月夜の砂漠に、狼のような遠吠えが響き渡る。
しかしその正体は、私たちがよく知るネズミの仲間です。
体長わずか十数センチの「グラスホッパーマウス(Grasshopper mouse)」は、北米の乾いた大地で暮らしながら、自らの存在を夜の闇に向かって高らかにアピールしています。
彼らは一体どんな生物で、なぜ遠吠えをするのでしょうか?
目次
- 小さな体に秘められた捕食者の本能
- 「遠吠え」は何のため?実際の映像も
小さな体に秘められた捕食者の本能
グラスホッパーマウス(日本語に訳すと、バッタネズミ)は、アメリカ合衆国やメキシコなど北米西部を中心に生息する野生のネズミです。
主に3種が知られており、いずれも体長は10~15センチ、重さはわずか20~50グラムほどしかありません。
一見すると普通のネズミですが、バッタネズミは「昆虫ハンター」とも呼ばれるほど、強烈な肉食性を持っています。
主な獲物はバッタやクモ、サソリ、ムカデなどの節足動物です。
さらに彼らは、自分より小さな哺乳類や他のネズミを襲うこともあり、砂漠の「小さな頂点捕食者」として君臨しています。

特に注目すべきは、サソリやムカデなどの「有毒な獲物」すら恐れずに狩ることです。
例えば、アリゾナバークスコーピオンの毒は人間にも危険なほど強力ですが、バッタネズミは独自の進化によって、この毒による痛みを感じにくくなっています。
これはナトリウムイオンチャネルの特別な変異によるもので、痛みの信号を脳に伝わりにくくする仕組みです。
研究者の間では、このメカニズムが人間の新たな鎮痛薬のヒントになる可能性も期待されています。
また、彼らの前足や爪も特徴的です。
彼らの爪は、滑りやすい獲物をしっかりと押さえ込むための構造が進化しています。
他のネズミと比べても、グラスホッパーマウスは獲物を仕留める際の噛む力が非常に強く、砂漠の中で小動物ハンターとして君臨しているのです。
「遠吠え」は何のため?実際の映像も
グラスホッパーマウスをさらに特別な存在にしているのが、「狼のような遠吠え」を夜の砂漠に響かせることです。
彼らは夜行性で、日が沈むと活発に活動を始めます。
そして狩りや縄張りの主張の際、オスもメスも後ろ足で立ち、鼻を空に向けて甲高い声を上げるのです。
この鳴き声は「howl(遠吠え)」と呼ばれ、9~14ヘルツという非常に高い音域で発せられます。
なんと、その声は100メートル以上離れた場所まで届くこともあります。
この遠吠えは、獲物を仕留める直前や、縄張りをアピールしたいときに発せられることが多いとされています。
実際の映像がこちら。※ 音量に注意してご視聴ください。
その発声メカニズムも注目に値します。
グラスホッパーマウスは、他の齧歯類で見られる「笛のような音」と、人間やオオカミと同様の「組織を振動させる音」の2種類を使い分けています。
特に後者は、空気の流れによって声帯の組織を震わせて音を生み出すため、「まるで小さな狼が鳴いている」ような印象を受けるのです。
この独特な遠吠えは、個体ごとに声の高さや響きが異なり、縄張りや個体識別、社会的なコミュニケーションにも重要な役割を果たしていると考えられています。
グラスホッパーマウスの鳴き声が夜の砂漠に響き渡るとき、その小さな身体からは想像もできない迫力と不思議な存在感が漂うのです。
参考文献
Meet The Only Mouse Known To Howl At The Moon
https://www.iflscience.com/meet-the-only-mouse-known-to-howl-at-the-moon-81008
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部