月経を再現する試「ミニ子宮」を作成することに成功!

生物学

女性の子宮内膜は毎月一度、傷跡ひとつ残さず再生されるという、人体の中でも特に驚くべき仕組みを持っています。

この仕組みを詳しく理解するため、スイスのフリードリヒ・ミーシャー研究所(FMI)で行われた研究によって、子宮内膜の再生を模倣するミニチュアの臓器モデル(オルガノイド)の開発に成功しました。

研究では試験管内部での子宮内膜の「成長→月経→再生」の一連の流れを再現できていることが示されています。

この発見は、月経に関連するさまざまな疾患や症状の原因解明や治療法開発につながる重要な手がかりになると期待されています。

果たしてこの研究は、月経が抱える謎を解く大きな一歩となるのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年7月7日に『bioRxiv』にて発表されました。

目次

  • 実は「ヒトの月経」は極めて珍しい現象
  • 月経の奇跡を実験室で再現
  • 月経を模倣するヒトオルガノイドが開く治療への道

実は「ヒトの月経」は極めて珍しい現象

月経を再現する試「ミニ子宮」を作成することに成功!
月経を再現する試「ミニ子宮」を作成することに成功! / 子宮内膜に似た細胞塊が培養地の中にある様子/Credit: Juan Gnecco, Linda G. Griffith

人体には、驚くべき再生が行われている場所があります。

それが子宮です。

子宮の内側は、普段は赤ちゃんを育てるための準備を整える場所として、柔らかく厚いベッドのように整えられます。

妊娠が起きなかった場合、このベッドの大部分は使われずに、経血として体の外へ排出されます。

これが毎月起きる生理の正体です。

コラム:実は「月経」は生物学的にみて珍しい現象

動物界を広く見渡すと、多くの哺乳類は、妊娠が成立しなかった場合でも子宮内膜を出血させることなく、体内に吸収して再利用しています。一部の霊長類や、特定のコウモリ、ゾウジネズミ(エレファント・シュルー)といった一握りの種だけが、子宮内膜を毎周期ごとに出血とともに体外に排出します。つまり、月経は生物学的にはむしろ「特殊な現象」であり、ヒトが体験する出血量や周期的な規則性は、動物全体で見ると例外的な部類に入るのです。

では、なぜヒトはこのように特異な月経を経験するのでしょうか。さまざまな説がありますが、特に有力なもののひとつが「子宮の選択(choosy uterus)」という考え方です。この説では、子宮が受精卵の質を見極めるために、毎月準備している内膜を一旦リセットする仕組みとして月経があるとされています。言い換えれば、子宮内膜をあらかじめ厚くしておき、質の悪い胚や着床が難しい胚を早期に排除して、より健康な子孫を残すための仕組みというわけです。また、周期的に内膜を作り直すことによって、受精卵が着床したときに最も健康的で最適な環境を提供できるという利点もあるでしょう。また月経を伴うことで子宮内膜が常に若返り、着床や妊娠にとって最も適した状態に維持されるという、生殖上の重要な意義があるのかもしれません。

