ヒョウの斑点やハコフグの六角模様は、多様でユニークです。
よく観察すると、それぞれの模様が“整っているのに少しズレている”といった自然なゆらぎを持っています。
動物たちの模様がどのようにして生まれ、その美しい不完全さがなぜ現れるのか、長年多くの研究者が挑んできました。
そして今回、アメリカ・コロラド大学ボルダー校(CU Boulder)の研究チームは、生物の模様生成を説明するモデル「反応拡散系」をさらに進化させ、“自然界のゆらぎ”を再現できる新しいモデルを発表しました。
この成果は2025年10月27日付の学術誌『Matter』に掲載されました。
目次
- 動物模様の再現に挑む!従来のモデル「反応拡散系」とは
- 反応拡散系を改良し、「美しく不完全」な動物模様の再現に成功
動物模様の再現に挑む!従来のモデル「反応拡散系」とは
自然界には、整然とした美しさと、絶妙な“不完全さ”を併せ持つ模様があふれています。
シマウマの縞やヒョウの斑点、ハコフグの皮膚の六角模様など、一見すると規則正しく見えますが、よく見ると一本ごとの太さや間隔、斑点や六角形の大きさや形が微妙に違っていることに気づきます。
こうした“美しく不完全な模様”が、どのような仕組みで生まれるのか。
その基本的な理論は、1952年に数学者アラン・チューリングが提唱した「反応拡散系」にさかのぼります。
彼は、「組織が発達するにつれて化学物質が生成され、コーヒーにミルクを一滴落とすとそこから模様が広がるようなプロセスで、体内に拡散されていく」という仮説を立てました。
体内で広がる化学物質の濃度が細胞のふるまいを変化させ、それぞれの場所で色素が生まれたり抑えられたりして、模様が自然に現れるというのです。
この理論は、シマウマの縞や魚の模様など、実際の生き物のパターン形成を説明するのに役立ってきました。
しかし、計算機で反応拡散系をシミュレーションしてみると、ミルクとコーヒーの境目がなくなっていくように、どうしても「模様の輪郭がぼんやりしてしまう」という問題が生じました。
また、「斑点や縞の大きさや間隔が均一になりすぎてしまう」ことも課題でした。
自然界で見られるような、“粒々の質感”や“細かいズレ”“途中で模様が途切れる”といった要素までは、従来のモデルでは再現できなかったのです。
このような限界を乗り越えるため、コロラド大学ボルダー校の研究チームは「自然の模様がなぜ“美しく不完全”なのか」を数理モデルで解き明かすことに挑みました。
反応拡散系を改良し、「美しく不完全」な動物模様の再現に成功
まず研究チームは、2023年に反応拡散系に新しい要素「diffusiophoresis」を加えました。
これは、拡散する粒子が他の粒子を引き寄せる現象を指します。
身近な例でいうと、洗濯で洗剤が洗濯物から水に広がるとき、汚れが布から引き出される原理と同じです。
この効果を加えることで、たとえばオーストラリアのハコフグに見られる六角模様のような「輪郭のシャープな模様」を計算機上で再現できるようになりました。
しかし、ここで新たな課題も見えてきました。
それは、「模様が完璧すぎてしまう」という点です。
六角形がすべて同じサイズや形で、間隔もピッタリ等間隔になってしまい、実際の動物の模様にあるような“自然なばらつき”や“線の途切れ”、“粒々の質感”までは出てこなかったのです。
そこで今回、チームはさらにモデルを進化させました。
新たな改良点は、「細胞(粒子)にそれぞれ違う大きさを与え、個々が重ならない“硬い球”として扱う」ことです。
イメージとしては、大きさがバラバラなピンポン球が細いチューブを流れていくようなものです。
大きい球は小さい球より太い輪郭線を描き、時に球同士が詰まって流れが途切れますが、似たような現象を細胞に生じさせるのです。
実際、細胞同士がぶつかって詰まったり、大きい細胞が集まって太い線や模様を作ったり、小さい細胞が集まって細い線ができたりと、現実の生物の模様にある多様な“ズレ”や“粒状感”が自然に生まれるようになりました。
さらに、細胞の大きさ分布や移動速度、粒子の密度などのパラメータを調節することで、模様の太さやばらつき、粒々感の強さをモデル上で自由に再現できることも示されました。
研究者は「細胞にサイズを与えるだけで、模様の破綻や粒状テクスチャが現れる」と強調しています。
この仕組みの発見は、生物の模様の不思議を解き明かすだけでなく、今後は「周囲の環境に応じて色や模様を変える布や材料」、「指定した場所だけに薬を届ける新しい医療技術」、「自己組織化するソフトロボット」など、幅広い応用のヒントにもなります。
研究者は「私たちは自然の“不完全な美しさ”から着想を得ており、この不完全さを新しい機能に活かしたい」と語っています。
動物の模様が“美しく不完全”である理由は、細胞や粒子の大きさや動きのばらつき、そのちょっとした偶然が重なり合って生まれる自然の奇跡です。
科学は今、その“ゆらぎ”の秘密を、数理モデルで明らかにしつつあります。
参考文献
How animals get their spots, and why they are beautifully imperfect
https://www.colorado.edu/today/2025/10/27/how-animals-get-their-spots-and-why-they-are-beautifully-imperfect
How animals really get their ‘perfectly imperfect’ spots and stripes
https://newatlas.com/biology/animals-spots-and-stripes-simulation/
元論文
Imperfect Turing patterns: Diffusiophoretic assembly of hard spheres via reaction-diffusion instabilities
https://doi.org/10.1016/j.matt.2025.102513
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部
