ドイツのビーレフェルト大学(Universität Bielefeld)で行われた最新の研究により、太陽系が宇宙を移動する速度は通常の宇宙モデルが予測する3倍以上にも達する可能性が示されました。
もしこれが事実なら、宇宙の標準モデル(現在の宇宙論)が前提とする常識を覆しかねない重大な発見となり得ます。
私たちが暮らす太陽系は、本当に宇宙の中をこれほどの猛スピードで動いているのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年11月10日に『Physical Review Letters』にて発表されました。
目次
- 太陽系は宇宙をどのくらい速さで進んでいるのか?
- 電波銀河が明らかにした宇宙の大異常──太陽系は予測の3倍速だった?
太陽系は宇宙をどのくらい速さで進んでいるのか?

太陽系は一体どのくらいの速さで宇宙の中を動いているのでしょうか?
普段はあまり意識しない疑問ですが、これは宇宙論にとって実はとても重要な問題です。
まず地球は太陽のまわりを秒速約30km、時速に直すとおよそ10万8000kmで動いていることが知られています。
その地球を含む太陽系は、さらに大きな「天の川銀河(銀河系)」という渦巻き状の星の集団の中にあり銀河系の中心を秒速約230km(時速約83万km)という猛スピードで回っています。
しかし、これらの速度は太陽や銀河中心など、ごく限られた存在を基準にしたものに過ぎません。
私たちが本当に知りたいのは、「宇宙全体に対して太陽系がどのように動いているのか」ということです。
そこで宇宙論研究者たちは、「宇宙マイクロ波背景放射(CMB)」という、宇宙のあらゆる方向からほぼ均一に降り注ぐ微かな光に注目しました。
宇宙マイクロ波背景放射は、ビッグバンの直後、宇宙が冷え始めたときに生まれた「宇宙の赤ちゃん時代の光」と考えられています。
この光は宇宙のどこを見てもほぼ同じ温度をしているはずです。
ですが、もし私たちが宇宙に対して動いている場合、ある方向からやってくる光は少し強く(熱く)なり、その反対側は少し弱く(冷たく)なって観測されます。
ちょうど、雨の中を自転車で走ると前から多く雨粒が当たるのに似ています。
宇宙マイクロ波背景放射にも実際にこのような方向による温度の偏りが観測されていて、この偏りは「双極子(そうきょくし)」と呼ばれます。
宇宙マイクロ波背景放射のこの双極子の偏りを詳しく解析した結果、太陽系は宇宙空間に対して秒速約370km(時速約133万km)で動いていると推定されています。
これは銀河中心の周りを回る速度よりさらに高速であり、「宇宙という大海原の中を太陽系という船がこの速度で進んでいる」というイメージです。
しかし最近になって、この宇宙マイクロ波背景放射とは別の方法で太陽系の動きを測定する研究が登場しました。
それは「クエーサー」と呼ばれる非常に明るい天体を使った方法です。
クエーサーとは遠い銀河の中心にある超巨大ブラックホールで、その周りで強力なエネルギーを放出しています。
クエーサーはとても明るいため、宇宙の遠くにある灯台のような役割を果たしているのです。
例えるなら、宇宙マイクロ波背景放射を使用した太陽系の速度算出は遠くの背景景色を利用したものであり、クエーサーを使用した太陽系の速度算出は、遠方の灯台を利用したものと言えるでしょう。
どちらも宇宙規模の観測結果であるため、理論上は両者が示す向かい風の偏りやその結果として得られる太陽系の速度は原則として一致しているはずだと考えられています。
ところが近年、一部のクエーサー観測では、この偏りの大きさが宇宙マイクロ波背景放射から期待される値の2〜5倍程度になるという結果がいくつか報告されたのです。
そして同じ結果になるはずの太陽系の速度も、その偏りを速度に換算すると大きくかけ離れたものになってしまいました。
そこで今回、ドイツのビーレフェルト大学のルーカス・ボームェ博士らの研究チームは宇宙マイクロ波背景放射やクエーサーの代わりに銀河そのものを“速度計”として使う独立したアプローチで太陽系のスピードを推定しました。
電波銀河が明らかにした宇宙の大異常──太陽系は予測の3倍速だった?