実は子宮内膜は、二層構造でできています。

ひとつは、周期的に厚くなってはがれ落ちる「機能層」と呼ばれる部分です。

もうひとつは、はがれずにずっと残る、薄いけれど大切な「基底層」という部分です。

月経の際には機能層がはがれて失われますが、基底層はそのまま残ります。

この基底層を土台にして、新しい内膜が傷跡ひとつ残さず毎月再生されるのです。

家の壁紙にたとえると、毎月壁紙の表面が大きくはがれてしまうのに、翌月には跡形もなく新しい壁紙が貼り直されるようなものです。

この驚異的な修復プロセスは、女性が生涯に約400回も経験するとも言われています。

私たちの体には、傷ついたときに修復される組織はいろいろありますが、これほど大きな範囲が毎月、短期間で再生する例はほとんどありません。

普通の皮膚がもし毎月同じように大きく剥がれてしまったら、おそらく何度も傷跡が重なり、きれいには戻りません。

しかし、子宮内膜にはそうした傷跡が一切残らない特別な再生能力があります。

まさに体の中に隠れた小さな奇跡のようなものです。

しかし、この特別な再生の仕組みは、まだ十分には解明されていません。

不思議なことに、人間以外のほとんどの哺乳類では、妊娠しなかったときに子宮内膜は静かに体内に吸収されます。

つまり、わざわざ経血として体外に流し出すという仕組みは、生物としても非常に珍しい現象なのです。

なぜヒトだけがこのような複雑で大変な仕組みを毎月行うのか、その理由はまだ科学的に解き明かされていません。

さらに、人によって生理が重くなったり痛みが強くなったりする理由も、まだはっきりとは分かっていないのが現状です。

その大きな理由の一つには、これまで女性特有の健康問題に関する科学的な研究が十分に行われてこなかったことがあります。

生理について語ることが社会的なタブーだったり、女性の健康に関する研究への投資が少なかったりしたため、なかなか理解が進みませんでした。

そしてもう一つの研究上の大きな壁は、この子宮内膜の再生現象が、生きている人間の体の内部でしか起こらないことです。

当然、生きた人間の体から毎月その再生を起こしている瞬間を直接観察することは非常に困難です。

こうした事情から、研究者たちには子宮内膜が再生する瞬間を目の前で確認できるモデルや実験方法がずっとありませんでした。

このように、子宮内膜再生の仕組みは長い間謎に包まれてきました。

それでは一体、どうしたらこの謎を解き明かすことができるのでしょうか?

月経の奇跡を実験室で再現

月経を再現する試「ミニ子宮」を作成することに成功!
月経を再現する試「ミニ子宮」を作成することに成功! / 研究チームは、女性の子宮内膜の細胞から作った「ミニ臓器(オルガノイド)」を試験管の中で育て、月経の周期を再現しました。最初にエストロゲンとプロゲステロンという女性ホルモンを使い、子宮内膜が厚くなる過程を真似します。次に、そのホルモンを急に取り除くことで月経を模倣します。すると、実際の月経のように内膜が崩壊します。その後、細胞は再び成長を始め、もとのオルガノイドの形を回復しました。Credit:An organoid model of the menstrual cycle reveals the role of the luminal epithelium in regeneration of the human endometrium

