大量殺人犯の年齢分布に2つの山「人生は特定の時期にストレスの危機を迎える」

世界ではたびたび大量殺人事件と言うものが起こります。

アメリカやヨーロッパでは、学校や街中での銃乱射事件。日本でも通り魔殺人による大量殺人事件が報告されています。

ではどういう人たちが、どんな理由でこのような大量殺人事件を起こしているのでしょうか?

銃乱射事件の場合は、たいてい犯人は十代から二十代初めの若者で、三十代以降というのは珍しいパターンだといいます。

では若者ばかりに大量殺人事件は多いのでしょうか? この疑問に立って複数人が被害に遭う大量殺人事件の年齢分布を調査してみると、非常に興味深い事実が見えてきます。

アイルランドのコーク大学(University College Cork)のキース・ミニハン(Keith Minihane)氏ら研究チームが、1967年以降に発表された既存の研究論文20本を体系的に分析した結果、大量殺人犯の年齢分布には、若年層(十代から二十代初め)と中年層(三十代から五十代)という、明確な2つの山があることがわかりました。

研究者は、ここから人生には比較的平穏な時期と危機的な時期が存在することが見えてくると話します。

この研究の詳細は、2025年9月に科学雑誌『Evolutionary Psychological Science』に掲載されています。

目次

  • 大量殺人犯を年齢別に並べると生まれる“二つの山”
  • 大量殺人から見えてくる人生の危機期

大量殺人犯を年齢別に並べると生まれる“二つの山”

世の中にはたびたび大量殺人事件というものが起きていますが、ここにはなにか傾向や法則が存在しているのでしょうか?

これまでの研究では、事件ごとに「なぜ起きたのか」「どのような動機や背景があったのか」といった要因が個別に分析されることがほとんどでした。しかし、こうした断片的な視点だけでは、年齢や人生段階ごとに異なる特徴を見落とす危険があります。

例えば銃乱射事件は本当に若者だけに多いのか? だとしたらそれはなぜなのか? 他の年齢層で銃乱射の大量殺人はなぜ少ないなのか? といった疑問は個別の事例を検証していくだけではわかりません。

そこで今回の研究チームは、若者による銃乱射事件が多いという印象が統計的に裏づけられるのか、他の年齢層ではどのようなタイプの事件が目立つのか、そして年齢層ごとに犯行動機や引き金となる要因に特徴的なパターンがあるのか、という視点から過去50年以上の実証研究を系統的にレビューし検証しました。

なお、「大量殺人」の定義については、3人以上あるいは4人以上の犠牲者とされ、事件の場所、期間などは統一されていません。このような「定義の揺れ」は、レビューされた論文ごとに大量殺人の定義の仕方が異なっていたためで、これが同類の比較研究をこれまで難しくしている原因だと研究者は指摘しています。

こうして調査した結果、大量殺人犯の年齢分布は「思春期の終わりから二十代前半」と「三十代から五十代」に集中し、それ以外の年齢層では事件が極端に少ないという、二峰性のパターンが世界的にみられることが確認されました。

実際このような傾向は、犯罪プロファイリングなどの分野でも報告されていましたが、国をまたいだ調査でもこのパターンが確認されるというのは興味深い事実です。今回の研究チームは、この二峰性について進化心理学(evolutionary psychology)やライフヒストリー理論(life history theory)の観点から分析を行いました。

ではなぜこの2つの年齢層に大量殺人の犯人が集中するのでしょうか? それぞれの山で犯人になにが起きていたのでしょうか?

研究によると思春期から二十代前半の若者に多いのは、学校や公共空間での大量殺人でした。

加害者となる多くの若者は、いじめや仲間外れ、失恋など“慢性的な拒絶体験”を重ねていることが多く、社会や周囲に認められない自分、居場所のない孤独な自分という思いが蓄積し、やがて「自分の存在を世の中に知らしめたい」「社会に仕返しをしたい」という強い動機に変わっていました。

この年代では“復讐”や“名声の可視化”への欲求が複雑に絡み合い、計画や不満を周囲に漏らしたり、ネットやSNSに書き込む例も報告されています。事件は学校やショッピングモール、駅など人目につく場所で起こり、また論文中ではこうした事件の一部で「誰でもよかった」といった犯人の発言があったことも言及されています。

