小学生のころ、友達と夢中になっていたゲーム機は何でしたか?
ファミコンのコントローラーを握りしめていた人もいれば、スーパーファミコンやゲームボーイ、あるいは初代プレイステーションに没頭していたという人もいるでしょう。
イギリスのオックスフォード大学(University of Oxford)で行われた研究により、懐かしいあのドット絵やBGMをいま改めて楽しむ“レトロゲーミング”が、実は私たちの心にとって特別な意味をもつ可能性があるという研究結果が発表されました。
しかも、その“特別”が最大になるのは、どうやら「10歳のときに遊んだゲーム機」のようなのです。
一体なぜ、10歳前後の思い出がこれほどまでに強い魅力を放つのでしょうか?
研究内容の詳細は『PsyArXiv』にて発表されました。
目次
- 「ファミコンから64まで──ノスタルジーはどこで生まれる?
- 10歳で遊んだゲームこそが“究極のレトロ”だった
- なぜ10歳の頃にしたゲームが「懐かしさ」をもたらすのか?
「ファミコンから64まで──ノスタルジーはどこで生まれる?

昔、あなたが一番ワクワクしたゲーム機は何でしょうか。
家のテレビとケーブルをつないで家族や友達と一緒に遊んだファミコンかもしれませんし、学校の休み時間にポケットからこっそり取り出して遊んだゲームボーイかもしれません。
あるいはスーパーファミコンや初代プレイステーションの「画面がすごくきれいに見えた!」という衝撃を、いまも鮮明に覚えている人もいるでしょう。
こうした思い出は、まるで匂いのように、ふとしたきっかけで一気に蘇ってきます。
ボタンの配置やBGMのメロディ、友達と競い合ったときの興奮――ゲームはときに、人の記憶を一瞬にして「当時の空気感」へと連れ戻す不思議な力を持っています。
実は心理学やメディア研究の分野でも、音楽や映画と同じように「ビデオゲームによるノスタルジー」が人の気分を高めたり、人間関係をやわらかくしてくれるかもしれないという説がたびたび提案されてきました。
いわゆる“懐かしのドット絵”や当時の操作感を再現するレトロゲームを遊ぶことが、まるで“思い出のタイムマシン”に乗って過去の自分に会いに行くような感覚をもたらすのではないか、と。
一方で、ゲームは他のメディアに比べても操作や画面の臨場感が強く、体験としてより深く体にしみついている場合があります。
「気づいたら子どもの頃のゲームを延々とやっていた」「古いはずなのに遊ぶたびにワクワクする」など、多くの人がなんとなく感じてきた“記憶とゲームの強い結びつき”は、もしかしたらデータで説明できるかもしれません。
歴史を振り返ると、1983年のいわゆる“ゲーム産業の危機”をきっかけに、一度盛り下がりかけたビデオゲーム市場がファミコンの大ヒットで再起し、以降、次々と登場する新ハードが「今度はこんなに画面が綺麗!」「オンライン対戦ができる!」と私たちを驚かせてきました。
しかし、どんなに新しくリアルな映像を実現しても、当時触れた“思い入れのあるゲーム機”へこそ強い愛着を感じる人は多いようです。
もともと10代や20代前半に聴いた音楽や観た映画を一生忘れられない、という現象は研究界隈では「リミニッセンスバンプ」と呼ばれています。
ですがゲームの場合はコントローラの持ちやすさやキャラクターを操作する手ごたえ、ときには家族や友達との会話までセットになって記憶が封じ込められているので、より強いノスタルジーを引き出すのではないかという見解があるのです。
さらに興味深いのは、「自分が現役で遊んでいた時代のゲーム機」だけを懐かしむとは限らないという点です。
たとえば、平成生まれのはずなのに初代ファミコンよりもさらに古いハードをわざわざ探し出して遊んでいる人もいたりします。
彼らが惹かれるのは、いわゆる“個人的な思い出”だけではなく、「当時に生まれていなくても感じる昔の文化や歴史への憧れ」としての“歴史的ノスタルジー”ではないかとも言われています。
しかし、こうした話題はこれまでもファンコミュニティで熱く語られてきたものの、実際のプレイデータを大量に集めて年齢やライフスタイルなどと関連づけて解析した事例はあまりありませんでした。
そこで今回、研究者たちは任天堂の最新ハードであるNintendo Switchで遊ばれた過去の名作ライブラリ――俗にいう“レトロコンソール”群――のプレイログを入手し、どんな世代のプレイヤーが、いつ頃のゲーム機を、どれくらいの頻度で楽しんでいるのかを詳細に調べることにしました。
プレイログには、どのゲームを何時間遊んだのか、携帯モードで遊んだのかテレビにつないで遊んだのかなど、けっこう細かいデータが含まれています。
