火星に人類が住む未来。
そこに必要不可欠なのは、新鮮な酸素や食料、資源を生み出す「生命体」の存在です。
そんな夢のような技術に一歩近づく発見が報告されました。
伊ローマ・トルヴェルガタ大学(URTV)の最新研究で、なんと火星の塵をエサに、酸素を作り出す驚異の微生物が実在することが明らかになったのです。
その名前は「クロコッキディオプシス(Chroococcidiopsis)」。
人類の火星移住や月面基地の夢を支えるスーパー微生物となるかもしれません。
研究の詳細は2025年9月6日付で科学雑誌『Acta Astronautica』に掲載されています。
目次
- 砂漠の微生物「クロコッキディオプシス」とは?
- 火星で酸素を作る立役者になれる?
砂漠の微生物「クロコッキディオプシス」とは?
クロコッキディオプシス、長い名前なので、ここでは簡単に通称「クロ」としましょう。
クロは地球の砂漠や極地といった過酷な環境に生息する藍藻(シアノバクテリア)の一種です。
その最大の特徴は、乾燥や強い紫外線、放射線など、ほとんどの生物が生きていけない極限状況でも、しぶとく生き延びる“サバイバル力”にあります。
たとえば、南極やアジア、アメリカなど世界中の砂漠で発見されているクロは、ほとんど水のない状態で長期間にわたり“仮死状態”となり、条件が良くなると再び蘇ります。

さらに岩の割れ目や石の下など、紫外線が届きにくいミニシェルターの中でコロニーを作って生きる知恵も持っています。
クロの生存能力は科学者たちにとっても驚きの連続です。
たとえば、地上の実験室では、人間ならとても耐えられない24,000グレイ(人間の致死量の2,400倍)という超高線量のガンマ線を浴びても生存。
マイナス80度という極寒や、塩分を含む氷の中でも眠るようにして生き延びることができます。
この「とことんタフな生物」の正体こそ、宇宙や火星のような未知の環境で“生命が生き延びられるかどうか”を知るための重要なモデル生物となった理由です。
火星で酸素を作る立役者になれる?

クロの本領が発揮されたのは、実際の宇宙実験でした。
ESA(欧州宇宙機関)が主導した国際宇宙ステーション(ISS)での「BIOMEX」「BOSS」などの実験では、クロは乾燥状態で約1年半、宇宙の放射線や真空、火星に近い強い紫外線に晒されました。
その結果、クロは岩や砂(レゴリス)など薄いシェルターに守られれば、高エネルギーの紫外線さえも跳ね返し、多くの細胞が生き残りました。
さらに驚くべきは、実験後に地球に戻して水を与えると、クロの細胞はDNAの損傷を自分で修復し、元のように活動を再開したことです。
しかも次の世代にも突然変異など悪影響は見られませんでした。
また、クロは月や火星の模擬土壌でも成長でき、光合成によって「土壌に含まれるミネラルと太陽光」から酸素を生み出すことも確認されています。
これは火星や月で“現地の資源だけ”を使って、酸素や食料、バイオマスを作る「現地資源利用」の大本命技術です。
さらにクロは、火星土壌に多い有害な過塩素酸塩にも耐性を持ち、DNA修復遺伝子を活性化することで、細胞を守ることもできます。
赤外線で光合成できる特殊な株も見つかっており、赤外線しか届かない系外惑星や氷衛星での生命存在のモデルとしても注目されています。
現在、クロを使った宇宙計画が進行中で、乾燥状態のクロを宇宙に送り、必要なときに水を与えて“目覚めさせる”ことで、宇宙基地の「酸素工場」や「バイオマス工場」として活用する研究が進められています。
クロは、これまで人類が想像してきた「生きられそうにない場所」でも、したたかに生き抜き、再びよみがえることができる存在です。
もしも将来、人類が火星や月、さらには系外惑星に進出する時代が訪れたら、そこにはクロが環境づくりの立役者として働いているかもしれません。
参考文献
Microbe That Can Eat Mars Dust And Make Oxygen Could Be a Great Space Pet
https://www.sciencealert.com/microbe-that-can-eat-mars-dust-and-make-oxygen-could-be-a-great-space-pet
元論文
Desert Cyanobacteria under Non-Earth Conditions: Implications for Astrobiology and Sustainable Life Support
https://doi.org/10.1016/j.actaastro.2025.09.022
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部