あなたは「PDF」という言葉を聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。
ビジネス文書や取扱説明書、大学論文など、どれも日常生活や仕事の場面で欠かせない存在です。
しかし、そんな身近な PDF が、実は「宇宙よりも大きく」なる可能性があると言ったら信じられますか。
これまでは「一辺 381 キロメートルまでしか作れない」と考えられていた PDF ですが、ある開発者がとある実験によって、この“常識”をいとも簡単に覆してしまいました。
数百キロメートルどころか、何兆光年という天文学的スケールでさえ PDF は扱えるというのです。
どうしてそんなことが可能なのでしょうか?
目次
- PDFとは何か?
- 観測可能な宇宙より大きいPDF
PDFとは何か?

PDF(ポータブル・ドキュメント・フォーマット)は、一言でいうなら「どのパソコンやスマホでも同じ形で見られるデジタルの紙」です。
もともとは、「コンピューターが違うだけで文字や画像の配置がズレる」という悩みを解決するために、1993 年にアドビ社の創業者ジョン・ワーノック氏が生み出しました。
たとえば、ある人が作った書類を別のパソコンで開くと文字化けしてしまう――そんなトラブルを根本的に減らしたのが PDF の最大の特徴です。
最初は「ファイルサイズが大きい」「インターネット回線が遅い」という理由で普及しにくかったのですが、1996 年にアメリカ国税庁(IRS)が税務書類として公式に PDF を採用したことで注目度が上がりました。
さらに 2008 年にはオープンスタンダードとなり、誰でも無料で扱えるようになったため、一気に世界中に広まります。
いまでは、ビジネス用の契約書からアーティストの作品集、そして宇宙飛行士が参照する船内マニュアルに至るまで、実にさまざまな現場で利用されています。
PDF Reader Pro(2023年)によると、年間で約 2.5 兆件もの PDF が作られていると推計されています。
技術的には「1インチ=72ポイント」という座標系を使って、文章や画像、図表などを正確な位置に固定する仕組みが土台になっています。
紙をスキャンしてデータ化したような“画像”とは違い、テキストや図形をベクター形式で記録するため、拡大・縮小してもレイアウトが崩れにくいのです。
さらに、ハイパーリンクを埋め込んだり、フォームに文字を入力できたりと、ただの“電子の紙”を超えた機能も備えています。
こうして“どんな環境でも同じように見える”という便利さのおかげで、PDF は私たちの生活や仕事の裏側に広く浸透してきました。
そんな「もう当たり前すぎる」存在となった PDF ですが、一時期「PDF は一辺 381 キロメートルまでしか作れない」という噂がネット上で大いに注目を浴びました。
381 キロメートルといえば、アメリカのニューヨーク州やギリシャの面積に近く、ドイツの約 40% に相当すると言われます。「もし紙に印刷するとしたら、とんでもない大きさだ」と興味本位で話題にされ、ツイートや雑学サイトがこぞってネタにしたのです。
(※PDF バージョン 7 の最大サイズ: 381 km × 381 km。https://t.co/Sxz37HMYD1 pic.twitter.com/a4bkgZAjgq)
驚く人もいれば、「そもそも PDF を何百キロも大きくして何に使うの?」と首をかしげる人もいたでしょう。
しかし今回、381キロメートルを超えて、観測可能な宇宙より大きな一辺が37兆光年ものPDFの作成が行われたとの報告がなされました。
いったいなぜこのような滅茶苦茶な数値が実現したのでしょうか?
観測可能な宇宙より大きいPDF

実は、PDF というファイル形式には、内部でページの大きさを決める「座標システム」が組み込まれています。ここでは「1インチ=72ポイント」という基準で、すべてのテキストや図形の配置が計算されます。
さらに 2000 年代以降の PDF 仕様(PDF 1.6 など)では、「/UserUnit」という拡大率を設定することで、理論上どこまでも大きいページを作成できるようになっています。
いわば「1 ポイントは何倍のサイズとして扱うか」を自由に決められる仕組みがあるわけです。
たとえば標準的な論文(A4サイズ)10ページが「1インチ=72ポイント」の形式で繋がって印刷される場合、およそ3メートルの長さになります。
「PDF は一辺 381 キロメートルまでしか作れない」という話が、インターネット上であたかも定説のように広まった背景には、Adobe Acrobat Reader が設定していた「1 辺あたり 15,000,000 インチ」という上限値が関係しています。
1 インチを 2.54cm で換算すると 15,000,000 インチ、すなわち381km という数字が生まれました。
ところが、PDF の仕様そのものをよく見ると、ページサイズの上限は実は“Acrobat 側の都合”で決められたものであって、PDF というフォーマット自体には「絶対的な制限」が存在するわけではありません。
さらにPDF では「1インチ=72ポイント」という座標系のほかに、「/UserUnit」と呼ばれる拡大率の設定を用いて、理屈の上ではどこまでも座標を拡大できます。
言い換えれば、数百キロメートルどころか、何億光年のような天文学的サイズのページさえ定義できる余地があるのです。
この点に注目し、実際に“381kmの壁”を突破してしまったのがイギリスのソフトウェア開発者アレックス・チャン氏(Alex Chan)です。
彼は PDF のファイルを通常のソフトウェアで生成するだけでなく、テキストエディタでコードを直接編集するという骨の折れる方法を選びました。
さらに、Acrobat ではなく Apple の「プレビュー」アプリを使うことで、巨大サイズのページを入力してもエラーを出さずに受け付けることを確認。
そこから少しずつページ寸法を引き上げていった結果、地球と月の距離に迫る数十万キロメートルの大きさを軽々と超え、最終的には 37 兆光年四方の PDF を作成してしまったのです。
もちろん、そんなサイズの PDF を紙に印刷するのは不可能ですし、そもそも画面表示だけでも現実的には何の役にも立ちません。
さらに37兆光年の大きさを正確にみるためのビュワーも存在せず、見かけ上はなんの変哲もない1枚の白紙のPDFに見えてしまいます。
(※問題の37兆光年四方のPDFはこちらからダウントードできます。でも見たらきっとがっかりします)
それでも、この「宇宙よりも大きな PDF」は381km という数字が「PDF の限界」ではなかったという事実を示しました。
私たちが当たり前だと思ってきた“上限値”は、実は特定のソフトウェアが設けた枠の中でしかなかったのです。
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部