中国・長江文明の新石器時代に栄えた「良渚文化(りょうしょぶんか)」。
この約5000年前の都市遺跡から驚くべき考古学的発見があったと、新潟医療福祉大学らの研究チームにより報じられました。
なんと人間の頭蓋骨を「コップ」や「仮面」に加工し、それを都市の運河や堀に大量に捨てていたという証拠が見つかったのです。
骨のコップ?仮面?
それは祖先の霊を敬う神聖な道具だったのか、それとも、まったく別の理由があったのでしょうか。
研究の詳細は2025年8月26日付で科学雑誌『Scientific Reports』に掲載されています。
目次
- 遺跡から見つかった骨の加工
- なぜ骨を加工し始めた?都市化が変えた「死者との距離感」
遺跡から見つかった骨の加工
これまで良渚文化の遺跡では、整然と埋葬された墓地や副葬品が数多く発見されてきました。
しかし今回の発見は、従来のイメージを覆すものでした。
考古学チームが調査したのは、良渚遺跡の運河や堀から発掘された計183点の人骨。
そのうち52点(約3割)に「加工痕」がありました。
頭蓋骨を水平に切断して椀状にした「頭蓋骨カップ」をはじめ、顔の部分を仮面のように切り抜いた頭骨、小皿のような頭骨片、穴を開けた頭骨や下顎骨、四肢の骨を削ったものまで、多種多様な加工が認められました。
【こちらは実際に加工されていた人骨の画像です】
特に注目されるのが「頭蓋骨カップ」です。
これは頭蓋骨を上から水平にカットし、内側や縁を磨いた“器”のようなもので、現代人の感覚ではかなりショッキングなアイテムと言えるでしょう。
しかし驚くべきは、その多くが未完成だったこと。
加工途中で投げ捨てられた「失敗作」や、形を整える前のものが、まるでゴミのように大量に運河や堀に捨てられていました。
まるで「骨のゴミ捨て場」が遺跡の都市部に存在したかのようです。
これまで人骨の加工は、戦争や儀式、祖先崇拝など、特別な場面で行われてきたと考えられてきました。
しかし良渚遺跡の場合、骨に暴力や解体の跡は見られず、殺された痕跡もありません。
死体が自然に分解した後、頭蓋骨や骨が集められ、道具や仮面に加工されていたのです。
また加工対象となった骨に、年齢や性別の偏りは見られません。
子どもも大人も、男性も女性も区別なく使われていました。
しかも、栄養状態が悪かった痕跡が多く、社会的に低い地位の人々だった可能性も示唆されています。
なぜ、こんな大胆な“骨のリサイクル”が生まれたのでしょうか。
その背景には「都市社会の誕生」があったと考えられています。
なぜ骨を加工し始めた?都市化が変えた「死者との距離感」
紀元前3500年頃〜紀元前2200年頃に良渚文化が栄えた時代、中国の長江デルタには人口数千人〜1万人規模の大きな都市が出現しました。
都市には巨大な土塁や堀、ダムや運河、祭壇や宮殿、そして格差を象徴する豪華な墓地など、社会の階層化が進んでいました。
都市社会の拡大とともに、人々は隣人や家族全員を把握できなくなります。
かつては村の仲間として見送った死者も、都市の中では「顔も知らない他人」の死が日常となりました。
これ以前の社会では、死者は家族や共同体の一員として埋葬され、祖先として記憶されていました。
しかし都市社会の良渚文化では、無縁の死者や「他者」の死が急増。
人骨は“資源”や“副産物”として扱われるようになり、頭蓋骨カップや仮面といった加工品も「特別な呪物」ではなく、ありふれたモノとして大量生産・大量廃棄されていったのです。
研究者は、この現象を「都市化による死者との距離感の変化」と捉えています。
血縁や共同体の絆が弱まることで、死者の個性や記憶は希薄になり、骨は記念の対象から“道具”や“廃棄物”へと変わっていった可能性が指摘されているのです。
【こちらは実際に加工されていた人骨の画像です】
実際、他の遺跡で発見された頭蓋骨カップは、上層階級の墓に副葬品として置かれていた事例もありますが、今回大量に見つかった“未完成品”はそうした宗教的・儀礼的意味すらも持っていなかった可能性が高いと考えられています。
骨のコップや仮面は、祖先崇拝の象徴だったのか。それとも、都市化で生まれた「匿名の死」の産物だったのか。
現代でも都市化や社会の複雑化が進むと、身近な人の死や、見知らぬ人の死への感じ方は大きく変化します。
良渚文化の骨のコップは、私たちが“他人の死”をどう受け止め、どのように記憶し、扱うかという、人類普遍の問いを投げかけているのかもしれません。
参考文献
5,000 years ago, Stone Age people in China crafted their ancestors’ bones into cups and masks
https://www.livescience.com/archaeology/5-000-years-ago-stone-age-people-in-china-crafted-their-ancestors-bones-into-cups-and-masks
Neolithic Chinese culture artifacts show systematic human bone modification
https://phys.org/news/2025-10-neolithic-chinese-culture-artifacts-systematic.html
元論文
Worked human bones and the rise of urban society in the neolithic Liangzhu culture, East Asia
https://doi.org/10.1038/s41598-025-15673-7
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部