1億年以上も昔、地球は現在とはまったく違う姿をしていました。
大陸は別の配置にあり、気温は高く、空気の成分も今とは異なっていたはずです。
しかし、そんな「恐竜時代の空気」を実際に復元することは、これまで誰にもできませんでした。
ところが今回、独ゲオルク・アウグスト大学ゲッティンゲン(GAUG)の研究チームが恐竜の歯の化石を使って、当時の大気中の二酸化炭素(CO₂)濃度を復元することに成功しました。
さて、今日の地球の空気とは、どのように違っていたのでしょうか?
研究の詳細は2025年8月4日付で科学雑誌『PNAS』に掲載されています。
目次
- 恐竜の歯に刻まれた「空気の記憶」
- 現代と恐竜時代の空気の違い
恐竜の歯に刻まれた「空気の記憶」
研究チームが注目したのは、恐竜の歯のエナメル質に残された“酸素の痕跡”でした。
私たちが普段吸っている空気には酸素が含まれていますが、実はその酸素には種類があります。
質量の異なる「酸素16」「酸素17」「酸素18」といった“同位体”と呼ばれるバリエーションです。
そして空気中のこれらの酸素のバランスは、環境によって微妙に変化します。
たとえば火山活動が活発な時期は、空気中のCO₂濃度が急に上がり、酸素の同位体バランスにも変化が生じます。
動物がその空気を吸って生きていた場合、その変化が体内に取り込まれ、歯や骨にわずかに記録されるのです。

研究チームは、この“酸素17の異常値”に注目しました。
現代の動物で検証を行い、この値が当時の大気中のCO₂濃度を反映していることを確認したうえで、恐竜の歯の化石へと応用しました。
測定には、ヨーロッパ各地の博物館に収蔵されていたティラノサウルス・レックスや草食恐竜カアテドクスなどの歯の標本を使用。
すでに他の目的で採取されていたエナメル質の粉末を用い、酸素同位体の比率を精密に測定しました。
その結果、恐竜が生きていたジュラ紀や白亜紀には、地球の大気中のCO₂濃度が現在よりもはるかに高かったことが明らかになったのです。
現代と恐竜時代の空気の違い
測定の結果、約1億5000万年前のジュラ紀後期にはCO₂濃度がおよそ1200ppm、その後の白亜紀後期でも約750ppmに達していたと推定されました。
これに対して、現在の大気中CO₂濃度は約430ppmです。
つまり、恐竜たちは私たちの2〜3倍以上も濃い二酸化炭素の中で生きていたことになります。
気温が高く、植物の成長も旺盛で、地球全体が温室のような環境だったと考えられます。
さらに興味深いのは、個体ごとの歯の違いから「短期間のCO₂急増」が読み取れた点です。
特にティラノサウルスと竜脚類の歯の中に見られた酸素17の異常値は、同時代の他の恐竜よりも際立って高かったのです。
これは個体が生きていたまさにその時期に、空気中のCO₂濃度が急激に上昇していたことを示しており、大規模な火山活動が原因であった可能性が高いと考えられています。
実際、この時代には巨大な噴火イベントが何度も起きていたことが地質記録から知られています。
つまり、恐竜の歯は「地球の息づかい」を記録していたのです。

今回の研究は、恐竜時代の空気を「直接復元」することに初めて成功した画期的な成果です。
しかも、歯という硬い組織が1億年以上も酸素の痕跡を残していたことは、科学的にも驚くべき事実です。
今後、チームはさらに古い時代─約2億5200万年前に起きた「ペルム紀末の大量絶滅」の時期にも同じ手法を適用しようとしています。
この大絶滅は、火山活動によって地球が長期にわたって灼熱の空気に包まれたことが原因とされており、当時の大気の構成を再現することで、絶滅の真相に迫れるかもしれません。
参考文献
Prehistoric Air Has Been Reconstructed From Dinosaur Teeth in an Amazing First
https://www.sciencealert.com/prehistoric-air-has-been-reconstructed-from-dinosaur-teeth-in-an-amazing-first
元論文
Mesozoic atmospheric CO2 concentrations reconstructed from dinosaur tooth enamel
https://doi.org/10.1073/pnas.2504324122
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部