今回の研究では、子宮内膜が再生する仕組みを詳しく観察するために、科学者たちはミニチュアの子宮のような人工培養臓器「オルガノイド」を使いました。

この「ミニチュア子宮」は、単に細胞を育てただけではなく、実際の人の体内で起きている月経の再生サイクルを試験管の中で繰り返し再現する仕組みになっています。

実験では、まず子宮内膜オルガノイドを女性ホルモンで成熟させたあと、ホルモンを急に取り除いて月経が始まる状態をつくりました。

すると実際の月経のように子宮内膜が崩壊していきます。

次に研究者たちは崩壊していく内膜をピペットで注意深く引きはがし細分化して新しい培養地の上にセットしました。

すると断片化した内膜の細胞たちは再び自分たちで集まって新しい内膜に相当する構造をつくり出しました。

この一連の手順を使うと、試験管の中で「成長→崩壊→再生」という月経サイクルを何度も繰り返して再現できることが示されました(IVMCモデル)。

つまり、この方法で「試験管の中で月経のメインとなる子宮内膜の崩壊と再生を何度も再現できる」ようになったのです(IVMCモデル)。

この実験は、生きた人間の体では絶対にできないことを可能にした画期的な方法だと研究者たちは述べています。

これまで子宮の再生過程は実際に観察することが難しかったため、今回のモデルによって、初めて子宮内膜が再生する最初の段階を詳しく観察できるようになりました。

このオルガノイドモデルの精度は高く、実際の人間の子宮内膜とよく似た遺伝子の活動パターンが確認されました。

つまり、試験管の中の細胞は、本物の人間の子宮内膜細胞とほぼ同じような遺伝子活動をしていたのです。

特に注目されたのが、細胞が時間と共に三段階の遺伝子活動パターンを示したことです。

最初は「傷ができた」とストレスに反応する遺伝子が働き始めます。

次に「傷を修復するぞ」という遺伝子が動き出し、再生準備を整えます。

そして約24時間が経つと、今度は細胞が積極的に増殖を始め、新しい組織を作り始めるのです。

研究チームは、この三段階の動きを、まるで戦場に次々と駆けつける救援隊のように例えて説明しています。

さらに、細胞がこのような再生の合図として特に重視している遺伝子が「WNT7A(ウィント・セブン・エー)」と呼ばれるものでした。

この遺伝子は子宮内膜の表面(ルミナル上皮)で働き、月経後の再生時に一時的に活発になります。

実験によって、オルガノイド内で細胞を砕いた後24時間後にWNT7Aの活動がピークになり、その後落ち着くことが分かりました。

また、この遺伝子をわざと働かないようにしたオルガノイドを作ると、何度か増やすだけでそれ以上は再生できなくなりました。

つまり、WNT7Aは子宮内膜が再生するために必要不可欠な「合図」を出す役割を持つシグナル分子であることが示唆されたのです。

そしてもう一つの重要な発見は、再生が「子宮内膜の表面の細胞」から始まる可能性があるということでした。

従来、再生は子宮内膜の奥にある「基底層」の幹細胞から起こると考えられていましたが、今回の実験では、表層の細胞(ルミナル上皮)が再生の初期に非常に重要な役割を果たしていることが示されました。

細胞を砕いた後、表面の細胞がまず増え始め、WNT7Aの活動を活発化し、再生が進みやすくなる環境を作っている様子が観察されたのです。

つまり、再生の中心人物だと信じられていた細胞ではなく、それまであまり注目されていなかった表面の細胞こそが、再生の主役として重要な働きをしている可能性があるのです。

これは子宮内膜再生のメカニズムを再検討するための新しい重要な発見だといえます。

さらに、この表面の細胞たちは周囲の血管や免疫細胞を動員するための合図も出していました。

特にIL-8(インターロイキン8)という物質を多く放出しており、このIL-8は免疫細胞を呼び寄せたり、新しい血管を作る働きをします。

実際にオルガノイドの中でも、細胞を砕いた後にIL-8が増えることが確認されました。

さらに、表面細胞自体もIL-8を受け取るための受容体を持っていたことから、細胞自身が出した再生の合図を自分自身も受け取り、細胞同士が協力し合いながら組織を再生している可能性が示されました。

今回の研究は、このように複雑で精巧な再生の仕組みを初めて実験室で再現し、そのメカニズムを詳しく観察できるようにしたことが大きな成果です。

この成果は、将来的に女性特有の病気の治療法や原因の解明にもつながる可能性があります。

月経を模倣するヒトオルガノイドが開く治療への道

月経を再現する試「ミニ子宮」を作成することに成功!
月経を再現する試「ミニ子宮」を作成することに成功! / Credit:Canva

今回の研究によって子宮の再生を実験室でじっくり解析する手法が得られました。

この成果の中でも特に注目すべきは、子宮内膜が再生するとき、これまで注目されてこなかった「表面の細胞(ルミナル上皮)」が大きな役割を果たしている可能性が見えてきた点です。

これまでの研究では、再生の主役は内膜の奥にある基底層の幹細胞と考えられていました。

しかし今回の発見は、「目立たない存在」だった表層の細胞が実は再生をリードしているかもしれない、という全く新しい見方を提示しました。

これは舞台の主役が、ずっと裏方にいたという意外な真実が明らかになったとも言えます。

こうした新しい視点は、子宮内膜の再生や月経に関わるさまざまな症状の理解に役立つ可能性があります。

現代の医学でも、子宮内膜症や不妊症、月経困難症などの治療は難しく、多くの人が悩んでいます。

もし今回わかった再生の仕組みがさらに解明されれば、こうした病気の原因解明や、新しい治療法・薬の開発につながるかもしれません。

実際、研究チームはこのオルガノイドを使い、今後さらに病気の原因究明や新薬候補の発見につなげていくことを目指しています。

ただし、この成果をそのまま現実に当てはめる前に注意が必要です。

現在のオルガノイドモデルは、子宮内膜の上皮細胞のみで作られています。

本物の子宮内膜には、上皮細胞だけでなく間質細胞や血管、免疫細胞など様々な細胞が含まれますが、今回の研究ではこれらは再現されていません。

それでも、今回の研究によって、これまで解き明かせなかった子宮再生のメカニズムに迫る新しい実験手法が生まれました。

この「ミニチュア子宮」を活用した研究が今後さらに進めば、月経という不思議な再生力の秘密が少しずつ明らかになっていくでしょう。

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元論文

An organoid model of the menstrual cycle reveals the role of the luminal epithelium in regeneration of the human endometrium
https://doi.org/10.1101/2025.07.03.663000

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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