恋人がいないまま20代を過ごす人、結婚を意識せず30代を迎える人、そして一度も性的経験を持たないまま社会人になる人が増えています。
恋愛も結婚も“自由”とされる時代に、若い世代のあいだでは「誰とも関係を持たない生活」が広がっています。
その原因については、誰かと親密な関係を築く余力がない、関係を始める“きっかけ”そのものが見つからない、あるいは、そもそも恋愛や性を「今は必要」と感じない、など様々な理由が語られます。
こうした傾向は現在、雑誌などの調査も含めるとかなり幅広く報告されていますが、学術的な調査を長期間追ったとき、どのような変化や傾向が見えてくるのでしょうか?
慶應義塾大学医学部(Keio University School of Medicine)を中心とした国際共同研究チームは、過去50年にわたる国内の調査をまとめ、日本で報告されてきた「性的未経験」や「性的非活動」の実態をレビューしました。
研究者たちは、性の頻度や経験の有無は、個人の幸福感や社会的つながり、さらには少子化や孤立といった社会課題の“影”を映し出す指標にもなりうると指摘します。
本記事ではこの研究の報告と併せて、この研究を見た海外の反応についてもまとめていきます。
研究の詳細は、2025年10月2日付けで科学雑誌『The Journal of Sex Research』に掲載されています。
目次
- 半世紀の調査が示した「性行動の減少」
- 世界もざわつく日本の性未経験者の多さ
半世紀の調査が示した「性行動の減少」
性的行動は、心身の健康や社会的つながりに関わる重要な要素です。
世界的にも先進国では「性行動の減少」が観測されており、日本はその代表例として注目されてきました。
研究チームは、1974年から2024年にかけて発表された43件の調査(うち26件は全国代表を目指した調査)を整理し、“性経験のない人”や“過去1年間に性的関係を持たなかった人”の割合を時系列でまとめました。
こうした性行動に関する調査には、大きく分けて「経験の有無」を尋ねるものと、「性行動の頻度」を尋ねるものがあります。
(性的未経験=一度もパートナーとの性行為経験がないこと。性的非活動=過去1年間にパートナーとの性行為がなかったこと(性経験自体の有無は問わない))
日本ではこれまで、「性的経験があるかどうか」を中心に把握する調査が主流でした。
代表的なのが、国立社会保障・人口問題研究所の「出生動向基本調査」や、日本性教育協会の「性に関する全国調査」です。これらは1970年代から定期的に実施され、全国の人々を対象にした調査として、時代ごとの変化を比較できる信頼性の高いデータを提供しています。
一方で、「どのくらいの頻度で性行為をしているか」や「過去1年間に行為があったか」といった、いわゆる「性的非活動」の実態を把握する公的な調査は、日本ではほとんど行われていません。
この研究では、データを調査した結果現代の人々は20代半ばで約半数が性経験を持たず、30代でも約1割が未経験という傾向が示されました。
1974年の全国調査では20代の未経験率は約20〜25%だったため、比較すると約40年間で未経験の人が倍増していることになります。
また「性的欲望や関心」「恋愛への関心」といった指標を扱う調査では、恋愛や性的なつながりを「重要ではない」と感じる人が少しずつ増えている傾向が示されています。(こちらのデータは質問内容や定義が完全に調整できてはいない)
また「性的非活動(過去1年に性行為なし)」の割合も、増加が示されていました。(ただし先に述べた通り、このデータは多くがオンライン調査などに依存しており根拠は弱め)
男女別で見た場合も、出生動向基本調査において、20~24歳の未経験率が男性で34%から47%、女性で36%から44%(2002→2015年)と時代を経るにつれて上昇していることが確認されています。
研究チームは、こうした変化の背景として社会的・文化的・経済的要因が複雑に絡み合っていることを指摘しています。
まず、日本社会では今も「恋愛」「結婚」「性行為」が強く結びついており、結婚が遅れるほど性的経験も遅れやすい文化的構造が続いています。
