恋愛の「終わりパターン」が判明――それは2年前から始まっていた

心理学

ドイツのヨハネス・グーテンベルク大学マインツ(JGU)とスイスのベルン大学(UB)で行われた研究により、恋愛関係が終わるまでの期間には、はっきりとした二段階の満足度の低下パターンが存在することが明らかになりました。

この研究では、破局に至るカップルが別れる約1〜2年前から満足度の急激な下降(ターミナル・ディクライン)が始まること、また同じカップル内でも別れを決意した側と告げられた側で、この満足度の変化を感じるタイミングに大きなズレがあることも判明しています。

カップルが別れるとき、心の中では一体どんな変化が起きているのでしょうか?

研究内容の詳細は『Journal of Personality and Social Psychology』にて発表されました。

目次

  • 終わりまでの残り時間を測る発想
  • 別れのスイッチは静かに入る
  • 今すぐできる破局リスク回避

終わりまでの残り時間を測る発想

終わりまでの残り時間を測る発想
終わりまでの残り時間を測る発想 / Credit:Canva

どんなに仲の良いカップルでも、「昔に比べて最近ちょっと物足りないな」と感じる瞬間はあるでしょう。

最初のころは、相手のどんな些細な言葉や行動にもワクワクしたのに、いつの間にかそれが当たり前になり、ドキドキ感が薄れてしまう。

実際、多くの恋愛関係では、付き合い始めの高い満足度が次第に落ち着いていくという傾向がよく見られます。

でも、その満足度の低下は誰にでも起こることで、「普通のこと」と見過ごしてしまいがちです。

問題は、その「普通の低下」が、いつ「決定的な破局」につながるほどの深刻なものになるのかがはっきりしていないという点です。

これまでの多くの研究は、恋愛満足度を「付き合い始めてからどのくらい経ったか」という時間軸で分析してきました。

例えば、「交際3年目でマンネリ化が起きやすい」といった具合です。

しかし、このような考え方だけでは、本当に関係が終わるときの微妙な変化をうまくとらえきれません。

今回の研究チームはそこで発想を大きく変えて、「別れまであとどれくらい残っているのか」という「残り時間」に注目することにしました。

この考え方は、心理学の別分野である老年心理学からヒントを得ています。

老年心理学とは何か?

老年心理学とは、人が年齢を重ねるにつれて、心や感情、行動がどのように変化していくのかを研究する心理学の一分野です。特に、高齢期に見られる心の変化や、それが生活や人間関係に与える影響を詳しく調べます。今回の恋愛関係の研究でも使われた「ターミナル・ディクライン(終末期低下)」という概念は、この老年心理学から生まれたものです。この「終末期低下」とは、人生の終わりが近づくにつれて、幸福感や生活満足度、さらには認知能力までもが急激に下がる現象を指します。もともとは、高齢者の心身の変化を捉えるための理論ですが、最近ではそれ以外の分野でも応用されています。恋愛関係の研究者たちは、これにヒントを得て、恋愛の「終わり」にも似たような急激な心理的な変化があるのではないかと考えたのです。つまり老年心理学は、年齢を重ねた人の研究にとどまらず、さまざまな人生の変化における心理的パターンを探る上でも重要な役割を果たしているのです。

老年心理学では、「人の幸福感や生活満足度は死を迎える数年前から急激に低下する」という現象(ターミナル・ディクライン、終末期低下)が知られています。

これを恋愛関係にあてはめてみると、別れる少し前からカップルの満足度も急激に下がるのではないかと考えたのです。

すると非常に興味深いパターンが浮かび上がってきました。

別れのスイッチは静かに入る

別れのスイッチは静かに入る
別れのスイッチは静かに入る / Credit:Canva

もし恋の終わりにパターンがあるとしたら、それはどんなものなのでしょうか?

