神経がないのに…植物も麻酔で動かなくなる

生物学

ドイツのボン大学(University of Bonn)などの国際共同研究によって、「植物にも麻酔が効く」という驚くべき現象が科学的に示されました。

麻酔薬といえば、人や動物の意識や感覚を一時的に失わせるために使われる薬剤ですが、今回の研究では、神経系を持たない植物にも麻酔薬が作用し、ミモザやハエトリグサのような「動きを示す植物」の反応を完全に止めてしまうことが明らかにされたのです。

しかも、この効果は(ハエトリグサでは)動物と同じように電気信号(活動電位)を遮断することで確認されました。

また「植物に対する麻酔」については近年急激に研究が進み、多くの新事実が明らかになりました。

たとえば最近の研究ではシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)においても麻酔が効くことが明らかになってきました。

さらに別の研究では、麻酔薬の種類による違ったり、

なぜ神経系のない植物が、動物と同じように麻酔に反応するのでしょうか?

目次

  • 麻酔薬で“電気信号”が消える植物
  • 植物と動物に共通する“仕組み”とは
  • 植物と麻酔の謎、どこまでわかった?

麻酔薬で“電気信号”が消える植物

麻酔薬で“電気信号”が消える植物
麻酔薬で“電気信号”が消える植物 / Credit:Canva

ミモザ(Mimosa pudica)は触れると葉を閉じ、ハエトリグサ(Venus flytrap)は虫が触れたときに罠を閉じるなど、いくつかの植物には“素早い動き”を伴う反応があります。

新しい研究では、(ハエトリグサでは)これらの動きを引き起こす電気信号(活動電位)が麻酔薬で遮断されることが確認されました。

具体的には、ジエチルエーテル(diethyl ether)やリドカイン(lidocaine)といった異なる種類の麻酔薬を用いると、これらの植物はタッチ刺激に応じて動くことを完全に失います。葉が閉じない、または移動が止まるなどの現象が見られました。

さらに、ケープモウセンゴケ(Drosera capensis)のような肉食植物では、粘液のついた触手を動かして獲物を捕まえる動きさえ、エーテル暴露後には消失しました。

この麻酔による停止は可逆的です。

ミモザの場合、エーテルから回復するまでに約7時間を要し、機能が元に戻るまでの時間は薬剤や植物種によって異なります。

ハエトリグサでは、同様の麻酔処理後にわずか15分ほどで罠を閉じる動作が回復する例も報告されています。

また、(ハエトリグサで)活動電位そのものが麻酔によってほぼ消失し、電気的な信号伝達が妨げられることも確認されました。

動き以外の植物生理にも影響があり、種子の発芽、葉の緑素(クロロフィル)の蓄積、根の細胞における膜輸送(エンドサイトーシス=細胞膜を通した物質の出入り)の機能、さらに活性酸素(ROS=細胞にダメージを与える可能性のある酸素分子)のバランスなどが麻酔薬で乱れることが示されています。

つまり、麻酔薬は「動きを止める」だけでなく、細胞レベルの活動にも広く影響が及びます。

なぜこういうことが起きるのかというと、研究者たちは“活動電位”(細胞の電気信号)が主要な一因と考えられるとしています。

これは植物でも光や接触刺激、傷つけられた時の反応などに使われる電気的インパルスです。

麻酔薬は(ハエトリグサで)この電気的インパルスを一時的に遮断するため、結果として植物の“動き”や“応答”が起こらなくなります。まさに、人間が麻酔状態になると痛みや刺激に反応しなくなるのと似た現象です。

この発見は、植物の動作や応答が、単なる物理的・機械的な仕組みだけではなく、生理的・電気的な制御が深く関わっていることを示しており、“意識”とは別として、“応答性”の根幹に共通性が示唆されるものです。

また、麻酔作用の理解を深めるための代替モデルとして、植物が動物とは異なるが“動き・感覚応答”を持つ実験対象として有用である可能性も浮上しています。

さらに最近の研究で、植物が麻酔薬によってただ動きが止まるだけでなく、細胞や遺伝子レベルで驚くべき応答を示すことが明らかになってきています。

シロイヌナズナというモデル植物を使って、ジエチルエーテルという揮発性の麻酔薬をかけると、植物が光や接触、傷などの刺激に反応できなくなるだけでなく、多くの遺伝子の働きが変わることを発見しました。

さらに興味深いのは、麻酔薬そのものが“抑制するだけ”ではなく耐熱性が高める働きも持つという点です。

つまり、麻酔を“ショックプレビュー(前準備)”として使うことで植物がストレスに少し強くなる可能性も指摘されているのです。

加えて麻酔薬の種類が違えば反応も違うことがわかってきました。

たとえばケタミンという麻酔薬を調べた研究では、電気信号の形(振幅など)を変えるけれど、植物全体の応答やジャスモン酸(JA)という防御ホルモン関係の遺伝子の発現を完全には止められないことがわかりました

