男性は女性よりも歯周病になりやすいことで知られています。
これまでは歯磨きの習慣や歯科医院に行く頻度など、生活習慣の違いが主な原因だと考えられてきました。
しかし、アメリカのノースカロライナ大学チャペルヒル校(UNC)の研究チームは、生活習慣だけでは説明できない「体の内部の仕組み」に注目しました。
その結果、男性の歯周病が進みやすい背景には、「IL-1β(インターロイキン1β)」という炎症物質が男性で強く働くことが関係していると分かりました。
この研究成果は、2025年10月27日付の科学誌『Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)』に掲載されています。
目次
- 男性が歯周病になりやすいのは「インターロイキン1β」が多いから!?
- マウスの歯周病モデルにより「雄が歯周病になりやすい」理由が判明
- 新たな歯周病予防・治療に期待!
男性が歯周病になりやすいのは「インターロイキン1β」が多いから!?
歯周病は、歯周組織に細菌が感染して炎症を起こし、進行することで、歯を支える骨が少しずつ溶けていく病気です。
さらに進行すると歯が抜けてしまうこともあります。
そして多くの疫学研究で、男性のほうが女性より歯周病になりやすく、また重症化しやすいことが報告されています。
しかし、それが本当に生活習慣だけの違いなのか、もともとの体質の違いもあるのかは、はっきりしていませんでした。
そこで研究チームは、体内で炎症を強める「IL-1β(インターロイキン1β)」に注目し、その量に男女差があるのかどうかを詳しく調べることにしました。
IL-1βは、免疫細胞が「体に危険がある」と感じたときに出す、炎症を起こすメッセージ物質です。
歯周病だけでなく、脳の炎症や目の病気など、さまざまな病気にも関わっていることが知られています。
研究チームはまず、健康な人から歯周病患者までを含む3つの人の研究データを集め、合計で6200人以上を対象にIL-1βの量を解析しました。
ここでは、歯ぐきから採取した生検組織や、歯と歯ぐきの境目にたまる「歯肉溝滲出液」と呼ばれる液体が調べられました。
歯肉溝滲出液は、歯周病の炎症の強さをよく反映する場所として知られています。
その結果、健康な歯ぐきの人でも、軽い炎症の人でも、中等度から重度の歯周病の人でも、どの段階でも男性のほうが女性よりIL-1βが高いことが分かりました。
重症の歯周病患者だけを取り出して比較しても、この傾向は変わりませんでした。
この結果は、少なくともIL-1βという炎症物質については、男性のほうが強く反応しやすい体質があることを示しています。
つまり、男性はもともと、歯ぐきのまわりでIL-1βが過剰に働きやすい「炎症のスイッチ」を持っている可能性が高いのです。
マウスの歯周病モデルにより「雄が歯周病になりやすい」理由が判明
人のデータから、男性ではIL-1βが高いことが分かりましたが、それだけでは「原因なのか、それとも結果なのか」はまだ断定できません。
そこで研究チームは、マウスを使った歯周病モデルで、IL-1βが本当に病気の重さを決めているのかを確かめることにしました。
このモデルをオスとメスのマウスに作り、歯を支える骨がどれくらい溶けるのかを比べたのです。
すると、ヒトでの観察と同じように、オスのマウスのほうがメスよりも骨が大きく減り、歯周病が重く進行していることが分かりました。
また、歯ぐき周辺のIL-1βの量もオスのほうが高く、炎症細胞も長くとどまり続けていました。
次に研究チームは、IL-1βそのものの遺伝子や、IL-1βを作り出す「インフラマソーム」という炎症のスイッチの遺伝子を、あらかじめ壊したマウスを使って調べました。
すると、オスのマウスでは歯周病による骨の減り方が大きく抑えられましたが、メスのマウスでは骨の状態はほとんど変わらず、場合によっては悪化することもありました。
このことから、オスの歯周病はIL-1βに強く依存して悪化する一方で、メスではIL-1β以外の炎症ルートが病気の進行に関わっている可能性が高いと考えられます。
研究チームはさらに、特定の酵素を阻害する薬剤「VX-765」を用いて、治療の可能性も探りました。
この薬はインフラマソームの働きを弱めることで、IL-1βの活性化を止める作用を持ちます。
このVX-765を歯周病モデルのマウスに投与したところ、オスのマウスでは炎症が弱まり、歯を支える骨の減少もおよそ30%ほど抑えられました。
一方で、メスのマウスではこの薬を投与しても、炎症や骨の減り方に大きな変化は見られませんでした。
また、オスのマウスの精巣をあらかじめ摘出すると、この薬の効果はほとんど消えてしまいました。
逆に、メスのマウスの卵巣を摘出しても、薬の効き方は変わりませんでした。
この結果は、男性特有の生殖系の働きが、IL-1βに依存した炎症ルートと深く関係していることを示しています。
つまり、オスでは「インフラマソームからIL-1βが作動するルート」が歯周病の悪化を引き起こしているのです。
新たな歯周病予防・治療に期待!
今回の研究は、歯周病が男女で同じ仕組みで進むわけではないことをはっきり示した点で、とても重要な意味を持ちます。
男性では、インフラマソームからIL-1βが作動するルートが歯周病の悪化を引き起こしており、その一部には精巣の働きも関わっています。
一方、女性ではIL-1βが主役ではない可能性が高く、今後はこの研究をもとに、女性の歯周病の主なメカニズムも解明できるかもしれません。
そしてIL-1βを抑える薬は、少なくともマウスの実験では「男性型」の歯周病に対して有望な候補といえますが、人間で同じように効くかどうかはこれからの臨床研究で確かめる必要があります。
これまで男性が歯周病になりやすいのは、「歯磨き不足」「通院したがらない」など行動面が主な原因だと考えられていました。
しかし実は「免疫」が関係していました。
もちろん、男性であっても女性であっても、歯周病予防に「正しい歯磨き」や「定期的な歯科検診」が重要であることは変わりません。
参考文献
Men get worse gum disease and tooth decay – and now we know why
https://newatlas.com/health-wellbeing/gum-disease-inflammasome-males/
New study reveals key role of inflammasome in male-biased periodontitis
https://www.eurekalert.org/news-releases/1106128
元論文
Inflammasome targeting for periodontitis prevention is sex dependent
https://doi.org/10.1073/pnas.2507092122
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