研究ではドイツ、オーストラリア、イギリス、オランダの4か国で実施された大規模縦断調査のデータが分析されました。

計15,000人以上の「破局を経験した参加者」のデータが含まれ、同程度の特徴を持ちながら関係が継続している人々(コントロール群)と比較する形がとられました。

分析にあたっては、年齢や性格、収入、学歴、交際年数などの影響を統計的手法(傾向スコアマッチング)でできる限り排除し、「別れという出来事そのもの」が満足度変化に与える影響を浮き彫りにしています。

特に重視されたのが「別れまでの残り時間(time-to-separation)」と満足度の関係です。

従来の「交際開始からの経過時間」ではなく、「別れに向かうタイミング」に着目することで、新たなパターンが見えてきました。

その結果、恋愛満足度には二段階の低下パターンがあることが確認されました。

まずプレ終末期(preterminal phase)とも言える段階では、満足度のゆるやかな減少が数年かけて進みます。

しかし次に訪れる「ターミナル期(terminal phase)」では、満足度が急激に下降し始めます。

この急落は、多くの場合、別れの約1〜2年前から始まることが分かりました。

データセットによって差はあるものの、急落の開始時期は別れの約7ヶ月前(0.58年)から約2年4ヶ月前(2.30年)の範囲に収まっていたと報告されています。

つまり、多くのカップルでは表面上別れを決断するずっと以前から……場合によっては2年以上前から関係の綻びが進行しているのです。

この二段階低下パターンは破局に至ったカップル特有であり、人生全体の幸福度では恋愛満足度ほど明確な低下が見られませんでした。

つまり、今回の急激な低下現象は恋愛関係に特有の現象と考えられます。

さらに興味深い結果として、カップルの中でも「別れを切り出す側」と「告げられる側」とで満足度低下のタイミングに差があることが判明しました。

言わば心の「タイムラグ」です。

研究データの一つによれば、自ら別れを決意する側(イニシエーター)は別れる1年以上も前から徐々に不満が高まり始めていました。

一方、別れを告げられる側(レシーバー)は、別れの約2ヶ月前になってようやく満足度の急低下が見られるケースが多かったのです。

しかしいったん低下し始めると、その落ち込み方は切り出す側よりも急激で大きなものになる傾向も示されています。

この違いは、「心が離れ始めるタイミング」においてパートナー間でズレが生じることをデータが裏付けたものと言えるでしょう。

まさに「切り出す側と切り出される側の心のタイムラグ」が数字の上でも確認された形です。

他にも、年齢や婚姻状況などが満足度低下パターンに及ぼす影響も検討されました。

例えば一部のデータでは「結婚している方が急激な低下が緩やかになる」といった傾向が見られた一方、別のデータでは逆に「結婚している方が急落が大きい」と出るなど、結果はまちまちでした。

性別や過去の恋愛経験についても、全体として一貫した差は確認されていません。

このように個人属性による違いは多少あるものの、満足度低下がプレ終末期と終末期の二段階をたどるという大局的なパターンは、いずれのデータでも一貫して観察されたのです。