一方、エーテル(diethyl ether)のような揮発性全身麻酔薬は、長距離の電気信号/Ca²⁺波の伝播をより強く遮断することが多いという対比が実験で示されてきています

植物と動物に共通する“仕組み”とは

植物と動物に共通する“仕組み”とは
植物と動物に共通する“仕組み”とは / Credit:Canva

植物には神経がありませんが、刺激に対して素早く反応する種類が存在します。

ミモザが葉を閉じたり、ハエトリグサが虫を捕らえたりする反応は、動物の神経伝達に似た電気信号(活動電位=細胞が刺激を伝えるために発生させる電気的な合図)で引き起こされます。

しかし、麻酔薬がなぜこのような植物の反応を止めるのかは、長年謎に包まれていました。

麻酔薬は人間や動物の神経系に働きかけ、意識や感覚を遮断するために用いられますが、神経系を持たない植物にも同じような効果がある理由については、科学者たちの間で議論が続いていました。

特に興味深い点は、麻酔薬には化学的に全く異なる種類があり、それらが共通して動物や人間の意識を消失させる作用を持つことです。

たとえば、ジエチルエーテルやリドカインのような化学的に異なる物質が植物にも同じように効くことは、麻酔作用が特定の受容体(細胞が外部の刺激を受け取るための構造)を介するだけでなく、細胞膜そのものの性質を変化させることで生じる可能性を指摘しています。

そこで今回の研究チームは、植物に対してこれらの麻酔薬がどのように作用するかを具体的に解明するため、多様な種類の植物を用いて統合的な実験を行いました。

実験では、植物の動きが麻酔薬により停止することだけでなく、その一例として(ハエトリグサで)原因となる電気信号が遮断される様子を示しました。

さらに、近年の研究では、細胞レベルでの観察を通して、植物細胞の膜の輸送活動(エンドサイトーシス=細胞膜を通して物質を取り込む仕組み)や活性酸素(ROS=細胞に影響を与える活発な酸素分子)のバランス、さらにはクロロフィル合成といった植物特有の生理現象にも影響が及ぶことを突き止められました。

こうした結果から研究チームは、麻酔作用が特定の受容体だけでなく細胞膜そのものの性質を変化させることで生じる可能性を指摘しています。

コラム:植物と動物に共通する“仕組み”とは?

植物に対する麻酔実験により、多くのことが明らかになり、麻酔に対する植物と動物の意外な共通点もみえてきました。

まず見えてくるのは、“からだの中の連絡網”がよく似ていることです。動物の脳神経は電気のパルスで情報を送りますが、植物も傷つけられたときなどには、カルシウムイオンの波と電気信号を組み合わせて、離れた葉へ「危ないぞ」という合図を一気に広げます。ハエトリグサでは、この合図の起点になる“トリガー毛”のカルシウム—電気の連続反応自体が、エーテル麻酔で起こらなくなることが示されました。つまり麻酔は、動物でも植物でも“合図を合図として広げる力”を弱めるのです。

その合図が流れる“道”の材質も共通です。神経細胞でも植物の細胞でも、表面は脂質二重膜という“油っぽい薄い膜”でできています。古くから多くの麻酔薬ほど油に溶けやすい(=膜になじみやすい)という経験則が知られ、現代の研究でも、揮発性麻酔薬がこの膜の柔らかさや厚み、揺らぎを変えてしまうことが示されています。膜の性質が変わると、その上で開け閉めするイオンチャネル(電気の流れの蛇口)の動きも変わり、全体として“連絡網”が鈍る——これは生物の種類を超えた共通現象だと考えられます。

“荷物の出し入れ”も同じです。細胞は、膜で包んだ小さな荷物(小胞)を出し入れしながら、受け皿の数を調整したり、情報の受け渡しをしています。植物の根や葉では、麻酔下でこの小胞の回収(エンドサイトーシス)が目に見えて鈍り、ハエトリグサの行動停止と並走して起こることが確かめられました。動物の神経でも、麻酔がシナプスでの小胞リサイクル(使った受け皿の回収)を乱し、結果として“会話の続け方”を失わせる、という観察が報告されています。舞台(膜)が緩むと舞台装置(小胞の出し入れ)ももたつき、上演(全身の応答)が止まる、というわけです。

さらに“合図の結果として起動するプログラム”にも共通項があります。ハエトリグサでは、触刺激や傷が引き金になる防御・消化プログラム(ジャスモン酸経路)が、麻酔中はオンになりません。動物の麻酔で私たちが眠りに落ち、知覚や注意のプログラムがオフになるのと響き合う現象です。分子の詳細は違っても、「合図が流れにくくなる」「受け渡しが鈍る」「下流の大仕事が始まらない」という三段重ねの止め方は、 kingdoms(界)をまたいでよく似ています。

