地球上で最も冷たい場所は、南極で記録されたマイナス97.8℃です。
では範囲を宇宙全体に広げたとき、もっと冷たい場所はどこなのでしょうか?
現在判明しているその場所は、地球からケンタウルス座の方角に5000光年離れた場所にある「ブーメラン星雲」です。
ブーメラン星雲は現在、”宇宙の中で最も冷たい場所(The Coldest Place in the Universe)”として記録され、その温度は1K(ケルビン)とされます。
温度とは物質の運動エネルギーのことであり、全てが静止した世界が絶対零度です。
それよりたった1℃高いだけというのはどんな場所なのでしょうか? なぜそれほど低温なのでしょうか?
目次
- 「絶対零度」にわずか1℃まで迫る温度!
- 猛烈なスピードで放出されるガス流が原因?
「絶対零度」にわずか1℃まで迫る温度!
ブーメラン星雲は1980年、豪ニューサウスウェールズ州にあるサイディング・スプリング天文台での観測により初めて発見されました。
当時の望遠鏡の性能では、ブーメラン状に曲がった形がかろうじて見えただけであり、そこから「ブーメラン星雲(Boomerang Nebula)」と命名されています。
しかしその後の観測で、より詳しい事実が明らかになってきました。
まず、ブーメラン星雲は「原始惑星状星雲」という天体に分類されます。
これは太陽質量の数倍もあった赤色巨星が寿命を終えた後に作られたものです。
星を形成していたガスが宇宙空間に広がると、中心部に残された高温の白色矮星に照らし出されて、ガスが光り輝きます。
これを惑星状星雲といいますが、ブーメラン星雲はそのプロセスの最初期(原始的な状態)にあるので、原始惑星状星雲と呼ばれています。

最も驚くべき事実は、1995年にヨーロッパ南天天文台(ESO)が行った観測で発見されました。
なんとブーメラン星雲の温度は、1K(ケルビン、マイナス272℃)に達することが判明したのです。
その凄さは、「絶対零度」にわずか1℃まで迫る温度といえば分かりやすいかもしれません。
絶対零度とは、物質が達することのできる最低温度の限界値であり、0K(マイナス273.15℃)を指します。
温度とは物質の運動エネルギーのことであり、すべての物質が動くエネルギーがゼロになった状態が0Kです。
つまり絶対零度はすべてが静止した世界です。
そのため1Kという温度は、すべてが静止した状態に限りなく近い冷たい場所なのです。

さらにこのときの観測で、ブーメラン星雲は「宇宙マイクロ波背景放射(CMB)」の電波を吸収していることが分かりました。
CMBとは、宇宙誕生の起源である”ビッグバンの残光”です。ビッグバンの輝きは宇宙の膨張とともに引き伸ばされ、現在は電波波長となって宇宙空間のあらゆる場所にこだまとなって満ちています。
そのCMBの温度は2.7K(マイナス270.4℃)と判明しており、ブーメラン星雲がこの電波を吸収できるということは、CMBよりも温度が低いことを意味しています。
よって、ブーメラン星雲は「宇宙空間においてCMBよりも冷たい唯一の場所」と言われています。
では、ブーメラン星雲はなぜこれほど冷たい天体になっているのでしょうか?
猛烈なスピードで放出されるガス流が原因?
2013年のチリ・アルマ望遠鏡(ALMA)を用いた観測で、ブーメラン星雲の中心部の仕組みがより明瞭になりました。
そこで明らかになったのは、ガスが猛烈なスピードで両極方向に放出されていたことです。
星雲の中心からは秒速150〜164キロメートルのガスジェットが噴出し、両極に向かって約3兆キロ以上も伸びています。
秒速150キロの速度でガスが広がったとしても、この長さに達するには3500年かかる計算です。
そして天文学者によれば、この猛烈なガスの噴出こそ、極低温を可能にしている鍵だという。
極端なスピードでガス流が拡散すると、その異常な膨張の中で熱が飛んで温度がグングン下がり、これほどの極低温にまで達するのです。

また天文学者らは、これほどのガス流は単独の星では発生し得ないため、次のような「ブーメラン星雲の誕生の仮説」を立てています。
まず最初にあったのは一つの恒星ではなく、2つの星からなる連星です。
その後、主星の方が寿命を迎えて膨張し、その膨らんで希薄になった星にもう片方の伴星が飛び込んだことで、ガスやチリが一挙に放出され、超高速で広がる星雲が誕生したという。
実際、ブーメラン星雲のガス流は、単独の星が放出できるものの10倍以上の速度に達しており、これには2つの星が関わっている可能性が高いようです。
一方で、ブーメラン星雲は最初に説明したように、まだ原始状態の惑星状星雲であり、その温度はゆっくり上昇しつつあります。
ですから、いずれ「宇宙で最も冷たい天体」の看板を下ろさなければならないときが来るかもしれません。
ちなみにですが、宇宙で最も冷たいのはブーメラン星雲ですが、地球上ではそれを上回る極低温が人工的に達成されています。
2003年に、米マサチューセッツ工科大学(MIT)が実験室内で、およそマイナス273.14℃を達成し、ギネス記録に認定されているのです。
絶対零度がマイナス273.15℃ですから、限りなく「冷たさの限界」に近づいたと言えるでしょう。
参考文献
Where is the coldest place in the universe?
https://www.zmescience.com/science/coldest-place-universe-90534/
宇宙で最も低温な天体の謎にアルマ望遠鏡が迫る
https://alma-telescope.jp/news/boomerang_nebura-201706
元論文
The Coldest Place in the Universe: Probing the Ultra-cold Outflow and Dusty Disk in the Boomerang Nebula
https://iopscience.iop.org/article/10.3847/1538-4357/aa6d86
(2017)
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部