石器を手に入れたサルたちの生息域が急拡大していたと判明

生物学

ブラジルのモンテス・クラロス州立大学(Unimontes)で行われた研究によって、あるサルたちが元々の森林から離れた乾燥林地帯でも生息していることが明らかになりました。

しかも、その厳しい環境で果実や木の実を割るために石器を巧みに使っていたのです。

研究者たちは、この石器使用こそが、限られた食糧しか得られない過酷な条件を乗り越え、サルたちが生息域を広げる鍵になったのではないかと考えています。

実際、今回の調査では生息が確認された範囲が約19,000平方キロメートルも拡大し、保護上の重要性が再認識されました。

この発見は、道具を使って生存のチャンスを広げるというサルの戦略が、過去の人類が新天地に進出するときに取った道具利用と重なる部分があるのではないかという点で特に注目されています。

人類の祖先も、石器やさまざまな技術によって過酷な環境を克服し、世界中へと拡散していきましたが、同じことがサルたちにも起きているのでしょうか?

研究内容の詳細は『International Journal of Primatology』にて発表されました。

目次

  • 石器によって広がるサルの生息域
  • 人間も過酷な環境が石器使用を促したのか?

石器によって広がるサルの生息域

石器を手に入れたサルたちの生息域が急拡大していたと判明
石器を手に入れたサルたちの生息域が急拡大していたと判明 / Credit:Canva

ゴールデンベリー・カプチン(Sapajus xanthosternos)は、ブラジル東部の大西洋岸森林(Atlantic Forest)を中心とする限られた地域にのみ生息すると長らく考えられてきたオマキザルの一種です。

しかし、その森林自体が急速に開発によって破壊されており、国際自然保護連合(IUCN)による「クリティカルエンデンジャー(極めて危機に瀕している)」という指定は、生息域の消失と個体数の激減を反映しています。

ところが近年、この種が従来の主生息地よりもさらに気候条件の厳しい、雨量が少なく乾燥した“乾燥林(Mata Seca)”にも生息する可能性が示唆されはじめました。

乾燥林は、雨の少ないシーズンが長く続くため、樹木が高密度に分布しているわけではなく、食糧資源も比較的限られる過酷な環境です。

通常、こうした生息地の差異は、サルや他の動物が利用できる餌の種類や数量、さらには天敵から身を守る方法にも大きな影響を与えます。

実際に、ゴールデンベリー・カプチンの分布や生態に関するこれまでの研究は、主として湿潤な大西洋岸森林における行動パターンに焦点が当てられてきました。

そこで研究者たちは、ゴールデンベリー・カプチンが本当に乾燥林にも広く分布しているのか、またどのような行動特性が過酷な環境での生存を可能にしているのかを調べることにしました。

すると、新たに6か所の地点でゴールデンベリー・カプチンの存在が確認され、これまで把握されていた範囲よりも約19,000平方キロメートル以上生息域が拡大していることがわかりました。

特に驚かされたのは、乾燥林の複数の地点で、ヤシの実などの硬い果実を割るために石器が使われた明確な痕跡や、カメラトラップ映像にとらえられた実際の使用シーンが確認された点です。

湿潤な森林で暮らす同じ種ではほとんど見られない道具使用が、より過酷な環境下でこそ盛んに行われているという事実は、「生息地が厳しくなるほど石器使用が生存戦略として必要とされるのではないか」という仮説を裏付ける結果となりました。

また、今回の分布調査によって、ゴールデリー・カプチンだけでなく、別種のカプチン(Sapajus nigritus)が北限をさらに広げて生息している可能性も浮上しています。

これまでアフリカ西部のチンパンジーがアリやシロアリを採集し、アジアのマカク類が貝の殻を砕く行動など、道具を使う霊長類の例は知られていますが、ゴールデリー・カプチンのように環境の厳しさと石器使用が密接に結びついているケースは少ないといえます。

人間も過酷な環境が石器使用を促したのか?

石器を手に入れたサルたちの生息域が急拡大していたと判明
石器を手に入れたサルたちの生息域が急拡大していたと判明 / Credit:Canva

ゴールデリー・カプチンが湿潤な森林ではほとんど石器を使わず、乾燥林でのみ活発に道具を用いて食糧を得ていることは、環境の厳しさと道具使用の必要性が深く結びついている可能性を示唆しています。

食糧資源が限られた乾燥林では、硬いヤシの実や果実を割る行為が必須であり、それにより得られる栄養源が新たな生息地への分散や定着を促進していると考えられます。

また、分布域が従来より広範囲にわたるという事実から、ゴールデリー・カプチンが予想以上に多様な環境に適応できることも示されています。

ただし、石器使用が観察される地域とされない地域が明確に分かれているため、各集団がどのように道具を学習し、維持してきたのかをさらに掘り下げる必要があります。

さらに、過酷な環境における道具使用が生態学的ニッチを広げる役割を果たしている可能性もあります。

これまで湿潤な大西洋岸森林に限定されると思われていたカプチンが、乾燥林でも適応可能であることは、石器使用によって栄養源の多様化が実現し、生存確率が向上していると推測されます。

また、この仮説は、人類が新たな領域に進出する際に石器などの技術を利用した過程と重なる部分があるため、道具使用という文化的イノベーションが「種の分散と生態的限界の拡張」にどのように関わるのか、比較研究の観点からも興味深い課題を提起しています。

保全の視点では、従来の分布域予測をはるかに超えた地域に生息していることが確認されたことで、絶滅危惧度の再評価が必要になるかもしれません。

絶滅危惧種としての指定を変更するには、さらに詳細な調査が求められますが、乾燥林という厳しい環境下でもサルが暮らしている実態に合わせ、どの地域を優先的に保護すべきか、またどの程度の生息地断片化が耐容範囲なのか、より具体的なプランニングが可能になるでしょう。

保護活動を成功させるためにも、石器を使うサルの行動を詳しく理解することは、生態学的および社会的な意味合いを大いに持っています。

もし今後、石器の使用によって絶滅危惧種の指定が見直される例が確認できれば、この理論をさらに幅広く検証できるでしょう。

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元論文

Range Extension for Critically Endangered Sapajus xanthosternos, with Observations of Stone Tool Use at the Lower Limit of Habitat Suitability
https://doi.org/10.1007/s10764-024-00480-0

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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