知性にも精神にも問題のない人が突然”陰謀論に目覚める”理由

最近、SNSやニュースで「陰謀論を信じる人たちが集まり、社会運動のような形で声を上げている姿」を目にする機会が増えています。

「ワクチンは危険」「5Gは体に悪い」といった主張から、政治や国際問題まで、現代社会ではさまざまな“疑い”や“疑念”が語られています。

昔から「陰謀論」という考え方そのものはありましたが、ここ数年で、そうした考えに共感した人々がSNSやデモ、集会などを通じて積極的に発信し、広がりを見せるようになりました。

一見、こうした話を信じてしまう人たちは「頭が悪いから」と思えるかもしれませんが、実際には陰謀論を信じて情報発信している人が、社会的に成功していたり、高い知性を持つ人であるケースも少なくありません。

なぜ、普通に考えたらおかしいとすぐ分かるような陰謀論に、頭が良いはずの人までハマってしまうことがあるのでしょうか?

イギリスのバース大学(University of Bath)らの研究チームは、そんな「知性に問題がない人でも陰謀論に巻き込まれてしまう」社会的なプロセスを明らかにしています。

彼らによる、陰謀論にハマるのは本人が愚かだからというわけではなく、誰にでも起こり得ることだといいます。

この研究の詳細は、2025年7月付けで科学雑誌『Sociology』に掲載されています。

目次

  • なぜこの前まで「普通」だった人が陰謀論に染まるのか?
  • 「共鳴」が生み出す“目覚め”の3段階

なぜこの前まで「普通」だった人が陰謀論に染まるのか?

陰謀論にハマる人と聞くと、まず思い浮かぶのは、何らかの精神疾患を抱え、妄想的な信念を持っている人かもしれません。

こうした場合、陰謀論は個人的な妄想にとどまることが多く、周囲に同調者が現れにくいため、本人がどれだけ主張しても社会運動のような大きな広がりにはなりません。

しかし、最近ではSNSを中心に、陰謀論を共有し、集団で発信する人たちが社会運動のように活動している姿を目にする機会が増えています。

読者の中にも、突然身近な知人が反ワクチンの話をするようになって驚いた、という経験を持つ方がいるかもしれません。

実際、研究チームの観察によれば、コロナ禍をきっかけに陰謀論コミュニティへの関心が高まり、こうしたグループが身近な存在になっています。

これまで、陰謀論にハマるのは「頭が悪い人」や「だまされやすい人」といった先入観や、個人の性格や問題で片付けられることが多くありました。

また心理学の分野では、怒りや不安といった感情的な反応が陰謀論に惹かれやすい傾向と関係するという報告もあります。

それでも、実際には社会的地位が高い人や、冷静で知的な人であっても、突然“陰謀論に目覚める”ケースが珍しくありません。

この研究チームが注目したのは、「なぜ理性的な人までが巻き込まれるのか?」という疑問です。

研究チームは、個人の性格や心理だけでなく、人と人とのつながりがどのように影響するのかを詳しく調べました。

鍵となるのは「共鳴(resonance)」です。

共鳴とは、誰かが感じた怒りや不信感、疑問が、仲間の間で共感され、語り合ううちにどんどん大きくなっていく現象です。

ある人が「何かおかしい」と感じた時、その感情を分かち合う仲間が現れ、集まって話すことで気持ちがさらに強まり、疑いが確信に変わっていきます。

このような共鳴が生まれると、一人ひとりの不安や疑念は、「自分だけの思い込みではなく、やはり何か裏があるに違いない」という強い確信に変化します。

実際、研究チームはイギリスやアイルランド各地で陰謀論コミュニティの現場調査を行い、長期間にわたって観察やインタビューを重ねてきました。

調査対象には、5G反対運動、反ワクチン、フラットアース(地球平面説)、スピリチュアル系のグループなどが含まれます。

活動の場はオンライン・オフライン両方に広がり、Discord(ディスコード)やTelegram(テレグラム)などのチャットアプリを使ったやりとりも盛んです。

さらに、年齢や職業もさまざまで、定年退職者やエンジニア、セラピスト、教員、アーティスト、金融関係者など、多様な人々が関わっていることがわかりました。

研究チームは単なる意見交換にとどまらず、集会やデモ、抗議活動へと発展していく現場も観察しています。

たとえば、会場では「自分の家族が医療事故で苦しんだ」「5Gの電波で体調を崩した」などの体験談が語られ、同じ不安や疑問を持つ人たちが拍手や共感を通じて一体感を強めていきます。