結婚外の性行為が必ずしも否定されているわけではないものの、出産や家庭形成は依然として結婚の枠内で期待されるため、未婚化・晩婚化の進行がそのまま性的未経験の増加に影響していると考えられます。
次に、経済的不安や労働環境の厳しさも要因の一つとされています。
非正規雇用や収入の低下が恋愛・結婚への自信や余裕を奪い、結果として「関係を持つこと自体を諦める」層を生み出しています。
研究では、特に男性の経済的安定が恋愛・結婚・性行動の意欲に影響するという関連が指摘されています。
また、長時間労働や生活リズムの変化により、出会いや親密な関係を築く機会が減っていることも指摘されています。
さらに、デジタル娯楽やSNS、ポルノ、仮想的恋愛(Fictosexuality)などの拡大が、現実の人間関係に代わる心理的な満足源となっている可能性もあります。
これらは単なる「代替手段」というより、現代の生活習慣や価値観の中で、他者と直接関わらなくても安心感や充足を得られる仕組みとして機能していると論文は述べています。
つまり、性的未経験や性的非活動の増加は、単なる「性への無関心」ではなく、社会構造・経済環境・文化規範・テクノロジーの変化が交差した現象と捉えるべきなのです。
世界もざわつく日本の性未経験者の多さ
「過去1年に無性交」の人の増加は、海外でも報告されている傾向であり、性行動の減少自体は国際的な流れでもあります。
アメリカ、イギリス、韓国、オーストラリアなど複数の国で、若年層を中心に性的活動の頻度が下がっており、特に男性の「過去1年間に性的関係を持たなかった割合」が上昇しています。
たとえば、米国の18〜29歳の若年層では、2010年頃に12%程度だった“過去1年無性交”の割合が2024年には24%に倍増したというデータがあります。
しかし、今回の研究が示した「日本の若者の性的未経験率の高さ」は、海外でも特殊なデータとして注目を集めています。
先ほど、日本では「性的非活動」の実態を把握する公的な調査がほとんどないと述べましたが、欧米諸国では逆に、「過去に経験はあるが、最近はしていない」という“性的活動の頻度”調査が中心であり、性経験の有無そのものの調査はあまりないようです。
そのため、「誰がまだ性経験を持っていないか」という全国的データが存在すること自体が、国際的に見ても珍しいのです。
この研究報告を話題にしているRedditなどの海外フォーラムでも、「日本は性的未経験を社会的な指標として測定している点で、世界でもユニークだ」という声が多く見られます。
一部のユーザーは、「日本はむしろ先を行っている。欧米もいずれ同じ傾向を示すかもしれない」とコメントしています。
つまり、今回の研究について、海外では性的未経験者が多いという「日本の特殊性」に驚く声もある一方で、現代社会に共通する変化を先取りして可視化していると話題にもなっています。
こうした調査方法が海外と異なる点を見ても、研究者が指摘するように、日本では恋愛や性行動が主に「交際関係」や「結婚」と結びつく独自の文化構造を持っているのかもしれません。
出会いの機会が減り、結婚が遅れる社会のなかで、恋愛・性・結婚を一体のものと捉える価値観が日本の若者の性的経験の機会を制限している可能性は高いでしょう。
そして、デジタル化・孤立・経済的不安といった背景は世界共通であり、今後、他の国々でも「性的経験自体がない若者の増加」が進む可能性があります。
この意味で、日本のデータは単なる国内現象ではなく、現代社会における“親密さの変化”を先に映し出した指標として意義があるものかもしれません。
参考文献
Why Aren’t the Japanese Having Sex?
https://www.realclearscience.com/articles/2025/10/25/why_arent_the_japanese_having_sex_1142583.html
元論文
Sexual Inactivity in Japan: A Scoping Review
https://doi.org/10.1080/00224499.2025.2564192
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部