さらにアンケート調査を組み合わせることで、レトロゲームへの“熱中度”と日常の幸福感や懐かしさとの関係を分析できるというわけです。
いったい、どの年代の人がどんなレトロゲーム機に夢中になり、それがどのように心に影響しているのでしょうか。
10歳で遊んだゲームこそが“究極のレトロ”だった

今回の研究では、まず任天堂の「Nintendo Switch」で遊ばれた“レトロコンソール”向けゲームの詳細なプレイログを収集し、それを参加者のアンケートデータと結びつけて分析しました。
レトロコンソールとは、たとえばファミコンやスーパーファミコン、NINTENDO64といった過去の名機を仮想的に再現するSwitchのサービスのことで、参加者がどれくらいの時間・頻度で遊んでいるかをかなり正確に記録できます。
このログデータには「どのゲームを何時何分から何時何分まで遊んだか」「携帯モードか、テレビモードか」などが含まれており、研究チームはそれをもとに「いつ、どれだけ、どんなプレイ環境で」レトロゲームに熱中しているのかを詳しく調べました。
ユニークなのは、このログと同時に「ゲームをするときの満足感や日常の幸福度」を問うアンケートも行った点です。
普通、ゲーム研究では自己申告のみ(「だいたい週に○時間くらいプレイしています」といった曖昧な回答)で進められることが多いのですが、本研究ではプレイした正確な時間がデータで残っているため、「実際の遊び方」と「本人の感じているメンタル面や行動特性」とを高い精度で関連づけられます。
いわば、「何をどのくらい遊んだか」と「その後や日常生活での心の動き」を一体化して見られるわけです。
こうして集まったのが、660名分・合計およそ12,000時間もの“レトロゲームプレイ”の足跡でした。
研究チームが分析したところ、まずわかったのは「レトロゲームの比重が大きいほどプレイヤーの年齢も高めになる」という傾向。
すると30代後半〜40歳にかけて、古いゲームに費やす時間がぐっと増える傾向が見られたそうです。
さらに面白いのが、「プレイヤーが10歳前後だったころ人気だったハード」に特に戻る率が高いという点でした。
たとえば10歳のころにスーパーファミコンをしていた人々はスーパーファミコンのタイトルをよく遊んでおり、NINTENDO64世代なら64の名作に没頭している――というように、それぞれの“黄金体験”の記憶へ自然と引き寄せられているかのようでした。
一方で、生まれる前にすでに終売していたゲーム機を楽しむ人たちも一定数いて、これらは「歴史的ノスタルジー」(自分の経験にはない時代への憧れ)によるものかもしれないと示唆しています。
なお、プレイスタイルにも興味深い差が見られました。
例としては、昔から携帯ゲーム機だったゲームボーイ系のタイトルは、Switchでも携帯モードで遊ばれる率が高いという点です。
つまり、当時の持ち歩いて遊んだ感覚を再現するかのように“手元プレイ”を好む人が多いというわけです。
これは、ゲームの体験が視覚・聴覚だけでなくコントローラーの配置や持ち心地など多感覚的なノスタルジーと結びついている可能性を示しています。
そしてアンケートによる「幸福感」や「心のつながり感」との比較では、レトロゲームをよく遊ぶ人とあまり遊ばない人で、長期的な幸福度に大きな差は見られなかったとのこと。
一方で、短期的には気分が高まったり、人によっては思い出の中の友人や家族との結びつきを強く感じることもあるかもしれないといった示唆が得られています。
つまり、“レトロゲームをやれば人生が劇的にハッピーになる”というわけではないものの、特定の状況や一時的な感情の上昇には寄与しそうだ、というわけです。
なぜこの研究が革新的なのか?
従来のゲーム研究やノスタルジア研究では、「どんな世代が、いつのゲームを、どういう気持ちで遊んでいるか」を細かくデータで追跡するのは非常に難しいとされてきました。
自己申告に頼るとプレイ時間や昔の記憶は曖昧になりがちですし、どのハードをどれくらいのペースで遊んでいるかなど、外部からは把握しにくかったのです。
しかし今回のプロジェクトでは、Nintendo Switchのプレイログという客観的な“デジタル足跡”を活用し、かつ心理的な指標も同時に測ることで、レトロゲームとノスタルジーとの関係がより正確に浮き彫りになりました。
いわばゲーム研究の新しい視点を示す“リアルタイムの大規模観察”であり、メディア研究においても画期的な取り組みだといえます。
なぜ10歳の頃にしたゲームが「懐かしさ」をもたらすのか?

