日本には、雨の日だけその姿を劇的に変える不思議な花が存在します。
山深い森に咲く「サンカヨウ(山荷葉、学名:Diphylleia grayi )」は、普段は白い花びらが、雨や朝露に濡れることでガラス細工のような透明な花へと変身します。
今回は、そんなサンカヨウの不思議なメカニズムと、現代科学が注目する理由をわかりやすく解説します。
目次
- スケルトンフラワー「サンカヨウ」の透明化の仕組み
- 科学者たちは「サンカヨウの秘密」に注目している
スケルトンフラワー「サンカヨウ」の透明化の仕組み
サンカヨウ(学名:Diphylleia grayi)は、日本の本州中部以北や北海道、中国、ロシア・サハリン島の冷涼な深山の湿地に自生する多年草です。
高さは30〜70cmほど。
5月から7月にかけて、直径2cmほどの白い6弁花を茎先に3〜10個ほど咲かせます。
夏にはコバルトブルーの実もつけます。
最大の特徴は、花びらが濡れると透明になる現象です。
普段は純白の花ですが、雨やたっぷりの露でしっかりと濡れると、まるでガラス細工のように透けて見えるのです。
この現象は「スケルトンフラワー」とも呼ばれ、SNSなどでも話題を集めています。
では、なぜ花びらが濡れると透明になるのでしょうか?
その理由は「色素」ではなく、花びらの「構造」にあります。
サンカヨウの花びらには微細な空気の隙間がたくさんあり、乾いているときはこの隙間で光がバラバラに乱反射し、白く見えます。
これは雪やすりガラスが白く見えるのと同じ原理です。
一方、雨などで濡れると空気の隙間が水で満たされます。
水と花びらの組織は“光の曲がりやすさ(屈折率)”がほぼ同じなので、光が乱反射せず、まっすぐ通り抜けるようになります。
その結果、花びらは透明に見えるようになります。
また、このメカニズムから理解できるとおり、乾けば再び空気の隙間ができ、白い花へと元に戻ります。
すりガラスが濡れると透けるのと同じ現象が、自然の花で何度も繰り返されているというのは、興味深いことです。
ちなみに、サンカヨウの透明な花が見られるのは、花期の終盤やしっかり濡れたタイミングが多いと言われ、まさに“儚い美しさ”を体現しています。
そしてその美しさと不思議なメカニズムは、多くの科学者たちの関心を集めてきました。
科学者たちは「サンカヨウの秘密」に注目している
サンカヨウがなぜこのような性質を持っているのか、実は明確な理由はわかっていません。
「雨の日でも目立つことで虫を引き寄せるため」という説や、「花びらの構造上の偶然」とする説などがあります。
いずれにしても、こうした透明化を見せる花は世界でもごくわずかで、サンカヨウはその代表格です。
この可逆的な透明化現象は、科学者たちからも高い関心を集めてきました。
1960年代、日本の植物学者がサンカヨウから抽出した成分を動物実験で調べたところ、強い抗腫瘍作用を示すことが分かりました。
これは医薬品であるポドフィリンやコルヒチンに似た性質を持ち、それらよりも強力だったとされています。
サンカヨウは新しい医薬品の材料源になり得る可能性が示されたのです。
ただし、その後の研究は限られており、今も多くが未解明です。
一方で、サンカヨウの「濡れると透明になる」仕組みは、材料科学やエンジニアリング分野でも応用が始まっています。
たとえば、花びらの構造を模倣したシリコン樹脂フィルムを作ると、乾燥時は白く濁り、濡れると透明になる「ハイドロクロミックフィルム」が実現できます。
これは湿度や水分に応じて自動で透明度を切り替える“スマートウィンドウ”の技術開発につながっています。
「建物の窓ガラスが天候に合わせて省エネで光や熱を調整できる」という技術なのです。
さらに、2025年には中国の研究チームがこの原理を応用し、従来の30倍も高感度で癌マーカーを検出できる新たな診断法を開発しています。
サンカヨウの“透明化”が最先端の医療にも役立つ日が来るかもしれません。
サンカヨウは現在、日本などの一部の地域でしか自生しておらず、成長や繁殖もゆっくりで環境変化に弱い植物です。
IUCN(国際自然保護連合)では未評価ですが、今後の保全や生態調査が重要とされています。
サンカヨウは、雨の日だけ見せる“もうひとつの顔”を持つ、自然界のミステリーです。
「一瞬の儚さの中に、未来の医療や素材開発へのヒントが隠れている」
そんなサンカヨウの秘密に、これからも科学者たちの探究は続くことでしょう。
参考文献
The “Skeleton flower” turns translucent when it comes in contact with water
https://www.zmescience.com/science/biology/skeleton-flower-rep/
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部