「もし目の色を自由に選べるとしたら——あなたはどの色を選ぶでしょうか?」
そんな問いかけはフィクションの世界だけのものと思われてきました。
しかし今、アメリカを中心に「目の色を永久的に変える」ことが可能とされる新たな手術が急速に注目を集めています。
費用は両目で1万2000ドル(日本円で約160万円)ほどと安くはありませんが、SNSなどでは“まるで生まれつきブルーアイやグリーンアイだったかのような自然な仕上がり”として話題が拡散され、多くの人の関心を集めているのです。
この手術は、角膜に色素を注入する「コスメティック・ケラトピグメンテーション(以下、本手術)」という方法で、一部のクリニックでは既に何百件もの施術実績があると報告されています。
わずか20分程度で完了し、痛みも軽度という点が人気に拍車をかけていますが、多くの眼科専門医が「長期的な安全性は未確認」と警鐘を鳴らしていることも事実です。
2024年には世界的に権威を持つアメリカ眼科学会(AAO)が「重大な合併症や視力障害につながるリスク」を公式に警告し、医療界では賛否を巡る議論が続いています。
さらに、この角膜着色手術はLASIK(レーシック)のおよそ2倍の費用がかかるため、経済的な負担も軽視できません。
にもかかわらず、SNS上のビフォーアフター映像で“劇的な変化”が拡散され、多くの人々が興味を示しているのです。
けれども、美しい瞳は憧れであると同時に、生涯にわたる視力を左右する繊細な器官でもあります。
今回は、この角膜着色手術のメカニズムやリスク、さらに今後の展望を既存の医療技術との比較も交えながら掘り下げていきます。
果たして“1万2000ドルの手術”は新たな選択肢として確立されるのでしょうか。
専門家の警鐘と患者の期待が交錯する最前線をのぞいてみましょう。
目次
- なぜ今、“瞳の色”を変える手術が広がるのか?
- 夢の瞳を手に入れる?注目急上昇の角膜着色手術
- 果たして“瞳の色”は買うべき?
なぜ今、“瞳の色”を変える手術が広がるのか?

瞳の色は生まれつきの個性の中でも特に印象深い要素の一つです。
「ブラウンの瞳をブルーに変えたい」「グリーンの瞳に憧れる」という思いを抱いてきた人々は少なくありません。
そうしたニーズに応える形で、2000年代には「虹彩インプラント」という方法が海外で一部行われていましたが、眼内に人工の虹彩(カラーディスク)を挿入するため、慢性的な炎症や緑内障、白内障などの重篤な合併症が多発し、医療界では「リスクが高い」との判断から推奨されなくなっています。
この反省を踏まえ、安全性と自然な仕上がりを追求する方法として登場したのが、角膜に色素を注入して瞳の色を変える「コスメティック・ケラトピグメンテーション」です。
具体的には角膜層にドーナツ状のチャネルを形成し、そこに色素を埋め込むことで“虹彩の上から着色する”というイメージになります。
角膜を扱うため侵襲が比較的少なく、施術は20分程度で完了し、痛みが軽度とされるのが特徴です。
ヨーロッパの一部クリニックで2010年代に開発され、2019年頃からアメリカで導入が進み、SNSを中心に話題が拡散されました。
そして2024年現在、両目で1万2000ドルという高額費用にもかかわらず、この手術を希望する人が急増しています。
しかし、角膜に対する操作である以上、視力低下や感染症などの合併症が懸念されるほか、色素の品質や成分が公表されていない事例もあるため、長期的な安全性を危ぶむ専門家も少なくありません。
そこで本記事では、角膜着色手術の実態と背景、過去に行われてきた虹彩インプラントとの比較を交えつつ、その利点と懸念点を多角的に検証します。
また、実際に手術を受けた患者の体験談や、研究者や医師が指摘するリスクとメリットを整理し、「自分の目」という重要な器官を守るための指針を提供したいと考えています。
目は非常にデリケートな器官であり、いったん障害が生じると日常生活に深刻な影響を及ぼす可能性があります。
単に「瞳の色を変える」という美容的な狙いであっても、一歩間違えれば生涯にわたる視力障害に直結しかねません。
最先端技術として急速に人気が高まる角膜着色手術の実態とリスクを正しく理解し、今後の動向を見極めることは、今まさに多くの人々が求める情報だと言えるでしょう。
夢の瞳を手に入れる?注目急上昇の角膜着色手術

