一般的には「頭のいい人ほど、正義感が強くてモラルも高い」と思われる傾向があります。
しかし最新の心理学研究が示したのはまったく逆の事実でした。
英国エディンバラ大学(The University of Edinburgh)の最新研究によると、認知能力が高い人ほど、道徳的価値観を全体的に弱く支持する傾向があることを明らかになったのです。
なぜ知能が高い人ほど、道徳的価値観を軽視する傾向があったのでしょうか?
研究の詳細は2025年5月28日付で学術誌『Intelligence』に掲載されています。
目次
- 道徳心には「6つの基盤」がある
- 賢さは道徳心を鈍らせる?驚きの実験結果
道徳心には「6つの基盤」がある

社会心理学者ジョナサン・ハイトらが提唱した「道徳基盤理論(Moral Foundations Theory)」では、人間の道徳判断は6つの“直感的な基盤”に支えられていると考えられています。
この理論によれば、私たちが「良いこと」「悪いこと」と判断するとき、以下のような6つの感覚が無意識に、あるいは直感的に働いているとされます。
① 思いやり/危害(Care / Harm)
他者の苦しみを減らし、守ろうとする気持ち。赤ちゃんや弱者を守る感情に由来します。
② 公平さ/不正(Fairness / Cheating)
ズルを許さず、正当な報酬や分配を求める感覚。「フェアプレー」や「正義」に通じます。
③ 忠誠/裏切り(Loyalty / Betrayal)
家族や仲間、国に対して一体感を持ち、裏切りを嫌う心。チームワークや愛国心に繋がります。
④ 権威/転覆(Authority / Subversion)
上位者や伝統への敬意を抱き、社会秩序を重んじる気持ち。規律や年功序列などの感覚と関連します。
⑤ 純潔/堕落(Sanctity / Degradation)
身体や心の“神聖さ”を守ろうとする意識。性的節度や清潔へのこだわり、不快感などが含まれます。
⑥ 自由/抑圧(Liberty / Oppression)
支配されることを嫌い、自由や平等を守ろうとする衝動。権力に対する反発や抗議の基盤です。
これらは「道徳心のセンサー」のようなものであり、文化や時代を超えて人類に共通する心理的傾向です。
政治的立場によっても傾向が分かれ、リベラルな人は「思いやり」や「公平さ」を強く支持し、保守的な人は6つすべてを重視する傾向があると指摘されています。
では、これらの直感的な道徳観と、「知能の高さ」とはどのような関係があるのでしょうか?
賢さは道徳心を鈍らせる?驚きの実験結果
この研究は、エディンバラ大学のチームが行ったもので、イギリス国内の成人1320人を対象にした大規模な調査です。
チームは、被験者に「モラル・ファウンデーション質問紙(MFQ-2)」を実施し、上記6つの道徳的基盤の支持度を数値化。
その後、言語的推論・数的推論・抽象的推論といった認知能力テストを行い、知能との関連を統計的に解析しました。
その結果、興味深いことに、知能が高い人ほど、6つすべての道徳基盤のスコアが一様に低くなるという驚きの結果が得られたのです。
とくに顕著だったのは、「純潔」基盤との関係で、言語的知能が高い人ほど、「心や体は神聖なものだ」といった伝統的な価値観に共感しにくい傾向が見られました。
さらにチームはこの結果が偶然ではないことを確かめるため、別の857人を使って事前登録された再現研究(Study 2)を実施。
結果は見事に再現されました。
この結果は、従来考えられていた「賢い人ほど倫理的・道徳的である」というイメージとは真逆です。

なぜこのような逆説的な関係が生まれるのでしょうか?
研究者たちは「知能が高い人は、道徳的判断を“直感”ではなく“分析”でとらえる傾向がある」と指摘します。
たとえば「これは悪いことだ」と即断する代わりに、「それは誰にどんな影響があるのか?」「文脈によっては正当化されるのでは?」と一歩引いて考えてしまうのです。
こうした“反省的な思考”は、道徳の絶対性を揺さぶり、従来の道徳観を再解釈する力を持ちます。
その結果として、道徳の「強さ」自体が薄れてしまうのかもしれません。
つまり、知能が高いからこそ、道徳的な「良心」すらも疑ってしまうのです。
ただ今回の結果は、知能が高い人ほど、道徳に反する悪い行いや判断をしやすいことを意味するものではありません。
むしろ、知能の高い人は、感情的な直感に左右されにくく、状況や背景を加味した上で判断しようとする傾向があるとも言えます。
それが結果的に、直感に基づいた「道徳基盤理論」のスコアを低下させていた可能性があるのです。
参考文献
People with higher cognitive ability have weaker moral foundations, new study finds
https://www.psypost.org/people-with-higher-cognitive-ability-have-weaker-moral-foundations-new-study-finds/
元論文
Higher cognitive ability linked to weaker moral foundations in UK adults
https://doi.org/10.1016/j.intell.2025.101930
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部