もちろん、だからといって「植物が痛みを感じる=動物と同じ意識がある」とは言えません。植物には中枢神経も脳もなく、“感じ方”は根本的に異なります。研究者が強調しているのは、麻酔が止めているのは「痛み」ではなく、すべての細胞が持つ共通の情報インフラ——膜、イオンチャネル、小胞、そして電気・カルシウムの波だという点です。麻酔が原生生物から植物、動物にまで効くという事実自体が、その共通インフラの存在を物語っています。

最近は、動物で知られた仕組み(チャネルの内側ポケットに麻酔分子がはまり込む、あるいはチャネルを調整する“脂質”の座を横取りする)と、植物で観察される現象(電気・カルシウム波の途絶、小胞の滞り)が、一本の線でつながる絵も描けつつあります。たとえば“局所麻酔薬”の代表であるリドカインは、植物でもシグナルの乱れを引き起こし、電気—カルシウム系の脆さを示す材料になっています。まだ「どの分子をどこで止めているか」の決着はついていませんが、少なくとも“止まっている場所”は動植物で不思議なほど重なります。

結局のところ、植物と動物に共通する“仕組み”とは、細胞膜を舞台に、イオンチャネルと小胞交通が織りなす情報のインフラです。麻酔は、その舞台の響きをほんの少し変え、蛇口や宅配の回転を鈍らせ、団体芸のように連携して動く電気・カルシウムの波を静めます。だから、神経がなくても植物は“静かになる”。そして私たち動物は“眠る”。違う生きものでも同じように効く——その共通点こそが、麻酔という不思議な現象の核心なのです。

つまり今回の一手は、従来の「動物特有の神経系に作用する」という理解を超え、麻酔がより根本的で普遍的な生命現象を標的としている可能性を示したことにあります。

これによって、植物をモデルにした麻酔作用の新たな理解が期待されるようになったのです。

植物に麻酔が効くという現象は、単に“動かなくなる”というより、「感覚→伝達→防御・代謝応答」という情報の階層構造のうち、特に“伝える”フェーズ、つまり遠くまで信号を伝播させる部分が麻酔の主要な標的になっているという点です。

これは、従来「植物運動が止まる」だけが報告されていた段階から、どの段階が止まるのかを具体的に切り分ける研究へと進んだことを意味しています。

実際、別の研究ではハエトリグサでは消化腺の活性化などが、ジエチルエーテル麻酔で立ち上がらないことが示されました。触刺激でも、傷でも、餌を“獲物”として認識できない状態になり、麻酔解除で正常に戻ります

植物と麻酔の謎、どこまでわかった?

植物と麻酔の謎、どこまでわかった?
植物と麻酔の謎、どこまでわかった? / Credit:Canva

このように麻酔薬が植物に与える影響の仕組みは、まだ完全には解明されていません。

特に、麻酔薬がどのように植物細胞の膜やタンパク質に作用しているのか、その具体的なメカニズムまでは明確になっていません。

麻酔作用の仕組みについては、人間や動物でも、神経の受容体説(麻酔薬が特定の受容体に作用するという説)と細胞膜の物理的な性質変化説(細胞膜そのものが影響されるという説)が存在し、論争が続いています。

植物においても同様で、麻酔薬が特定の受容体を介して作用しているのか、あるいは細胞膜の構造や柔軟性を変化させることにより間接的に作用しているのかが明らかになっていないのです。

今後の研究としては、遺伝子操作が容易なシロイヌナズナ(Arabidopsis)などのモデル植物を使い、麻酔薬に特異的に反応するタンパク質や膜の性質を詳しく分析する必要があります。

また、植物が自ら生成する天然の麻酔物質(エタノール、エチレンなど)についても詳しく調べることで、植物が進化の過程でなぜこれらの物質を作り出したのか、その意味や役割を明らかにできるでしょう。

さらに、植物で麻酔が効くメカニズムがより詳細に解明されれば、動物や人間の麻酔作用の基礎理解にもつながることが期待されます。

植物を使った新たな実験モデル(研究のために役立つ実験対象)としての可能性を探ることが、次の重要なステップになるでしょう。

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元論文

Anaesthetics stop diverse plant organ movements, affect endocytic vesicle recycling and ROS homeostasis, and block action potentials in Venus flytraps
https://doi.org/10.1093/aob/mcx155

Effect of the General Anaesthetic Ketamine on Electrical and Ca2+ Signal Propagation in Arabidopsis thaliana
https://doi.org/10.3390/plants13060894

Diethyl ether anesthesia induces transient cytosolic [Ca2+] increase, heat shock proteins, and heat stress tolerance of photosystem II in Arabidopsis
https://doi.org/10.3389/fpls.2022.995001

Anaesthesia with diethyl ether impairs jasmonate signalling in the carnivorous plant Venus flytrap (Dionaea muscipula)
https://doi.org/10.1093/aob/mcz177

Alteration of lipid bilayer mechanics by volatile anesthetics: Insights from μs-long molecular dynamics simulations
https://doi.org/10.1016/j.isci.2022.103946

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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