一方、三十代から五十代の中年層で多いのは、ファミリサイド(familicide:家族皆殺し)でした。

このタイプの加害者は、離婚や別居、職の喪失、借金の増大、経営破綻など“急激な人生の崩壊”に直面していることがほとんどです。

それまで築いてきた家庭や社会的な立場、経済的な基盤が一気に崩れ、「自分が何も持たない存在になってしまう」という絶望感に襲われ、「家族ごと人生を終わらせるしかない」「自分だけが苦しむくらいなら、すべてを無にしたい」といった思考が動機に繋がっていきます。

このケースでは年長の加害者ほど事件後に自殺を選ぶ割合が高いことが分かっており、とくにファミリサイドのような家族を標的にした事件では、成人で66%、少年で14%が自殺に至ったという報告があります。つまり「無理心中」に近い性質を持つケースが多く、社会的孤立と絶望が複雑に絡み合っていることがうかがえます。

興味深いことに、大量殺人事件は世界中でこのような類似した年齢パターンとそれに結びつく動機を示していたのです。

大量殺人はかなり特殊な事件という印象を受けますが、今回見つかった世界的な類似性は、人間の人生における特定の時期に、類似したパターンの大量殺人が集中している事実を示しています。

これは何を意味するのでしょうか?

大量殺人から見えてくる人生の危機期

今回のレビュー研究では、大量殺人犯の年齢分布に「若年層」と「中年層」という二つの山が目立つことが改めて確認されました。

これは逆に言えば、それ以外の年齢層では大量殺人事件がきわめて少ないことを意味します。なぜこのような“谷”が生まれるのでしょうか?

この理由について、研究チームは人生の中には「安定期」と「危機期」が明確に存在している可能性を指摘しています。

たとえば、若年層では学校という場における孤立が極端なストレスになりやすく、三十代半ば以降は一旦手に入れた立場や財産の喪失・崩壊が極端なストレスになりやすくなります。

一方で、20代後半から30代半ばは、仕事や家庭など社会的な役割が安定しやすく、強い孤立感や大きな喪失体験に直面することが少なくなります。また、高齢期になると、体力や社会的活動の低下から、突発的な攻撃性や衝動行動が起こりにくくなると考えられています。

このため、心理学や社会学の観点からも「人生の危機」がピークに達しやすい特定の時期にだけ、大量殺人犯が現れやすい二峰性が見られるのだと考えられるのです。

また、今回のレビューでは、女性加害者は全体のごく一部に限られ、特に若年層にはほぼ見られず、中年層において主に家庭内で、放火・毒物などを用いた犯行が目立つという知見も示されています。

この調査はデータの多くが英語圏(とくに銃社会)に偏っていることや、「大量殺人」の定義や分類に揺れがあることなど、限界も存在します。

そのため、日本のような社会で調査を行った場合、異なる結果になる可能性があります。しかし、大量殺人事件が決して一部の特殊な人が抱える“異常な心”が起こしているわけではない可能性をこの研究は示しています。

それは人生のなかで誰もが直面しうる、孤立や喪失、絶望といった心の危機が関係しているようです。そして特定の年齢でそのリスクはピークになりやすいということが、研究データからは見えてきます。

“二つの山”は、人間社会が抱える深い課題を映す鏡です。

大量殺人という最も悲劇的な出来事の陰には、誰もが感じたことのある「居場所を求める気持ち」や「人生を守りたい思い」が、極限まで追い詰められて爆発したものかもしれません。

この研究は事件を未然に防ぐための唯一の答えを示しているわけではありませんが、人生の特定の時期に「危機」を迎える人が多いという事実は、犯罪の抑制に何が必要なのかを示すヒントになるでしょう。

身近な誰かのSOSに気づく力が、未来の悲劇を減らす小さな一歩になるかもしれません。

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元論文

The Bimodal Age Distribution of Mass Murder: a Systematic Review Using Evolutionary and Life History Perspectives
https://doi.org/10.1007/s40806-025-00443-5

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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