小さい頃、兄弟や姉妹と激しくケンカをした思い出がある人は多いのではないでしょうか。
誰が最初におもちゃを使うか、親の注目をどちらが集めるか、些細なことでも火花が散るのが家族の不思議です。
「男の子は乱暴で、女の子はおとなしい」そんなイメージが根強くありますが、本当にそうでしょうか?
思い返してみると、妹や姉が思い切り叩いてきた、泣かされた――そんな経験を語る人も決して少なくありません。
実際、兄弟姉妹間のケンカには、性別だけでは説明できないリアルが隠れていると考えられます。
では、家族の中で本当に“攻撃的”なのは誰なのでしょうか?
「攻撃性(aggression)とは、殴る・叩く(hit/slap)や怒鳴る(yell)などの直接的行動のほか、陰口を言う(gossip)や親にチクる(report)といった間接的行動も含むものを指します。」
私たちは無意識のうちに「男性の方が攻撃的」と思い込んでいますが、その常識が通用しない世界があるとしたら――?
そんな素朴な疑問から、ある国際研究チームが世界規模の調査に乗り出しました。
今回ご紹介するのは、アリゾナ州立大学(Arizona State University)のマイケル・ヴァーナム(Michael E. W. Varnum)准教授らによる最新の国際共同研究です。
彼らは**24か国、合計4,013名(有効回答4,136名)**を対象に、「兄弟姉妹間の攻撃性」が本当に性別によって異なるのかを科学的に検証しました。
この研究の詳細は、2025年8月に科学雑誌『PNAS Nexus』に掲載されています。
目次
- “男の子は乱暴、女の子はおとなしい”は本当なのか?
- 家族の中では“女性のほうが攻撃的”? 世界の調査で見えた意外な真実
“男の子は乱暴、女の子はおとなしい”は本当なのか?
多くの人が「男の子はケンカっ早い」「女の子はやさしい」といったイメージを持っています。
学校の教室や公園で目立つのは、やはり男の子同士のケンカや取っ組み合いです。
実際、犯罪や暴力事件の統計を見ても、加害者は圧倒的に男性が多いとされています。
そのため、心理学や社会学の世界でも長年「男性のほうが攻撃性が高い」という説が当たり前のように語られてきました。
しかし女兄弟のいる人は、「いや、女ってそんな大人しくないよね」と思うかもしれません。
家族の中で大声で怒鳴ったり、ときには思い切り叩いたり、という行動について考えると「姉ちゃんの方が怖い」「妹の方がやり返してくる」と感じている人は意外と多いかもしれません。
実際、最近の研究では「兄弟姉妹間の攻撃性は、男女差がほとんどない」「場合によっては女性の方が高い」という指摘があります。
とはいえ、こうした報告の多くはアメリカなど一部の先進国だけを対象にしたもので、文化や家庭環境が違えば話は変わると考えられます。
ではこれは、一部の家庭にだけ見られる話なのでしょうか? それとももっと広く確認できる人間社会全体の持つ傾向なのでしょうか?
その謎を解くため、今回の研究チームは、世界24か国・4,013名(有効回答4,136名)の男女を対象に、兄弟姉妹に対する攻撃性について大規模な調査を実施しました。
調査では、まず「子どものころ(16歳まで)」と「大人になってから(18歳以上)」の期間について、兄弟や姉妹、友人や知人に対してどれくらい攻撃的な行動をしたかを自己申告してもらいました。(ここでいう攻撃的な行動とは、「殴る・叩く」「怒鳴る」などを指す)
また、きょうだいの性別や、友人・知人が男性か女性かといった相手の違いも細かく記録し、年齢や国、文化の違いが結果に影響しないよう工夫がなされました。
このようにして、世界各国で同じ基準で身内を含めた攻撃性について男女差を調査したことが今回の研究の大きな特徴です。
ではその結果は、どんなものだったのでしょうか。
家族の中では“女性のほうが攻撃的”? 世界の調査で見えた意外な真実
調査の結果、研究チームは驚くべき発見をしました。
「兄弟姉妹への攻撃性」に限ってみると、女性の方が男性よりも高いという結果が出たのです。
たとえば、子ども時代の兄弟姉妹間で「殴った」「怒鳴った」といった直接的な攻撃を行った回数は、女性の方が明らかに多い国が多数を占めていました。
特に「怒鳴る」行動は、子ども時代も大人になってからも女性の方が高い傾向が続いています。
一方、兄弟姉妹以外の友人や知人に対する攻撃性は、やはり従来通り男性の方が高いというパターンが世界各地で確認されました。
つまり、「身内相手」か「他人相手」かで、攻撃性の性差がまったく逆になっていたのです。
この意外な結果は、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、南米などさまざまな国や文化圏で共通して観察され、ジェンダー平等度や経済発展の度合いなどの社会的指標ともほとんど関連がないことが示されました。
ではなぜ、兄弟姉妹という身近な存在に対しては、女性がより攻撃的になりやすいのでしょうか。
その理由について、研究チームはいくつかの可能性を指摘しています。
まず、家族の中では男女ともに 「親の関心」や「家庭内のリソース」 をめぐって激しい競争が起きやすいという事情があります。
このような環境では、男の子も女の子も本気になって自分の立場を守ろうとします。
また、外の世界での攻撃は男性の方が力が強いため女性のリスクが高くなりますが、家族内でそうしたリスクを考慮する必要は少ないため、女性も遠慮せずにぶつかることができると考えられます。
加えて、親が「男の子が暴力をふるうこと」には厳しく注意する一方で、女の子のケンカにはやや寛容になる家庭も少なくありません。
こうした文化的背景は世界のどこへ行っても見られるものであるため、家族内では攻撃性のパターンが男女で逆になっている可能性があります。
進化生物学の観点からは、兄弟姉妹同士は親の愛情や物資といった限られたリソースをめぐって争う機会が多かったため、女性であっても他人との関係よりも攻撃的になる必要性があったと考えられます。
今回の研究は、こうした「きょうだい間の競争」が男女の攻撃性の性差にどのように現れるかを世界規模で示した初めての例となります。
この発見は、「男性の方が攻撃的」という単純なイメージが必ずしもすべての状況で当てはまらないことを教えてくれます。
家族という一番身近な集団の中では、女性もまた力強く自己主張し、時に男性以上に攻撃的になるのです。
性差についての“当たり前”を疑うことで、人間社会の複雑さや多様性が浮かび上がってきます。
姉がいる人は、女性をちょっと怖いと感じたりすることがあるのは、こうしたところに理由があるのかもしれません。
参考文献
Sibling-specific aggression in women and girls
https://www.eurekalert.org/news-releases/1095749
元論文
Commonly observed sex differences in direct aggression are absent or reversed in sibling contexts
https://doi.org/10.1093/pnasnexus/pgaf239
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部