどのようなたんぱく質が増減するかを詳しく分析しました。
その結果、CLCF1は若い人では運動後に血中濃度が上昇するのに対し、高齢者ではそもそもの濃度が低く、運動してもあまり増えないということがわかりました。
これはつまり、CLCF1の分泌量は年齢とともに減少し、運動しても十分に増えない可能性がある、ということです。
次に研究チームは、CLCF1が実際に筋肉や骨にどのような影響を与えるかを確かめるため、マウスを使った実験を行いました。
老化したマウスに対して、CLCF1を注射し、握力や走行能力、骨密度、筋肉の太さなどを測定したのです。
さらに、CLCF1の分泌量を遺伝的に高めた「CLCF1トランスジェニックマウス」も作成し、その長期的な効果も調査しました。
CLCF1がもたらす“若返り効果”とは?

実験の結果、CLCF1を注射された高齢マウスは、明らかに握力や走る持久力が改善し、筋線維の太さも若返っていました。
また、骨密度も増加し、骨を壊す細胞(破骨細胞)の数が減っていたのです。
さらに驚くべきことに、CLCF1は筋肉の中でエネルギーを作る働きを活性化させており、細胞が酸素を使ってエネルギーを生み出す“ミトコンドリア呼吸”も向上していました。
これは、代謝機能の回復や血糖値の改善にもつながる可能性があります。
CLCF1の分泌量が増えたマウスでは、糖の処理能力(耐糖能)も向上していたことが確認されています。
また、骨についても、CLCF1は骨を壊す破骨細胞を抑えると同時に、骨を作る骨芽細胞の働きを助けるという“ダブルの効果”を示しました。
これは、加齢によって進行する骨粗しょう症の予防にもつながる可能性があります。
一方で、若いマウスにCLCF1を投与しても、あまり目立った効果は見られませんでした。
若いマウスではCLCF1を増やしても大きな変化は見られず、これは既に十分な機能が維持されているためかもしれません。
運動がもたらす「分子レベルの若返り」
この研究が教えてくれるのは、「筋トレは筋肉を鍛えるだけでなく、体の中の“若返りスイッチ”のような働きをしている」ということです。
CLCF1というマイオカインが、そのスイッチの一つとして働いており、加齢による筋肉や骨の衰えを巻き戻す可能性を持っているのです。
もちろん、CLCF1を直接注射するような治療法はまだ実用化されていませんが、日々の運動がこの物質の分泌を促すことは確かです。
「健康のために運動しましょう」という言葉はよく耳にしますが、今回の研究はそれに新たな意味を加えてくれます。
それは、「年齢に負けない体を、細胞レベルでつくるために運動する」という考え方です。
今日の一歩が、未来の自分を“若返らせる”一歩になるかもしれません。
参考文献
Exercise-induced protein revives aging muscles and bones, researchers discover
https://medicalxpress.com/news/2025-06-protein-revives-aging-muscles-bones.html
元論文
Exercise-induced CLCF1 attenuates age-related muscle and bone decline in mice
https://doi.org/10.1038/s41467-025-59959-w
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部