なお、過去の関連研究では「カップルは関係満足度が最大値の約65%程度まで低下すると別れを選ぶ傾向がある」とも報告されています(0〜10の満足度尺度で6.5)。

もちろん、この数値は統計上の目安ですが、満足度低下がどの程度進むと取り返しがつかなくなるのかを示す興味深い指標と言えるでしょう。

今すぐできる破局リスク回避

今すぐできる破局リスク回避
今すぐできる破局リスク回避 / Credit:Canva

今回の研究によって、恋愛関係が終わりに向かう典型的なパターンが初めて明確に示されました。

それは「ゆるやかな侵食の後、別れの約1~2年前頃から満足度が急降下する」という二段階のプロセスです。

この発見は、「別れ話が出る前からすでに関係の破綻は始まっている」ことをデータで裏付けるものです。

実際、「最近うまくいっていない」と感じつつも関係を続けているカップルでは、知らぬ間に別れへのカウントダウンが進行している可能性があります。

急激な満足度低下(ターミナル期)に差し掛かるとき、カップルの間では何が起きているのでしょうか。

その時期には、口論が増えたり、心の距離が一気に開いたり、関係修復の努力がもはや実を結ばなくなったりしているのかもしれません。

研究者は、終盤の満足度急落期には『否定的な会話の繰り返し、相手に対する敵意、争いが増えること』が原因となっている可能性を指摘しています。

言い換えれば、関係の中で見えない決壊が起こり、「もうダメかもしれない」という感覚が現実味を帯びてくる段階と言えそうです。

また、別れを切り出す側と切り出される側のタイムラグにも注目すべきです。

経験的にも、「振る側」は前々から気持ちが冷めていて「振られる側」は突然別れを告げられて驚く、といった話はよく聞かれます。

今回の結果はまさにそれを裏付けました。

イニシエーター(振る側)は早い段階から心が離れ始め、レシーバー(振られる側)は直前まで深刻さに気づきにくい傾向があるのです。

レシーバーの満足度が最後に急落するのは、「何かおかしい」とようやく気づいた時には関係修復が難しい段階に至っていることを示しているのかもしれません。

この心のタイムラグは、当事者同士の認識のズレとしてしばしば悲劇的です。

片方にとっては「もうとっくに終わっていた関係」でも、もう片方にとっては「突然崩れ落ちた世界」というギャップが生じるからです。

では、この知見は私たちに何をもたらすでしょうか。

まず、「終わりのサイン」にもっと早く気づくことの重要性が挙げられます。

満足度がゆるやかとはいえ下降し続けているなら、それは将来の急落(破局)への予兆かもしれません。

もしお互いがその兆候に気づき、プレ終末期の段階で問題解決に取り組めれば、関係を修復したり軌道修正したりするチャンスがあるでしょう。

研究者たちも、このプレ終末期にタイムリーな介入(例えばカップルカウンセリングや真剣な話し合い)を行えば、破局を防げる可能性があると示唆しています。

逆に言えば、ゆるやかな不満を放置して「満足度が最大値のおよそ65%」水準に突入してしまうと、関係修復が非常に困難になることを今回のパターンは示唆しています。

もちろん、このパターンが当てはまる度合いはカップルごとに異なります。

例えば「満足度が最大値のおよそ65%まで低下すると別れを選ぶ」という数値も統計的な値にすぎず、あるカップルにとってはもっと高い満足度でも別れを選ぶかもしれませんし、逆に相当低くなっても関係を維持するケースもあるでしょう。

本研究はあくまで平均的な傾向を示したものであり、「我が家の場合の65%は何だろう」と機械的に考える必要はありません。

ただ、「多少の満足度低下なら普通だけど、大幅な低下には要注意」というメッセージとして受け止めることは有意義でしょう。

実際、「関係満足度のどれくらいの低下なら健全な範囲で、どれくらい低下すると決定的にまずいのか」を科学的に数量化した意義は大きいと指摘する声もあります。

また、今回分析に使われたデータはすべて欧米諸国のものであり、文化や社会的背景が異なる地域で同じパターンが当てはまるかは注意が必要です。

結婚や交際に対する価値観、別れに踏み切るハードルは文化によって違う可能性があるからです。

またデータは年1回程度の自己報告に基づくため、もう少しきめ細かな心情の揺れを捉えられていないかもしれません。

今後は月次の詳細な追跡や、異文化圏での研究によって、この「終わりのパターン」が普遍的なものかを確かめる必要があるでしょう。

恋愛の「終わりパターン」が明らかになったことで、一見ロマンチックとは程遠い冷静なデータが、私たちの心の動きを映し出していることに気付かされます。

愛情という主観的なものにも統計的な傾向が潜んでいるとは驚きですが、だからこそそのサインを見逃さず、早めに対処することが可能になるかもしれません。

関係に違和感を覚えたとき、それは単なる気のせいではなく「プレ終末期」の警告なのかもしれないのです。

少し耳の痛い研究結果ではありますが、「終わりのカウントダウン」を意識することで逆に関係修復の糸口をつかめる可能性もあります。

今回の知見が、多くの人々にとってより良いパートナーシップを築くヒントとなることを期待したいです。

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元論文

Terminal decline of satisfaction in romantic relationships: Evidence from four longitudinal studies.
https://psycnet.apa.org/doi/10.1037/pspp0000551

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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