角膜着色手術の有効性や安全性を示すため、いくつかの研究や臨床調査が行われています。
中でも2018年に欧州の研究者グループが公表した調査は、合計204名の患者を4か月から12年超にわたって追跡したことで注目を集めました。
調査によると、29名(全体の約14%)に何らかの合併症が確認され、そのうち49%が光に対する過敏症(強いまぶしさ)を訴え、19%で色素の退色・変色が早期に見られました。
さらに4%で視野の一部に違和感を訴え、2%の患者がMRI検査時に金属成分の影響と思われる痛みを経験しています。
一方、同じグループの一部が参加した2021年の追跡調査では、対象者こそ40名と限られていますが、合併症の発生率がやや低下したと報告されています。
これは施術技術や色素の改良が進んだ結果とみられますが、完全にリスクがなくなったわけではありません。
実際、2020年代に入ってから角膜の形状が変化して視力障害を引き起こす「角膜拡張症(エクタジア)」を発症した症例が少なくとも5例報告されており、角膜に負荷をかけるこの手法独自のリスクが改めて指摘されています。
こうした結果を受け、積極的に施術を行う医師たちは「合併症はごく稀で、適切な検査と患者選定を行えば安全性は高い」と反論しています。
特に、ロサンゼルスで数百件の手術を行っている医師や年間400件近い施術を行うとされる医師は、独自の高品質な色素を使用し、優れた術式を採用することで合併症を抑えられると主張しています。
ただし、色素の製造元や具体的な成分を公表していないケースが多く、「MRI検査時のトラブルを本当に回避できるのか」といった疑問も残るのが現状です。
また、アメリカ眼科学会(AAO)は2024年に「角膜着色手術はFDA(米国食品医薬品局)の承認を得ていない実験段階の医療行為であり、感染症や視力障害などの深刻なリスクがある」と再び警告を発しました。
これに反対する医師グループが「最新の研究成果を反映しておらず不適切だ」と撤回を求めていますが、AAO側は立場を変えていません。
多くの専門家は「10年から20年、あるいはそれ以上追跡した大規模データがなければ、安全性を断言するのは難しい」との見解を示しています。
医療目的で行われてきた角膜着色手術(先天的な虹彩欠損や外傷で生じた欠損補填など)も、何十年もの実績があるとはいえ大規模データは十分に揃っていません。
さらに、美容目的の場合、使用する色素や施術プロトコルが異なる場合があり、同列に評価できない点も多いとされています。
手術の費用や研究費用の問題、患者が地理的・時間的に長期追跡を受けにくい現状などが障壁となっているため、合併症や効果を大人数・長期間で検証するのは容易ではないのです。
こうしてみると、角膜着色手術はまだ道半ばと言えます。
比較的良好な経過をたどる患者が多いというデータはあるものの、角膜に根本的な操作を施す以上、視力障害や金属成分由来の合併症など、未知のリスクを完全に排除できていないのが現状です。
将来的にはより多くの症例と長期観察のデータが積み重なることで、真の安全性やリスクプロファイルが明らかになるかもしれません。
しかし、現段階では「未知の要素を多分にはらむ新技術」であることを忘れてはならないでしょう。
果たして“瞳の色”は買うべき?

このように、角膜着色手術は「目の色を永久的に変える」という長年のニーズに応える最先端の美容医療として急速に広がりつつあります。
SNSなどで拡散されるビフォーアフターの映像が「本来の虹彩色のような自然な仕上がり」と称賛され、コンタクトレンズ不要になる手軽さも魅力の一つです。
しかし、安全性に関する十分な長期データが揃っていないまま人気が高まっている状況に、多くの医師が懸念を示しています。
まず最大の課題は、長期的な視力への影響や角膜の健康リスクが不明瞭な点です。
LASIKと同様、角膜に直接施術を行う以上、エクタジアや感染症、金属成分によるトラブルなどの合併症リスクは通常のコンタクトレンズ使用とは別次元であることを理解しなければなりません。
また、米国食品医薬品局(FDA)の承認を得ておらず、医師の裁量による未承認医療行為として行われているため、万が一合併症が起きた際に患者が十分な救済を受けられるかは未知数です。
経済的な要因も大きなハードルになります。
両目で1万2000ドルもの高額費用に加え、トラブルが起きたときの再手術や治療費がさらにかかる可能性もあるのです。
決して安価とは言えないため、慎重な判断が求められます。
その一方で、研究が進むにつれ、施術手技や色素の改良が行われれば合併症率をさらに下げられる可能性もあります。
既に医療目的で実施されてきた角膜着色手術に関するデータはある程度蓄積されており、その知見が美容目的の技術にも応用されるかもしれません。
ただし、医療目的と美容目的とでは適応や手術手順が大きく異なるケースもあるため、やはり長期的・大規模な研究が不可欠です。
最終的に、この手術を受けるかどうかは個人の判断に委ねられます。
特に、長年カラーコンタクトレンズで悩みを抱えてきた人などにとっては大きな魅力と感じられるでしょう。
しかし、角膜や視力に影響が出たときに取り返しのつかない事態になり得ること、また日本を含め世界的に規制やガイドラインがまだ整備されていない現状を踏まえると、事前の情報収集や専門医への相談が不可欠です。
もしわずかでも不安があるならば、カラーコンタクトレンズのように取り外しができる代替手段も依然として有力な選択肢です。
高度な医療技術は私たちに新しい美の可能性をもたらす一方、未知の副作用や長期リスクと向き合う覚悟を求めるものでもあります。
角膜着色手術は、その恩恵とリスクを天秤にかけ、慎重に選択することが求められる「最新の美容医療」であると言えるでしょう。
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部