10歳前後という年齢には、私たちの記憶や心の働きにおいて特別な要素がいくつも重なっています。
しばしば「リミニッセンスバンプ(Reminiscence Bump)」という言葉が使われますが、これは人が一生のうちで特に鮮明に覚えている思い出が10歳から20代前半に集中する現象を指す概念です。
なかでも10歳前後は、小さい子どものように受動的に世界を眺める段階を抜けだし、自分で物事を選んで行動し始める時期でもあるため、「自分が好きで、夢中になってやっていたもの」が特に記憶に残りやすいと考えられています。
子どもは10歳前後になると、ただ“与えられたものを楽しむ”のではなく、自分で「これが面白い」「あれは好きじゃない」と判断できるようになっていきます。
心理学の視点では、この頃から他者との比較や自己認識が発達し始め、趣味嗜好をより主体的に形成していくのです。
つまり、自分の“好き”や“楽しい”を自分自身が積極的に選び取っている感覚が強く、同時に感情も大きく揺さぶられます。
そうすると、「あれが好きだった」「あのとき大興奮した」というエピソードが、強い感情と結びついて記憶に深く刻まれやすくなるのです。
また10歳前後は多くの人が初めて“本格的に”何かにハマる時期でもあります。
スポーツや音楽、ゲーム、漫画など、すごく好きになるものが初めてできると、それが「衝撃」として脳に鮮明に焼き付きます。
専門用語で「初期衝撃(initial impact)」という表現が用いられることもありますが、この“最初の強い感動”が大人になっても思い出をよみがえらせる強力なトリガーとなりやすいのです。
ゲームで言えば、ファミコンやスーパーファミコンのゲームが初めて家にやってきたときのワクワク感は、後から登場した高性能ハードよりも深い印象を残す――そういう人が少なくありません。
脳科学的には、「海馬(かいば)」と呼ばれる記憶を司る部位が徐々に成熟する時期とも重なっています。
海馬の成長期にあたる子どもの頃は、ある意味で“新しい記憶を定着させる力”がとても活発な状態です。
大人になると情報はより論理的に整理されていきますが、子どもの頃の記憶は感情や五感と結びついて保存される傾向が高いという研究報告があります。
たとえば「昔のゲーム画面を見ただけで当時の部屋の匂いや、友達と遊んでいたときの天気まで思い出す」といった経験は、多感な脳の働きによるところが大きいのです。
さらに社会的文脈においても10歳前後は重要な時期です。
子ども時代は、家族や友達、学校など、生活圏がシンプルかつ閉じられた世界になりがちです。
ゲームで遊ぶときも「友達の家に集まってみんなでやる」「家族で一緒に楽しむ」といった形で、周囲とのコミュニケーションが深く絡み合います。
大人になるとゲームは一人でプレイしたり、オンラインで知らない人とマッチングして遊ぶ機会も増えますが、子どもの頃のような“身近な仲間との密接な思い出”は得がたいものになります。
結果的に、10歳前後のゲーム体験は、家族や友だちの顔までも一緒に脳裏に浮かぶような強いノスタルジーを誘発しやすくなるのです。
これらの要因が重なって、10歳前後の体験は大人になってからでも色あせない“かけがえのない記憶”として残りやすくなります。
古いゲームの起動音を聞いただけで“あの頃”に気持ちが一気に戻ってしまうのは、まさに自我意識の芽生え時期にできた“強烈な記憶のしこり”を刺激するからだと考えられます。
たとえ最新のハイエンドゲームであっても、最初に触れたあのときの衝撃には勝てない――そんな言葉が聞かれる背景には、こうした心理学・脳科学的メカニズムがあるのです。
今回の研究は、プレイヤーの実際のプレイデータに基づいてこれらの傾向を数字で示したところに大きな意義があります。
これによって、「ノスタルジアが多くの人の心を動かす」という感覚的な話題に対し、「どの年代が、いつ頃のコンテンツを、どれほど遊んでいるか」というより精密な視点が加わりました。
今後さらに、ゲームの保存やリメイクに力を入れる企業が増えることで、レトロゲーミングの市場は加速していく可能性があります。
また、高齢化するゲーマーの新たな余暇活動として、あるいは「親が子どもに昔のゲームを教える」などの交流手段としても、一段と注目を集めそうです。
一方で、今回の結果がすべてを語り尽くしたわけではありません。
任天堂という特定ハードのデータに限られている点や、プレイヤー個々の「どんな人生背景を持ち、なぜそのゲームに惹かれるのか」といった詳細な要因までは踏み込みづらいという限界はあります。
とはいえ、こうした制約を考慮しても、“10歳前後の思い出こそが私たちをレトロゲームへ導き、思い出の中で生き続けている”という傾向が大規模な数字から浮き上がってきた意義は大きいでしょう。
ゲーム文化が今後どんな発展を遂げるにせよ、幼少期のインパクトがこれほどまでに後々まで響くことを考えると、好きだったタイトルをもう一度遊んでみる価値は十分にありそうです。
元論文
Reliving 10 years old: Descriptive Insights into Retro Gaming
https://doi.org/10.31234/osf.io/wt6yb_v1
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部