直感とは逆効果!?アカデミー賞を獲った少年犯罪抑止プログラム「Scared Straight!」

アメリカ

「厳しく叱れば子どもはまっすぐ育つ」「怖い現場を見せれば、悪いことはしなくなる」――。

子どもの教育について私たちはつい、こうした直感的な考えに頼ってしまいがちです。

たしかに、一見すると理にかなっているようにも思えますし、自分自身の経験と結びつけて納得してしまうこともあります。

しかし、こうした印象や経験則が、実際の効果とは大きく食い違っていることもあるのです。

今回は、アメリカでかつて話題となった少年更生プログラム『Scared Straight!(スケアード・ストレート)』を例に、「直感的に効果がある」と思われていたことが、「科学的検証」の結果まったく逆効果だった例を見てみましょう。

この話は、教育やしつけ、社会政策を考えるとき、私たち一人ひとりが陥りやすい思い込みを見直すきっかけになるはずです。

目次

  • アカデミー賞を受賞した衝撃の更生プログラム
  • 科学的検証が示したのは、まったくの逆効果

アカデミー賞を受賞した衝撃の更生プログラム

Credit:canva

1970年代のアメリカでは、都市部を中心に少年犯罪の増加が深刻な社会問題となっていました。

ベトナム戦争後の不安定な経済状況や、家庭の崩壊、学校教育の荒廃などが重なり、特に若年層の暴力事件や窃盗などの軽犯罪が目立つようになっていたのです。

社会全体には「このままでは将来が危ない」「若者を何とか更生させなければならない」という危機感が広がっており、行政も教育もメディアも、効果的な対策を模索している時期でした。

そんな中、1978年に放送されたドキュメンタリー『Scared Straight!(スケアード・ストレート)』が画期的な対策として注目を集めます。

その内容は非常にショッキングなものでした。

番組では、非行に走った10代の少年たちを、ニュージャージー州の刑務所に連れて行きます。

見学前の少年たちはかなり舐めた態度を取っており、「刑務所なんて大したことはない」「可哀そうな大人を見に行くだけだ」などと、軽口を叩いて、中には自分の犯罪歴を自慢げに語る少年もいました。

Credit:Scared Straight,Institute of Politics Harvard Kennedy School

しかし、刑務所の中に一歩足を踏み入れた瞬間、彼らの態度は一変します。

迎えた刑務官は、笑顔ひとつ見せず、鋭い視線で少年たちをにらみつけながら鉄扉を閉め、その「ガチャン」という音が空気を一気に緊張させました。

案内役の刑務官は受刑者と同じような態度で少年たちと接し、番組内では一人の少年が足を止めると、「Keep moving!(動け!)」と強い口調で叱責する場面もありました。

その一言で少年はびくりとし、肩を震わせながら歩き出しました。

続く廊下では、受刑者たちが檻の中から叫び声を上げ、少年たちに向かって罵声を浴びせ、彼らの名前や外見をからかう場面が続きます。

カメラには、口を真一文字に結び、明らかに顔面蒼白となった少年たちの表情が映し出されており、入場前の軽口や虚勢が完全に消え失せていることがわかります。

この番組は、1979年の第51回アカデミー賞で最優秀長編ドキュメンタリー賞を受賞し、社会的にも大きな反響を呼びました。

刑務所での過酷な現実を見せつけ、子どもたちをビビらせることで、非行に走った少年たちの再犯を予防する。

確かに「直感的には効果的」と感じさせる内容です。

そのため『Scared Straight!』放映後、アメリカ各地で同様のプログラムは次々に導入されていき、一般の学校でもこの刑務所見学が実行されました。

しかし、この直感は、後に科学の前で大きく崩れ去ることになります。

科学的検証が示したのは、まったくの逆効果

2003年、アメリカの研究者アンソニー・ペトロシーノ(Anthony Petrosino)氏を中心としたチームは、「Scared Straight!」を含む複数の少年犯罪抑止プログラムに対して、科学的な検証を行いました。

この研究は、犯罪政策の効果を評価する国際的な団体「キャンベル共同計画(Campbell Collaboration)」によって発表されたもので、9件のランダム化比較試験(RCT)を対象にしたメタ分析です。

この手法では、プログラムに参加した少年たちと、参加していない少年たちを無作為に分け、それぞれのその後の再犯率を比較しています。

その結果は、非常に明確でした。

Scared Straight!に参加した少年は、参加していない少年よりも再犯率が平均で1.7倍に増加していたのです。

これは、予防策どころか、むしろ害を及ぼしていたことを示しています。

Credit:canva

なぜこのような逆効果が生まれてしまったのでしょうか?

Campbellの報告によると、まず非行歴のある少年たちにとって、刑務所という極端な環境に入ることは、単に恐怖を与えるだけではなく、受刑者の態度や言葉づかい、社会的立ち位置に対する「接近効果」を生み出す可能性があるとされます。

つまり、暴力的で支配的なふるまいが「本物の男らしさ」や「タフさ」の象徴として受け取られ、少年たちが憧れや尊敬の念を抱いてしまうことがあるのです。

また、その体験を仲間内で「武勇伝」として語ることによって、社会的な承認や注目を得るという報酬構造が生まれ、それがかえって非行行動を強化する結果にもつながります。

一方で、このプログラムが広がる過程で、非行歴のない一般の中高生を対象にしたバージョンも数多く実施されるようになりました。

この層においては、刑務所での体験が逆に強いショックとなり、一部の子どもには不安障害やトラウマ、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの精神的影響を与える事例も報告されています。

実際、キャンベルのレビューでは、Scared Straight!の実施には「潜在的な有害性」があると指摘されていて、プログラムの実施には慎重な対応が求められるとされています。

このように、Scared Straight!は、直感的には「うまくいきそう」な優れたプログラムに見えましたが、実際は非行少年に対しては行動強化を促し、一般の子どもには心理的負荷を与えるという、有害な効果の方が大きかったのです。

ペトロシーノ氏らの報告書は、こうした衝撃的な結論を通じて、「見た目の効果」ではなく「実際の成果」を重視すべきであるという科学的態度の重要性を強調しています。

このように、直感的に正しそうに見える手法が、実際には深刻な悪影響をもたらす可能性があるという事実は、教育・医療・福祉といった他の領域にも深く関係する問題です。

私たちは、感情的な納得ではなく、冷静な証拠によって物事の是非を判断する視点を持つ必要があるのです。

まとめ:思い込みを乗り越える力としての「科学」

『Scared Straight!』は、少年たちを更生させようという善意から始まったプログラムでした。

しかし、善意や正義感があっても、その方法が本当に効果的かどうかは、冷静な検証によって確かめる必要があります。

私たちの日常にも、「直感では効果的に思えるけど、実は逆効果かもしれない」ことがたくさんあります。

たとえば、子どもを叱るとき、感情に任せて怒鳴るのではなく、冷静に何が問題だったのかを対話するほうが長期的には効果的だとする研究もあります。

大切なのは、「自分が正しいと思ったこと」に固執せず、時には立ち止まり、他の視点やデータに耳を傾けることです。

それこそが、思い込みや偏見を乗り越え、よりよい社会をつくるための第一歩なのです。

そしてそのためにこそ、科学の力があるのです。

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元論文

“Scared Straight” and other juvenile awareness programs for preventing juvenile delinquency
https://doi.org/10.1002/14651858.cd002796.pub2

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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