新しい量子マシンはGoogle製の100万倍の速度で動作する

Google

「量子コンピューター」が、いよいよ本格的に超越性を発揮し始めました。

中国科学技術大学(USTC)で行われた研究によって開発された新型プロセッサ「Zuchongzhi 3.0」は、Googleの有名な量子マシン「Sycamore」と計算性能などが約100万倍にもなるという推定が出されました。

もし古典的なスーパーコンピューター「Frontier」で同じ計算を試みると、およそ64億年――地球の歴史をはるかに超える時間が必要になるとも試算されています。

この驚くべき成果は、一体どのように達成されたのでしょうか?

研究内容の詳細は『Physical Review Letters』にて発表されました。

目次

  • 量子超越性をめぐる競争とZuchongzhi 3.0の狙い
  • わずか数百秒で4億サンプル:実験が証明する性能格差

量子超越性をめぐる競争とZuchongzhi 3.0の狙い

新しい量子マシンはGoogle製の100万倍の速度で動作する
新しい量子マシンはGoogle製の100万倍の速度で動作する / 上の表は、いくつかの量子計算実験を、従来のスーパーコンピューターで再現するのにどれだけ膨大な計算力が必要かを示しています。 例えば、Googleの「Sycamore」や中国の「Zuchongzhi」シリーズの実験があり、実験の規模が大きくなるほど、その計算量は指数関数的に増えていきます。 表では、各実験で必要とされる計算ステップ数や、使用するメモリ容量(現実的な値と仮想的に大量のメモリを使った場合)が示され、シミュレーションに必要な時間も記載されています。 小規模な実験ではスーパーコンピューターでも数秒や数分で計算できるのに対し、規模が大きくなると計算に必要な時間が何十億年にも及ぶと予測されることがわかります。 このように、量子コンピューターが実際に計算を行う場合と、従来のコンピューターで同じ結果を出す場合の差が非常に大きいことを数値的に理解できるでしょう。/Credit:Dongxin Gao et al . Physical Review Letters (2025)

量子コンピューターの性能が世界的に注目されるようになった大きなきっかけは、先述のGoogleによる“量子超越性”の主張でした。

スーパーコンピューターでのシミュレーションが極めて難しいとされるランダムサーキットサンプリングを高速にこなし、量子計算ならではの実力を世に示したのです。

この成果を機に、各国の研究グループはもっと大規模・高精度な回路やゲート操作に挑むことで、量子コンピューターが古典コンピューターをどこまで上回れるのかを探り始めました。

一方、中国のZuchongzhiシリーズも、超伝導量子プロセッサとしてGoogleのSycamoreに匹敵する存在感を放ってきました。

鍵となるのは、より多くの量子ビットを詰め込みつつ、操作や測定の誤差をいかに抑えるかという点です。

Googleは67量子ビットや70量子ビットの実験で先行していましたが、中国のZuchongzhiも量子ビット数を伸ばしつつ忠実度を高め、最先端レースに食らいついてきました。

そうした競合のなか、Zuchongzhi 3.0は一挙に105量子ビットという大規模化を実現すると同時に、単一ビットや二量子ビットのゲート操作、測定の正確性を大幅に向上させることに成功。

大規模かつ正確に量子回路を運用できる基盤が整ったことで、これまで扱いが難しかった複雑な問題に挑戦する余地が大きく広がったのです。

そこで研究者たちは、古典コンピューターとの性能格差を改めて検証しようと考えました。

わずか数百秒で4億サンプル:実験が証明する性能格差

新しい量子マシンはGoogle製の100万倍の速度で動作する
新しい量子マシンはGoogle製の100万倍の速度で動作する / このグラフはランダムサーキットサンプリングの実験で必要な計算資源や時間が、量子回路の規模が大きくなるにつれてどのように変化するかを示すグラフです。 横軸には回路の複雑さ(量子ビット数や操作回数)が、縦軸にはその計算に必要な時間や資源の量がプロットされています。 グラフでは、回路がわずかに拡大するだけでも、計算に必要な資源が線形ではなく、指数関数的に増加する様子が示されています。 特に、場合によってはその増加が二重指数関数的に、すなわち極めて急速に膨らむことが明らかになっています。 この指数関数的な増加は、少しの規模拡大でも古典コンピューターでのシミュレーションが現実的ではなくなる理由を直感的に理解させ、量子コンピューターが持つ圧倒的な性能の根拠の一端を示しています。 さらに、このグラフはGoogleのSycamoreと中国のZuchongzhiなど、異なる量子プロセッサの実験結果がどのように比較されるかも表しており、量子回路の規模拡大がいかに計算資源の大幅な増加につながるかを強調しています。/Credit:Dongxin Gao et al . Physical Review Letters (2025)

Zuchongzhi 3.0という量子コンピューターの性能を調べるために使われたのは、「ランダムサーキットサンプリング」という実験方法です。

これは、量子ビット(情報を“0と1の両方”として扱える特殊な単位)に対して、ゲート(量子ビットを操作する命令)をランダムに選んで何層も繰り返し適用し、最後に得られる膨大な“0と1の並び”を分析する実験です。

ランダムに操作を選んでいるため、普通のコンピューターで結果を予測するのはとても難しく、量子コンピューターの実力を測るよい方法とされています。

今回の研究では、Zuchongzhi 3.0に搭載されている105個の量子ビットのうち、最大83個を使って実験が行われました。

しかも、それらの量子ビットへ32段階の操作を重ねることで、ものすごく複雑な回路を作り上げています。

さらに、二つの量子ビット同士で情報を入れ替える「iSWAPゲート」という操作も組み合わせることで、普通のコンピューターでは計算がほぼ不可能なレベルの複雑さに達しています。

しかし、これほど大規模な回路をそのまま古典的なコンピューターで計算(シミュレーション)するのは、現時点では非常に困難です。

そこで研究チームは、「パッチサーキット」と呼ばれる小さな部分回路も同時に動かして、そこだけを古典コンピューターで再現し、フルの回路と比較するという工夫をしました。

その結果、フル回路でもほぼ同じ精度が得られていることが確認され、Zuchongzhi 3.0が高い忠実度で動作していることがわかったのです。

実際に行われた測定では、わずか数百秒の間に約4億もの「0」と「1」の並び(ビット列)が集められました。

もしこれを世界最高クラスのスーパーコンピューター(Frontier)で行おうとすると、約64億年もかかるという試算があります。

以前GoogleのSycamoreでもランダムサーキットサンプリングの実験が大きな話題を呼びましたが、Zuchongzhi 3.0はさらに圧倒的な速度差を示し、量子コンピューターの可能性を新たに広げたといえます。

こうした流れを踏まえると、今回の成果は「量子計算が実用化される日は思ったより遠くないかもしれない」と思わせる、大きなインパクトを持っているといえるでしょう。

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元論文

Establishing a New Benchmark in Quantum Computational Advantage with 105-qubit Zuchongzhi 3.0 Processor
https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.134.090601?_gl=1*1g47cio*_ga*NDc0MDg5NTkwLjE3MjAzOTI3NTM.*_ga_ZS5V2B2DR1*MTc0MTc4MTI0MC45OC4wLjE3NDE3ODEyNDAuMC4wLjE3NzU4ODk5Mjk.

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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