私たちは人生の約3分の1の時間を睡眠に費やしています。
最近では、この事実に「もったいない」と感じて、ショートスリーパーに転向する人もいるようです。
しかし、睡眠はただの休息時間ではありません。
体や心を回復させ、起きている間の健康を守るうえで欠かせない役割を果たしています。
そんな中、スウェーデン・カロリンスカ研究所(KI)の最新研究で、睡眠の質が「脳の見た目年齢」にまで大きく影響していることが明らかになりました。
なんと睡眠の質が悪い人ほど、脳が実年齢以上に老けこんでいたのです。
研究の詳細は2025年9月30日付で科学雑誌『eBioMedicine』に掲載されています。
目次
- 「脳年齢」は睡眠で変わる?
- なぜ睡眠が脳を若く保つのか
「脳年齢」は睡眠で変わる?
今回の発見は、イギリスの40~70歳の男女2万7000人以上を対象にした大規模研究によってもたらされました。
研究チームは、参加者の睡眠の質や睡眠習慣に関する自己申告データと、脳のMRI画像という詳細な医療データを組み合わせて解析しました。
驚くべきは、睡眠が悪い人ほど「脳が老けて見える」傾向が強かったという点です。
ここでいう「脳が老けて見える」とは、最新のAIと脳画像技術によって、脳のMRI画像から“脳年齢”を推定するという方法を指します。
人の脳は年齢とともに徐々に萎縮したり、表面の皮質が薄くなったり、血管がダメージを受けやすくなったりします。
こうした微細な変化を1000以上の指標で数値化し、AIに学習させることで、個々人の「脳年齢」を推定できるようになりました。
研究ではまず、持病のない最も健康的な参加者の脳画像をもとに「年齢相応の脳とはどういうものか」をAIに学習させました。
そして全ての参加者に対し、実年齢と脳年齢のギャップを算出したのです。
すると、睡眠の質が悪い人ほど、実年齢と脳年齢のギャップが広がり、実年齢より脳年齢のほうが上回るという傾向が見つかりました。
一方で、睡眠の質が良い人は、脳年齢と実年齢の差がほとんど見られなかったのです。
さらに詳しく分析すると、「夜型タイプ」や「睡眠時間が短い・長すぎる」といった人ほど、脳の老化が加速しやすいことも判明しました。
また不眠やいびき、日中の強い眠気といった複数の睡眠問題が重なると、リスクがさらに高まることが示されています。
なぜ睡眠が脳を若く保つのか
では、なぜ睡眠の質が脳年齢にここまで強く影響するのでしょうか。
研究ではいくつかのメカニズムが指摘されています。
まず注目されているのが「炎症」です。
睡眠不足や睡眠障害は、体の炎症レベルを上昇させることが知られています。
炎症は脳の血管を傷つけたり、神経細胞の死を促進したり、アルツハイマー型認知症の原因物質である異常なタンパク質の蓄積を引き起こすことがわかっています。
実際、研究では血液検査データも利用し、炎症が睡眠と脳年齢の関係の一部を説明できることを確認しています。
次に、脳内の老廃物除去システムの働きも重要です。
このシステムは主に深い睡眠中に活性化し、脳内にたまった有害物質を排出する役割を持っています。
睡眠が不十分だと、この“お掃除”が滞り、脳にダメージが蓄積しやすくなります。
さらに、睡眠の質が悪い人は、肥満や糖尿病、心血管疾患といった生活習慣病のリスクも高まることが知られています。
これらの疾患そのものが脳の老化や認知症の危険因子になるため、睡眠が脳の健康と深く結びついていると考えられるのです。
「脳の老化」は防げる、まずは睡眠の見直しから
脳の加齢そのものを完全に止めることはできません。
しかし睡眠の質を高めることで、脳年齢の“加速”を食い止めることは十分可能であると、今回の研究は教えてくれます。
しかも、睡眠の質は生活習慣を少し見直すだけでも改善が期待できます。
就寝・起床時間をできるだけ一定にする、寝る前のカフェインやアルコール、スマホやパソコンの使用を控える、寝室を静かで暗く保つ、こうしたシンプルな工夫が、将来の脳の健康を守る第一歩となります。
毎日の睡眠を“脳の若さを守るための最良の投資”と考えて、睡眠習慣を見直してみるといいかもしれません。
参考文献
The good news about brain aging: better sleep can make a difference
https://www.psypost.org/the-good-news-about-brain-aging-better-sleep-can-make-a-difference/
元論文
Poor sleep health is associated with older brain age: the role of systemic inflammation
https://doi.org/10.1016/j.ebiom.2025.105941
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部