宇宙探査の歴史に、またひとつ驚きの発見が加わりました。
中国の月探査機「嫦娥6号(じょうが6ごう」が月の裏側から持ち帰ったサンプルを分析した結果、これまで月面では一度も見つかったことのない物質が発見されたのです。
その正体は「水」を豊富に含む極めて脆(もろ)い隕石由来の物質。
地球上では滅多に残らないこの希少な物質が、なぜ月面で見つかったのでしょうか?
研究の詳細は2025年10月20日付で科学雑誌『PNAS』に掲載されています。
目次
- 月の裏側サンプルに潜んでいた「水の運び屋」
- なぜ月面で「水を含む隕石」が残ったのか
月の裏側サンプルに潜んでいた「水の運び屋」
中国国家航天局(CNSA)の嫦娥6号が世界で初めて、月の裏側に位置する南極エイトケン盆地内の「アポロ・ベイスン」と呼ばれるクレーターからサンプルを持ち帰りました。
この地域は月面の約4分の1を覆う巨大な盆地で、太古の衝突の痕跡が集中しています。
回収されたサンプルには5000個以上の微小な破片が含まれており、研究者たちはこれらを一つひとつ分析。
特に着目したのは「カンラン石(オリビン)」と呼ばれる鉱物です。
オリビンは火山岩や隕石に多く含まれるため、衝突の痕跡や外来物質の証拠としても重要な手がかりとなります。
そして今回、月面サンプルから発見されたのは「CIコンドライト(イヴナ型炭素質隕石)」と呼ばれる炭素質隕石由来の微小な塵。
このCIコンドライトは、地球上で発見される隕石の1%未満という超レアな存在です。
特徴はとにかく「壊れやすい」こと。
スポンジのように多孔質で、全体重量の最大20%が水和鉱物として結びついた、いわば「水分の豊富な石」なのです。
地球では、大気圏に突入した時点でほとんどが崩れ去ってしまうため、まず残ることがありません。
それがなぜ、空気もない月面で保存されていたのでしょうか?
なぜ月面で「水を含む隕石」が残ったのか
中国科学院(CAS)の研究チームは、サンプルからオリビンを含む複数の破片を樹脂で固め、電子顕微鏡や質量分析装置で徹底的に調査。
その結果、7個の破片が「地球産」でも「月産」でもなく、CIコンドライト型隕石の化学組成と完全に一致していることが判明しました。
これらの破片は、ガラス状の基質の中にオリビン結晶が埋め込まれた独特の構造を持っており、激しい衝突で一度溶けてから急冷された痕跡を残しています。
特に鉄・マンガン比や酸素同位体比などが、月や地球の物質とは明らかに異なっていたのです。
ここで最大の謎は「どうして月面でだけ、これほど壊れやすい物質が保存されたのか?」という点です。
月には大気がないため、隕石は燃え尽きることなく、直接表面に衝突します。
しかし、その衝突速度は秒速20キロ以上に達することも多く、本来なら蒸発したり、粉々になって宇宙へ飛び散るはずです。
それでもごく一部は、運良く溶融後に急冷・固化し、ガラスとともに内部に「水の痕跡」をとどめたまま、数十億年の時を経て保存されたと考えられます。
今回の分析では、月に残る隕石の3割近くがこのCIコンドライト由来の可能性があるという結果も示唆されました。
この物質は、太古の地球や月に「水」や揮発性成分をもたらした「運び屋」として、長く仮説が唱えられてきたものです。
つまり、月面の塵が、地球と月の水の起源をひもとく「タイムカプセル」になっていたというわけです。
参考文献
China Brought Something Unexpected Back From The Far Side of The Moon
https://www.sciencealert.com/china-brought-something-unexpected-back-from-the-far-side-of-the-moon
元論文
Impactor relics of CI-like chondrites in Chang’e-6 lunar samples
https://doi.org/10.1073/pnas.2501614122
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部