生後5日の赤ちゃんでも「社会的に協力しよう」とする存在は見抜ける

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性善説や性悪説というものが議論されたりするように、人の社会的価値観がどこで芽生えるのかという疑問は、長年さまざまな研究で興味の対象となっています。

この疑問に対する興味深い報告が、イタリアのカターニア大学(University of Catania)を中心とした国際研究チームから発表されました。

彼らは、生後わずか5日の新生児たちに、他者を「助ける」キャラクターと「邪魔する」キャラクターの動きを見せ、その反応を測定しました。

結果は驚くべきものでした。新生児たちは一貫して「親切な行動」により長く注意を向けていたのです。これは、私たちが生まれつき、親切な行動と不親切な行動を見分けることができ、親切な方により敏感である可能性を示唆しています。

この研究の詳細は、2025年6月に科学雑誌『Nature Communications』に掲載されています。

目次

  • 赤ちゃんはどこまで“社会”を理解しているのか?
  • 赤ちゃんの“目”が映し出す、人間の本質とは?

赤ちゃんはどこまで“社会”を理解しているのか?

人間が「親切」と「意地悪」を見分けられるようになるのは、いつからなのでしょう?

実は、この違いを赤ちゃんが生後数カ月から気づいているらしい、という研究はこれまでもいくつか報告されてきました。

たとえば、生後3カ月の赤ちゃんが困っている人を見て反応したり、生後4カ月で「平等におもちゃを分ける人」と「自分だけ多く取る人」に異なる反応を示したりすることがわかっています。

さらに、生後6カ月から10カ月ごろの赤ちゃんは、「助けてくれるキャラクター」と「妨害するキャラクター」のどちらに手を伸ばすかという選択で、“親切な存在”を好む傾向があることも示されてきました。

これらの研究は、人間がとても早い段階から社会的な行動を見て、それに反応する力を持っている可能性を示しています。

けれど、ひとつ疑問が残ります。

赤ちゃんが“親切な行動”を好むのは、人間の生まれながらの特性を示しているのでしょうか? それとも、数カ月の間に周囲の大人のふるまいや経験を通じて驚くべき速度で学習しているためなのでしょうか?

この違いを見極めるには、「社会的経験がほとんどない状態」で赤ちゃんを観察する必要があります。

つまり、生まれて間もない時期――できるだけ“生まれたて”の赤ちゃんを対象にした研究が必要だったのです。

今回の研究では、まさにその課題に挑戦しました。

研究チームは、イタリア・カターニアにある病院(ARNASガリバルディ病院)で生後わずか5日目の赤ちゃんたちを対象に実験を行いました。

彼らが調べたのは、「赤ちゃんは、他者に対して親切な行動をとるキャラクターと、邪魔をするキャラクターのどちらにより注目するのか?」という点です。

この問いを確かめるために、研究者たちはアニメーション動画を使いました。

実験で用いられたアニメーション/Credit: Geraci et al., Nature Communications (2025)

画面には、丸いキャラクターが坂を登ろうとしている様子が映ります。

ある動画では、別のキャラクターがその登ろうとする動きを助けるように後ろから押してくれます。これは「助ける行動(helping)」です。

別の動画では、登ろうとするキャラクターを上から押し下げてしまいます。これは「妨害する行動(hindering)」です。

赤ちゃんたちは、これら2つの動画を同時に見せられたとき、どちらをより長く見つめるかで比較されました。

この手法は「注視時間(looking time)」と呼ばれ、言葉を話せない乳児が何に関心を持っているかを調べる心理学の基本的な方法です。

研究では合計で3つの実験が行われました。

1つ目の実験では、「近づいていく行動」と「避けて離れていく行動」のどちらに赤ちゃんが注目するかを調べました。

2つ目と3つ目の実験では、前述の「助ける」対「妨害する」行動の比較を行いました。

さらに注目すべきなのは、研究チームが赤ちゃんの反応を正しく測るために、「社会的な動き」と「そうでない動き」を慎重に区別していた点です。

一見すると、どちらも似たような丸いキャラクターが画面上を動くだけのシンプルなアニメーションに見えるかもしれません。

しかし、実はそこには明確な違いがありました。

「社会的な動き」のバージョンでは、登場する2つのキャラクターがどちらも自発的に動いているように見えるように設計されていました。

たとえば、坂を登ろうとするキャラクターAが頑張っても登れずにいるところへ、別のキャラクターBがやってきて、後ろから押して助ける――そんなふうに、“助け合い”や“妨害”のやりとりがあるように感じられる演出が施されていたのです。

一方で「非社会的な動き」のバージョンでは、片方のキャラクターだけが動き、もう一方はまるで物体のようにじっとしていました。この場合、BがAに近づいて押す動きは、単に「物体を押している」ようにしか見えません。助ける・邪魔するといった関係性はそこには感じられないのです。

このようにして、研究者たちは「動きそのものに反応しているのか」「社会的な意味を見ているのか」を厳密に区別できるような条件を整えました。

実験は、すべて赤ちゃんの目の高さに設置されたスクリーンとカメラによって行われ、どちらの動画をどれくらいの時間見つめたかが精密に記録されました。

ではこれらの結果はどうなったのでしょうか?

赤ちゃんの“目”が映し出す、人間の本質とは?

実験の結果は、どのパターンでも一貫していました。

生後わずか5日という超早期の赤ちゃんたちは、「誰かを助ける行動」や「相手に近づこうとする行動」を見せるキャラクターのほうを、明らかに長く見つめていたのです。

逆に、「相手を押し下げる」「避けて遠ざかる」といった不親切な行動には、それほど注意を向けていませんでした。

つまり赤ちゃんの反応は、ただ動きが派手だからといった単純な理由ではなく、“誰かと誰かが関わる”という社会的な意味があるときに限って起きていたのです。

Credit:cana

研究チームは、この現象を「人間の赤ちゃんは、ほとんど何も経験していない段階からすでに、社会的な関係性の質に注意を向けている証拠」だと解釈しています。

言い換えれば、私たちは生まれながらにして、「誰かが誰かに対してどうふるまっているか」を敏感に読み取ろうとする“アンテナ”を持っているのかもしれません。

もちろん、これは赤ちゃんが「道徳的に正しいかどうか」を理解しているという意味ではありません。善悪の判断というよりも、相手が「仲良くしたいのか」「避けたいのか」「助けたいのか」「邪魔したいのか」といった関わり方の意図を読み取る力が、ごく初期から働いていると言えそうです。

こうした力は、おそらく私たち人間が「他人と協力し合って生きる」という社会的な生き物であることと深く関係しています。

協力や信頼がなければ成り立たない人間社会において、誰が味方で、誰がそうでないかを早くから見極められる力は、生存においても大切だったのでしょう。

また、この研究が私たちに教えてくれるのは、「赤ちゃんは、何もわかっていない白紙の存在ではない」ということです。

言葉を話せなくても、自分の手足を自由に動かせなくても、目の前で起きている人間関係をしっかりと観察し、心の中で何かを感じ取っている可能性があるのです。

赤ちゃんがじっとあなたの顔を見ているとき、もしかするとあなたの行動が「優しいかどうか」「人に対してどう接しているか」を、しっかり見て感じ取っているのかもしれません。

そう考えると子供の前での振る舞いは、より慎重にならないといけませんね。

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参考文献

Kindness counts—even to a five-day-old baby
https://www.eurekalert.org/news-releases/1090853

元論文

Human newborns spontaneously attend to prosocial interactions
https://doi.org/10.1038/s41467-025-61517-3

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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