心拍数低下のチワワ―実は「コカイン中毒」だった

あなたの飼い犬が、もし突然“麻薬中毒”になったら。

 「ありえないことだ」と思うかもしれませんが、路上や公園、家庭のどこに“危険なドラッグ”が落ちているか分からないのが現代社会です。

実際に、アメリカ・ノースカロライナ州で起きた事件は、多くのペットオーナーにとって決して他人事ではありません。

2025年8月18日、ノースカロライナ州立大学(NCSU)の獣医学チームが『Frontiers in Veterinary Science』誌にて発表した症例報告は、世界中の獣医や動物愛好家に衝撃を与えました 。

そこには、「2歳のチワワがコカイン中毒」という“まさかの出来事”の一部始終が記録されています。

目次

  • 愛犬チワワがまさかの「コカイン中毒」に
  • “興奮剤”なのに心拍が遅くなる?治療によりコカイン中毒のチワワが生還

愛犬チワワがまさかの「コカイン中毒」に

事件は突然起きました。

2歳のオスのチワワが、ある日急にぐったりして反応が鈍くなり、舌を出したまま意識もうろう、瞳孔も開ききっていました。

飼い主はすぐに地元の動物病院に駆け込みました。

心臓の鼓動は異常なまでに遅く、病院到着時の心拍数は1分間に32回(健康な小型犬の半分以下)という、極めて危険な状態だったそう。

検査の結果、心臓のリズムを調整する“電気信号”の伝わりが悪くなっている「房室ブロック」という深刻な不整脈が判明。

さらに血液や尿を詳しく調べると、コカインが検出され、加えてフェンタニルという医療用オピオイドとその代謝物も見つかりました。

推定されるコカイン摂取量は約96mg。

体重5.5kgの小さな犬には致死的な量です。

コカインは南米原産のコカの葉から作られる強力な興奮剤で、脳や心臓を興奮させ、一時的な「ハイ」や「集中力の向上」をもたらします。

しかし、依存性が高く、心臓や脳への負担が強く、過剰摂取ではけいれんや不整脈、最悪の場合は死に至ることも。

一方、フェンタニルは本来は末期がんや手術の痛みなどに医療用で使われる超強力な鎮痛薬ですが、近年では違法ドラッグとして流通しています。

他の薬物に混ぜられて売られることが多く、数ミリグラムの摂取でも急性中毒死が多発しています。

飼い主は「自宅には違法薬物も危険な薬もない」と主張しましたが、直前に知人宅を訪れていました。

真偽は不明ですが、おそらくこのチワワはどこかに“落ちていたストリートドラッグ”を食べてしまったのでしょう。

実際、犬は「何でも口に入れる」習性があり、散歩中や他人の家、路上のゴミなどで思わぬ事故が起こるのです。

ちなみにチワワが食べたとされる「ストリートドラッグ」は、近年アメリカを中心にコカインとフェンタニルが混ざった“より危険な違法薬物”として流通が拡大。

ペットだけでなく、誤飲した子どもや大人も中毒死する事件が相次いでいます。

獣医師は「薬物中毒が疑われる場合、恥ずかしがらずに正直に申告してほしい」と呼びかけています。

では、今回コカイン中毒になったチワワはどうなったのでしょうか。

“興奮剤”なのに心拍が遅くなる?治療によりコカイン中毒のチワワが生還

一般にコカイン中毒というと「心臓がドキドキして速くなる」イメージが強いかもしれません。

ところがこのチワワは、まったく逆の“極端な心拍低下”に陥りました。

なぜこのような現象が起きるのでしょうか?

コカインは脳や心臓の神経伝達物質を増やし、交感神経を刺激して心拍を上げる作用があります。

しかし、「高用量」を一気に摂取すると、今度は心筋のナトリウムチャネルやカリウムチャネルを遮断してしまいます。

電気信号が心臓の中で伝わりにくくなり、“局所麻酔薬”のような作用が前面に出てくるのです。

その結果、心臓のリズムが乱れ、「房室ブロック」や「心拍数の低下」といった本来と逆の症状が現れたのでしょう。

この犬の治療では、まず心臓のリズムを回復させるため「アトロピン」を通常の5倍量投与しました。

それでも十分に改善しなかったため、さらに「エピネフリン(アドレナリン)」を追加。

この連続投与により、ようやく心拍が正常範囲に戻り、チワワは命を取り留めました。

その後、専門病院で24時間経過観察されましたが、幸い後遺症もなく退院できたといいます。

この症例が注目された理由は、「犬のコカイン中毒で房室ブロックが発症した初めての臨床例」として記録されたからです。

これまでの研究や臨床報告では、コカイン中毒の犬は主に「心拍数が高くなる」のが一般的で、 今回のような例は報告されていませんでした。

つまり、高用量やストリートドラッグの混入薬物が、動物の心臓に“予想外の異常”をもたらすことがあるという新しい警鐘なのです。

本研究を率いたジョンソン獣医師は「このような症例報告が現場の医師や飼い主の知識となり、命を救う助けになる」と語っています。

飼い主へのアドバイスとして、獣医師は「散歩や外出時は“何でも食べてしまう”癖を抑えるためにバスケットマズル(口輪)を活用し、家庭や外での落ちているものには十分に注意してほしい」と呼びかけています。

また、社会全体として「違法薬物の流通が人間だけでなくペットにも脅威となっている」現実を直視しなければなりません。

このチワワは奇跡的に助かりましたが、これは“まれな幸運”です。

多くの場合は命を落とすリスクが高いのが現実です。

私たちも「ありえないこと」と考えず、愛犬の異常を感じたらすぐに獣医師に相談することが大切です。

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参考文献

This Chihuahua Munched on a Bunch of Cocaine (and Fentanyl) and Lived to Tell the Tale
https://www.zmescience.com/ecology/animals-ecology/chihuahua-cocaine-fentanyl-lessons/

元論文

Cocaine induced first-degree and high-grade second-degree atrioventricular block in a dog: a case report
https://doi.org/10.3389/fvets.2025.1622850

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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