定年退職後のメンタルは「上がるのか?」「下がるのか?」関係する要素が判明

60代まで働き続け、いよいよ退職を迎えたその先に、本当に自由で明るい人生が待っているのでしょうか。

多くの人が、「仕事から解放されたなら、きっと心も明るくなる」と考えてきました。

しかし実際には、退職後の人生が必ずしもバラ色とは限らないことも知られています。

この問いに答えるため、イギリスのエディンバラ大学(University of Edinburgh)の研究チームは、オランダで1500人以上を17年間追跡した大規模調査の結果を発表しました。

今回の研究では、退職後にメンタルヘルスが上がるのか、それとも下がるのかという問題について、所得や性別、仕事の内容といった条件の違いまで詳細に検証しています。

研究の詳細は、2025年6月13日付の『SSM – Mental Health』誌に掲載されました。

目次

  • 退職後のメンタルヘルスはどうなる?
  • 退職後の幸福度は「所得」や「特定の要素」で異なる

退職後のメンタルヘルスはどうなる?

退職は多くの人にとって人生の大きな転機です。

長年続けてきた仕事から離れることで、自分や家族のための時間が増えます。

一見すると夢のような時間ですが、社会的な役割を失ったり、生活リズムや経済面の変化から、心のバランスを崩すこともあります。

退職によって心の健康が改善する人もいれば、逆に落ち込む人もいるという指摘もあります。

また、退職直後の幸福感がどの程度続くのか、全員に当てはまるものなのかはよくわかっていませんでした。

そこで、エディンバラ大学の研究チームは、退職前から退職後までの心の健康の変化を、より細かく長期的に追跡する調査を行いました。

調査には、オランダのLISSパネルという国家レベルのパネル調査が使われました。

2007年から2023年までの17年間にわたり、退職を経験した1538人(平均退職年齢66~67歳)が対象となりました。

彼らの心の健康度は、「MHI-5」という質問表(うつ傾向や不安、幸福感などを数値化)で毎年評価されました。

また、参加者の月収(所得階層)、退職前の仕事の内容(肉体的・精神的負担)、性別、婚姻状況、学歴、退職年齢といった属性も記録されました。

そして退職前、退職した年、退職後の各時期でメンタルヘルスがどのように変化するかを明らかにしました。

さらに、所得階層ごとに分けてモデルを作成し、どのような人が大きな恩恵を受け、逆にリスクを抱えやすいのかも調べました。

退職後の幸福度は「所得」や「特定の要素」で異なる

研究の最大の発見は、退職によって心の健康が全体的には改善するものの、その上がり方や持続のしかたは人によって大きく異なるということでした。

まず、高所得層では、退職の前後では大きな変化は見られませんでしたが、退職した年だけ幸福感が大きく上昇する現象が観察されました。

そしてその後は、安定した状態が続きます。

中所得層では、退職前からじわじわと心の健康度が上がり始め、退職後も緩やかに改善が続くという結果になりました。

ただし、肉体的に負担が大きい仕事をしていた人は、退職の過程で気分が落ち込むリスクがあり、メンタルの改善が限定的になる傾向がありました。

低所得層では、退職後に一度は幸福感が上がるものの、2年半ほどでピークを迎え、その後低下していく傾向が明らかになりました。

退職後の最初だけ幸福感が高まる現象」が見られたのです。

特に、低所得層の中でも女性や独身者は、退職後の心の健康が著しく低下しやすい傾向が見られました。

ちなみに、高所得層や中所得層では、もともと心の健康度が高い人ほど、退職後の伸びしろが小さくなる傾向も見られています。

逆に、もともと心の健康が不調だった人は、退職による恩恵が大きいことも示唆されました。

こうした研究結果は、「退職したら必ずバラ色の老後が待っている」という定年神話に疑問を投げかけるものです。

本研究は、17年分、1500人以上を追跡したという点で非常に信頼性が高いですが、いくつか限界も指摘されています。

例えば、高所得層のサンプル数が少ないこと、低所得層の参加者が女性に偏っていること、退職理由(自発的か非自発的か)が区別できないこと、オランダ特有の手厚い年金制度が前提となっていることなどがあります。

それでも、退職が必ずしも全員の幸福に直結しないこと、所得や性別、婚姻状況、仕事の負担によって老後の心の健康リスクが大きく異なること、特に低所得層の女性や独身者、肉体労働経験者は退職後に集中的なサポートが必要であることが明確になりました。

定年退職後に私たちのメンタルがどうなるかは、一様ではありません。

だからこそ、自分の状況を見極めてサポートを受けつつ、自分のスタイルで退職後の生活を楽しんで行く必要があるのです。

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参考文献

Retirement boosts mental health, but not for everyone
https://newatlas.com/health-wellbeing/mental-health-post-retirement/

Mental health benefits of retirement not evenly shared, study says
https://www.eurekalert.org/news-releases/1098295

元論文

Mental health trajectories surrounding retirement: A longitudinal perspective
https://doi.org/10.1016/j.ssmmh.2025.100470

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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