太陽系は宇宙の中をいったいどのくらいの速度で移動しているのか?
そこで、今回研究チームが注目したのが「電波銀河」という天体です。
「電波銀河」と聞くと少し難しく感じるかもしれませんが、簡単に説明しましょう。
宇宙には私たちが夜空で目にするような星の光とは別に、「電波」を強く放つタイプの銀河があります。
こうした銀河は中心部に超巨大なブラックホールがあり、そのブラックホールに大量の物質が吸い込まれるとき、非常に強いエネルギーが発生して電波として宇宙に放射されます。
この強力な電波は銀河の両側に巨大な羽根のように広がり、「ローブ」と呼ばれる構造を作っています。
こうした銀河から放たれる電波は、宇宙空間にある塵やガスの影響を受けにくいため、宇宙の果てからでも地球まで届きやすいという特徴があります。
だから電波銀河は宇宙の「目印」や「灯台」のように利用できるというわけです。
これまでの宇宙速度の測定方法は、宇宙マイクロ波背景放射やクエーサーといった特定の観測データに依存していましたが、今回の研究では各地に存在する多くの電波銀河を使用することで、太陽系の運動を別の独立した方法で推定できるようになりました。
その結果、観測された偏り(双極子)の大きさは標準的な宇宙モデルが予測する運動起源の値の約3.7倍にも達していたのです。
さらに注目すべきは、この偏りの検出が統計的に極めて有意だったことです。
3つの電波観測データを組み合わせた解析では、標準的な宇宙モデルが予測する運動起源の値との差が5σ(ファイブ・シグマ)を超えており、偶然による見かけの効果である可能性は非常に低いと見なされるレベルに達しました。
特に素粒子物理などの分野では、5σを超えると「発見」と呼んでよい強い証拠と見なされます。
この偏りを太陽系の運動によるものとして速度に換算すると、太陽系は従来予想の約3倍、秒速およそ1000km(時速約360万km)規模の途方もない速さで動いていることになります。
ビーレフェルト大学の物理学者であるルーカス・ベーメ氏(本研究の筆頭著者)は「我々の分析では、太陽系が現在のモデルが予測するより3倍以上も速く動いていることが示されました。この結果は標準的な宇宙論の予想に明らかに反し、これまでの前提を見直さざるを得ません」と驚きをもってコメントしています。
研究チームは、以前から指摘されていた銀河数双極子の謎がデータ解析の改良によっても消えないどころか、むしろ明確な信号となって現れたことに胸を躍らせました。
実際、今回の電波銀河による結果は、過去にクエーサー(赤外線観測)で見られた異常な偏りと同じ方向で同じ種類の異常を示しており、この現象が単なる測定誤差ではなく宇宙の本質的な特徴である可能性を強く示唆しています。
異なる観測手段で同じ傾向が確認されたことで、「太陽系は通常より速く動いているかもしれない」という仮説は一気に現実味を帯びてきたのです。
研究者たちは「もし太陽系が本当にこれほど高速で動いているなら、宇宙の大規模構造についての基本的な前提を見直す必要があります。あるいは電波銀河の分布そのものが私たちの考えていたより不均一なのかもしれません。いずれにせよ、現在の宇宙モデルが試される状況です」と述べています。
つまり、標準宇宙論(ΛCDMモデル)が前提とする「宇宙に特別な方向はない」という大原則が揺らぎかねない事態であり、専門家の間でも「宇宙論の常識を揺さぶりかねない発見」として議論が白熱しているのです。
宇宙にはまだまだ未知の謎が残されています。
今回の研究は、新たな観測と分析のアプローチが私たちの宇宙観を根底から揺さぶりうること、そして謎に挑むことで科学が前進することを劇的に示したと言えます。
参考文献
Our Solar System Is Moving Faster Than Expected
https://aktuell.uni-bielefeld.de/2025/11/13/our-solar-system-is-moving-faster-than-expected/?lang=en
元論文
Overdispersed Radio Source Counts and Excess Radio Dipole Detection
https://doi.org/10.1103/6z32-3zf4
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