このような人と人との共鳴が起こる現場を追うことで、研究チームは「普通の人」がなぜ突然陰謀論に引き込まれるのか、その新しいカギを明らかにしようとしています。

特に注目すべきは、こうした共鳴によって生まれる強い納得感や安心感が、理性的な判断や論理的な違和感をかき消してしまうというメカニズムです。

「共鳴」が生み出す“目覚め”の3段階

研究チームは、なぜ「普通の人」までもが陰謀論に巻き込まれるのか、そのカギを「三段階の共鳴モデル」として明らかにしました。

このモデルは、陰謀論が個人の心の中だけで完結するのではなく、仲間とのつながりや共感が連鎖することで、大きな社会運動へと広がる流れを説明しています。

最初の段階は「感情的共鳴」です。

たとえば、ワクチン接種後に家族の体調が急変したり、公的機関の対応に不信感を覚えたりすると、「なぜこんなことが起きるのか」「何かおかしい」という強い感情が生まれます。

こうした思いは、最初はただの不安や疑問かもしれませんが、SNSや身近な人々との会話を通じて「自分と同じ体験をした人がいる」と気づくことで、一気に広がります。

続いて起こるのが「認識的共鳴」です。

SNSやコミュニティ、デモ集会などで、同じ疑問や不安を持つ仲間と出会い、「やはり本当のことは隠されているのでは」と確信を深めていきます。

たとえば、研究チームのインタビューでは「反ワクチングループで自分と同じ思いの仲間に出会い、安心できた」と語る人もいました。

この段階では、個人の疑念がグループで繰り返し語られ、次第に物語のように強化されていきます。

「みんながこう言っているのだから、きっと何か裏があるはずだ」という思いが、グループの一体感と共に納得感をもたらします。

多少の矛盾や疑問があっても、共鳴し合う体験そのものが、論理や証拠よりも優先されていくのです。

そして最後の「行動的共鳴」へと進みます。

「本当のことを知らない人にも伝えなければ」「自分たちが社会を変えなければ」という使命感が生まれ、SNSで情報を拡散したり、デモや抗議活動に参加する人が増えていきます。

研究チームの観察では、「子どものために真実を伝えたい」とデモに参加した親の姿や、仲間と共に“市民運動”として活動を広げていく様子も記録されています。

ここまで読んで、「人が集まれば自然と盛り上がるのは当然では?」と感じる方もいるかもしれません。

しかし、この研究の新しさは、「陰謀論に巻き込まれる現象」を“個人の知識や性格の問題”ではなく、“社会的な共鳴プロセス”として科学的に分析し、その全体像を三段階で初めて体系化した点にあります。

これまで陰謀論は「頭が悪い」「だまされやすい」「精神が不安定」といった個人の弱点で説明されがちでした。

しかし本研究では、冷静で知的な人も、仲間と共鳴しながら物語を共有するうちに、論理的な違和感や矛盾よりも“共感の納得感”を優先してしまうという、社会的なメカニズムを明らかにしています。

そして、この現象は陰謀論だけでなく、アイドルファン活動や投資コミュニティなど現代社会のさまざまな集団でも繰り返し起きているものだと指摘しています。

こうした様々なコミュニティごとの常識にまで拡張して考えると、思い当たることがあるという人もいるかもしれません。

「私だけは大丈夫」と思っている人でも、共感やつながりの力によって“普通の人”が巻き込まれていく──そのリアルな仕組みを、質的な現場調査とともに初めて明快に描き出したのが今回の研究です。

この新しい視点は、「共鳴の連鎖」を理解しコントロールすることが、現代社会の課題であることを強く示唆しています。

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元論文

Resonant Awakenings: The Social Lives of Conspiracy Theorists
https://doi.org/10.1177/00380385251344483

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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